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第二十話 『はじまりの場所』

 ニーナは言った。

 美霧がニーナと同じ能力ちからを持っていると。

 その真偽は確かめることは今はできないが、確かに思い返せば、美霧と会話したときに違和感があった。なんか噛み合っていないというか、タイミングがずれているように感じたんだ。それは俺が口にするよりも早く、美霧が感じ取っていた。

 それに美霧は、ヤマゲンの記憶が変えられていることに気づいていた。ルームメイトとして一緒にいたから、心の状態の変化に気づいたのかもしれない。そして、ニーナが元に戻した後、何も言ってこなかったことを考えると、ちゃんと元に戻ったことが彼女にはわかった、ということなのかもしれない。


 ヤマゲンと並んで、朝のバスを待っていた。ニーナから聞いた美霧の能力ちからのことを話すと、ヤマゲンはさもありなんという顔をした。思い当たることは、ここ二か月の寮生活の中でも感じていたらしい。最初は、単に勘のいい子だと思っていたみたいだけど。


 ブロロロロというエンジン音が聞こえてきた。バスが来たのだ。

 ゆっくりと乗り込む。後からヤマゲンが続いた。

 そして、はっとした。

 よく考えれば当然のことだが、その時まで、まったく念頭になかった。

 一番奥の席で、摩耶先輩がこちらをじっと見つめて、軽く手を振っていたのである。

 そりゃそうか。昨日、摩耶先輩は仕事で出かけていたので、今日の登校は、このバスを使って戻ってきても不思議ではない。

 ふと気になって、ヤマゲンを見た。ヤマゲンは、ツカツカと摩耶先輩の方へ進み

「なにが、どうなったのか、教えてください」

と詰め寄った。

「おはようございます」

 摩耶先輩は、落ち着いて挨拶をした。

 ヤマゲンは一瞬固まった後、「おはようございます」と声を絞り出していた。摩耶先輩は続いて、どうぞお座りくださいという感じで、隣の席を手のひらでぽんぽんと叩いた。

「失礼します」

 ヤマゲンは、促されるままに、隣に座った。

 摩耶先輩に一礼して、俺もヤマゲンの隣に座った。

「納得できないでしょうね」

 ぽつりとこぼす。

「あたりまえです!」

 怒気を含んだ声でヤマゲンが詰め寄るのを、肩を押さえて制する。ヤマゲンの肩は、思いのほか小さかった。

「意地悪するつもりはないの。ただ、ちょっと。うまく言えない」

 摩耶先輩は、いろいろと思いを巡らせているのか、バスの天井を見つめている目を落ち着きなく彷徨わせながら

「美霧さんは、何かを調べていたみたい。そんな姿が視えるの。そして、何かに……」

 摩耶先輩は、はっとした顔をして、口を(つぐ)んだ。

「山根さん、だったかしら?」

 こちらをじろりと睨んだ。

「はい。そうですけど?」

「あなたにはどうも、余計なことを話してしまいそうになります。きっと美霧さんもそうだったんじゃないですか? 余計なことをあなたに話していたりしませんでしたか?」


 余計なことってなんだろう? 摩耶先輩は一体何を言いたいんだろうか?


「申し訳ないですが、もっと離れたところに座ってください。もうこれ以上この件でお話することはできません」


 少しきつい声で怒っているように摩耶先輩は、吐き捨てた。しかし、俺の目には、それは懇願のように映った。

 ヤマゲンを促し、バスの前の席へと移動する。その後ろから、摩耶先輩がぼそっと伝えてきた。


「美霧さんの件。あなた方も関わるべきではないです。学校に任せなさい。さもないと……」


 振り向くと、摩耶先輩は顔を両手で抑えて頭を振っていた。


 その後の言葉を、続けることはなかった。




      ***


 バスが学校に着くと、ヤマゲンはそそくさと校舎内に入っていった。それは、まるで摩耶先輩からすぐにでも離れたい、そう言っているようだった。摩耶先輩は、カツカツと足音を鳴らしながら、俺を追い抜いていき、振り向くことなく校舎の中へと消えていった。


 はぁ……


 朝から疲れるよな、この微妙な空気。

 独りになりたくなったので、校舎には向かわず中庭へ足を進めた。早朝のこの時間はさすがに誰もいない。俺は木製ベンチにそのまま寝そべって空を仰いだ。中庭の木々が風に揺られて、サワサワと音を立てていた。

 一限目の授業はフケよう。

 摩耶先輩もなんか、こう、奥歯に物が挟まったような物言いだった。言えないことがいっぱいあるんだろうな。美霧のことで言えないこと。そういえば、美霧もなんかいっぱい隠してる感じだったよな。

 美霧は、何もかもわかっていた様子だった。ニーナと同じ能力ちからを持っていると言っていた美霧。そうなんだ。思い返せば、こちらの思っていることを読み取って会話していたような気がする。ニーナのように手を繋がなくても読み取れていたのかもしれない。


 そっか。だからか。ヤマゲンやニーナや自分の思っていることを、美霧は読み取っていた。だから誰よりも何が起きているのかを理解していたのだろう。ヤマゲンの変化にいち早く気がついたのもわかる。

 問題はその後だ。ヤマゲンの記憶を元に戻した段階で終わっていなかった。美霧は、あの後、何をしようとしていたのだろう。

 何かを調べようとしていた。そう摩耶先輩は言った。昼休みの時間に調べようとしていたのか。

 それなら昼休みの時間内に行ける場所なのかな。学校に来て、教室に鞄を置いているしな。自分やヤマゲンやニーナに関係している事柄なのだろうか。もしそうであるなら、それは――


 思いつく場所は一か所しかなかった。そこへ向かう。そこはつまり、ニーナが現れた場所。


 屋上だ。


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