第十九話 『The beginning of the end II』
ヤマゲンはニーナの部屋に籠もった。
ニーナの部屋に案内したとき、一緒に入ろうと思ったんだが、ヤマゲンにやんわりと拒否られた。
相当にショックを受けていた様子だった。事実がどうなっているのか、まだわかっていない。霊能者の霊視がいい加減で、実は美霧は生きていましたってことも充分考えられる。しかしだ。やっぱり言われてしまったら気にしてしまう。事実は判明するまでは、ずっと思い悩むことになるだろう。
まったくなんてことだ。これでは裏目じゃないか。
隣室との壁をじっと見つめながら、どうしたらいいか悩んでいた。美霧は本当に死んでしまったのか? ヤマゲンになんて声かけたらいいだろうか? 頭の中は問いだけで、答えが返ってくることはなかった。
壁一枚隔てた向こうから、鼻をすする微かな音が伝わってくる。ヤマゲンとニーナの会話はよく聞こえない。まあ、盗み聞きするつもりもないんだけどな。
美霧とは、前に一度みんなで出かけたときと、その後呼び出されたときに会っただけだった。それでも、少しでも会話した相手が、突然いなくなったとか、亡くなったとか聞かされるのは気持ちのよいものではない。どうにも気持ちがふさぐというものだ。いったい何があったのか? 摩耶先輩は何を視たのだろうか?
そんなことを考えていたらいつの間にかうとうとしてしまっていたらしい。母親の夕飯に呼ぶ声に、はっと気がついた。時間は、午後7時半。家に着いてから1時間ほど経っていた。
ニーナとヤマゲンは先に食卓に着いていた。どうやら何度か呼ばれていたようだ。
四人掛けのテーブルに座り黙々と夕食を取る。こういうときは、本来なら自分が率先してヤマゲンと母親の仲を繋ぐように会話を弾ませるべきなんだろうが、そういうの苦手だ。それ以前に、いまは特に気分が乗らない。
うちの母親とヤマゲンは今日が初対面である。帰宅時にひと通りの挨拶は済ませてあったが、こうして同じ食卓を囲んでいる場合、無言では気まずい。ヤマゲンがこちらに目で助け舟を要求しているのがわかったが、小さく首を振って返した。
が、そこはやっぱり大人の余裕だろうか? 母親がヤマゲンに当たり障りのないような質問をして場を持たせ始めた。
「うちの子、学校でちゃんとしてる?」
「ああ、はい。全然大丈夫です」
「迷惑かけてない?」
「そんなそんな。いつもこちらが迷惑かけてばかりです」
「この子、いつもなんでも適当にやっちゃうから、注意してあげてね」
「あ、はい。でも、こちらもいろいろと助けてもらっていますし、助かっています」
なんかいろいろと余計なことを言われている気もするが、まあ、ここは、致し方ない。あえて泥をかぶろう。ヤマゲンのやつも優等生な対応だ。直接聞いたことのない言葉で返事をしている。
ニーナはというと、そんなヤマゲンの言葉を興味深く、ウンウンと頷きながら、ときに「へえ」と感心しながら聞いていた。
食事が終わると、ヤマゲンは率先して、片付けを手伝っていた。突然お邪魔して夕飯をご馳走になり、さらに泊まっていくというのだから、かなりの気の遣いようだ。ニーナもそれを理解しているのか、いつもは一緒に手伝うのだが、今日はヤマゲンに任せてそそくさと2階へ上がっていった。
ここにいても仕方がないので、こちらも自分の部屋に戻ることにした。
扉を開けると、ベッドにニーナがちょこんと座っていた。いるとは思っていなかったから、少し驚いた。
「なんだ? どうかしたか?」
こくりと頷くニーナ。
ベッドから立ち上がり、こちらに近づいてきた。
「コーイチ、霊能者ってなに?」
「えっと……なんて言えばいいんだろう。霊が視えたり、霊と話したり、守護霊さんが視えたり、それから、他人の状態が視えたりする人のことだよ」
「ふうん」
ニーナはわかったような、わからないような顔をした。まあ、こっちもわかっている訳じゃない。わかってない人間の説明だからわからなくて当然だろう。
「コーイチはなにかできるの?」
ニーナは最近、コーイチと呼ぶようになった。まあ、家の中にいるから、山根とかやまねことか呼びにくいだろうしな。
「なにもできないよ。普通の人間だよ」
「普通の人間ってなにもできないの?」
「特殊な能力がある訳ではないって意味な」
「私たちの世界とは違うんだ」
「え? というと? ニーナの世界ではどうなっているのだ?」
「私たちの世界では、みんな何かしら特別な能力を持って生まれてくるの」
「ああ、ニーナの能力みたいなのがあるってことか?」
「私と同じ能力持っている人にはお目にかかったことないけどね。似てたりする能力もあるけど、みんなたいてい違う能力持ってる」
そうなんだ。なんか想像を絶する世界だな。秩序とか崩壊してそうだ。
「あ、同じ能力と言えば……」
ニーナは口を半開きにしたまま、視線を彷徨わせた。
「なんでもない」
彼女は言い出した言葉を引っ込めた。
「どうしたんだ? 同じ能力がどうした? 誰か同じ能力を持った人がいたのか?」
ニーナは言い淀みつつ
「美霧さんって、亡くなったんだって?」
「摩耶先輩の霊視ではそうらしい。当たっているかどうかはわからないけどな」
ニーナは目を伏せて何やら思い悩んでいる様子だった。
「前に美霧さんと電話で話したときに、美霧さんが言ったの」
「なにを?」
「美霧さん、私と同じ力、持ってるって」
ニーナと同じ力? 美霧が?
「そのことって、今回のこと考えるのに、なにか足しになる?」
「わからない。けど、ありがとな。ニーナ」
ニーナは、その言葉に満足げに頷いた。
***
「理事長、事態は緊急を要します。即対処をお願いいたします」
「わかった。君のことは信用している。できる限りの対処をしよう。しかし、さすがに信じられんな……。いや、君のことは先ほど言ったように信用しているんだがね」
「わかります。私もあまりにも突拍子のないことなので、自分を信じていいのか悩みました」
「ただ、やっぱり、そんな話、さすがに君の言葉でも、誰も信じないだろうな。それゆえに、うまく対処ができんかもしれん」
「私もでき得る限りご協力いたします」
「ああ、何かわかったことがあったら連絡くれ給え」
「はい。わかりました」
ピッ。携帯の通話終了ボタンを押した摩耶は、ホテルの一室にいた。
疲労した顔を窓に映しながら、外を眺め、物憂げに、独りつぶやくのだった。
「一体、何が起きているの……」




