第一話 『衝撃の出逢い』
あの日、あの時、あの場所
いつもそこに在ったはずの日常が変わってしまった。
特別変わったことのない学生生活の中で、普段と同じように購買部でパンを買い、屋上でそれを食べる。自分の中でありふれたお昼休み。ドアを開けて数歩行った先。そこで全てが変わってしまった。
思い描いていた高校生活は、その後まったく違うものになっていった。
その時のことは、今でも鮮明に覚えている。絶対に忘れないし、この緑色の『石の欠片』を見る度に、いつも心が締め付けられる。
もう十年近く前の話だ。
※※※ ※※※ ※※※
俺は、とある海辺に建てられている高校に通う学生である。
海辺というか、海の上に建てられたというべきか。
陸地から海の方へ向けて土を盛り、道路一本分だけ造ってある。
右側車線左側車線それぞれ一車線の細い道路が、数百メートルぐらいある。
ずうっと海の彼方へいったところに、学校の用地分の土を盛っていて、その上に校舎などが建てられている。海上に浮いているわけではない。
この高校の用地の広さは半端ない。高校と言うよりも、さながら大学のようだ。いや、もっと広いかも知れない。ちょっと小さめの街ぐらいはあるだろう。あまり学校の施設以外のところにいったことがないので、よく知らないが。
設立から三年目。俺は、今年から通い始めているので、三期生になる。
私立高校で、「これからの日本を担うユニークな学生を集め育てる」というのがコンセプトになっているらしい。
日本のみならず、世界中からユニークな学生をスカウトして入学させている。これはユニーク枠といって、筆記試験は免除の面接のみの試験である。実質面接で落ちることはないみたいだけどね。これは基本、学校側からのスカウトのみである。
また、ユニーク枠とは別に、一般枠、つまり普通の高校入試。学科の筆記試験と面接で合否判定をする入学方法もある。
自分は、この一般枠での入学である。なので、別段、自分がこの学校のコンセプトに合ったユニークな人材でないことは確かである。入試も普通の高校となんら変わらないものであったし、面接も別段特別なことはなかった。もうなにを聞かれたかは覚えてないけどね。
「将来何になりたい?」
だとか、
「いま一番関心のあることは?」
とか、そういった類いの質問を浴びせられただけのような気がする。他にもいろいろあったと思うけど、もう忘れた。それはともかく、スカウトされた学生が特に一般と区別されるということはなく、クラスも同じで一般とまぜこぜになっている。
生徒同士の間では、なんだか心理的な区別が自然発生的に出来上がってきてるみたいだけどね。
やっぱりさ、スカウトされた奴ってどんなに凄いのか? って気になるでしょ?
そして、それほどでもない感じだと、なんだオレの方が全然賢いぜ! とか思う奴とか出てくるでしょ?
まあ、俺は全然興味ないけどね。じゃあなんでここに入学したかって? それは、単純に家から一番近かったから。いやいや、そこ重要でしょ? 俺の家は貧乏だから一人暮らしの寮生活とか無理だし、家から通うことが大前提。この高校には、家からバスで30分ぐらい。片田舎だからそれでも一番近いんだよ! その次に近い高校になると、バスと電車で一時間以上かかるんだよ。やっぱほら、朝はゆっくりしたいじゃん? 三年間も通うんだし。それに自分は朝が特に弱いのだ。
「コウちゃん! まだ寝てるの?! さっさと起き!」
ま、いつもこんな具合で・・・
「って、ええええ?!」
時計を観ると、もうすぐ午前8時になろうかという時間だった。
ベッドから飛び起き、すばやく制服を着て鞄を掴む。
朝はいつもギリギリまで起きられないことがわかっているので、着替えは枕元に、そして教科書ノート類も前夜にすべて用意して鞄に入れている。
それ故に、朝起きてすぐに出ることができるのだ。二階の自分の部屋から出て階段を駆け下り、玄関へ。
「コウちゃん! ご飯!」
という母親の言葉を背後に聞きながら華麗にスルーして、家の外へいつものように飛び出す。うちの母親は、遅刻するよりもご飯を食べる方が大切と言わんばかりだ。食ってたら絶対に間に合わねえ。
あ、コウちゃんて俺のことな。俺の名は、山根耕一。みんなは、『やまねこ』と呼ぶ。まあ、説明は不要だろう。
学校行きのバスが止まる停留所が、家のすぐそばにある。歩いて二、三分ってところだ。
あと少しでバス停に着くタイミングで、坂を下って、ブロロロロっとバスがやって来た。
今日もなんとか間に合ったようだ。このバスを逃すと、次は一時間後になる。まあ、あの学校に向かうバスだからそんなに頻繁にないのも当然。ほぼ専用のスクールバス状態だ。途中までは学校関係者以外の人も利用してるけど。
そんなわけだから、このバス停で待っているものはほとんど居ない。従ってちょっとでも遅れれば、素通りされてしまうのだ。
バスの乗客は少ない。今の時点で自分を含めて五人。恐らく全員、学校関係者であろう。学生は当然のこととして、それ以外の人はわからない。特に毎日注意を払っていないので、いつも乗っている人かどうかもわからない。まあ、おそらくいつも同じ人たちなんだろう。
特にすることもないので、いつもバスでは寝ている。今日も、いつもどおり寝ることにした。
実に不思議なことだが、バスが学校に着くときにキッチリ目が覚める。一ヶ月ほど通学しているが、まだ一度も寝過ごしたことはない。俺の特技なのだろうか? それとも普通そうなのだろうか? 残念ながら一緒にバス通学する友人はいないので、そのことを確認できない。
自宅からバスに乗って通学する学生は、ほんの数人だ。大抵の学生は、寮住まいである。学校の寮は、学校の敷地内にある。全校生徒は元より教職員、学校で働いている人たち、学食のおばちゃんとか。
ん? おばちゃんが寮にいるわけないか……ひょっとすると、学校の敷地内に住宅もあるかも知れない。いままで気にしたことがなかった。
そしていつもどおり、学校に着くときに目が覚めた。
バスを降りて、外気を吸うと気持ちいい。風が暖かく、まだ春なんだなぁっと感じる。今は五月。ゴールデンウィーク明けである。まあ、ゴールデンウィークといっても何もすることなくだらだら家でゴロゴロしてたんだけどね。家の手伝いはしたよ? 一応。風呂掃除とかモロモロ。
「よう! やまねこ」
ん? その声は、ヤマゲンだな? ああ、ヤマゲンとは不幸にして同級生になり、この学校で初めて会話した相手である。単に席が後ろだっただけなんだがな。まあ、そんなもんでしょ? 最初に友だちになった人とかってさ。友達って言っても女友達なんだけどな。
ヤマゲンなんて読んでいるのは、そいつの名前が、山依元子だったからだ。山と元からヤマゲンだ。ひどく馴れ馴れしいやつで、女の子というより、男友達に近いノリのやつだ。運動神経のよい、ショートカットの体育会系だ。といってもガタイがいいわけではない。ぱっと見は、目がぱっちりとした身長158cmぐらいの普通の女の子。胸も普通サイズだ。それは余談だけど。
声がした方に振り向くが、誰もいない。噴水があるだけだ。噴水の水音に気を取られていた時、
「とうっ!」
不穏な黄色い掛け声とともに、上空から黒い影が迫る。
ガスッ
人間というものは、わかっていても咄嗟に動けないものだ。上から降ってくる何かをそのまま凝視してしまった。もろにダイビングボディプレスを食らってしまい、そのままエビ反り状態で後頭部から地面に激突した。
ゴリッ
少々嫌な音。後頭部を抱えながらのたうち回る。頭が割れそうに痛い。耳鳴りがゴワンゴワンとしていた。
「おい、大丈夫か?」
大丈夫か? じゃねぇよ……おまえのせいだろうがぁ。
頭を擦りながら身体を起こすと、脇に神妙な顔をしたヤマゲンがいた。そんな顔するぐらいなら最初からつまらんことをするな! って思う。本人は、こんなに痛がるとは思ってなかったような顔してるけどな。
右手で鼻の下に触れ、鼻血が出ていないか確認。
うん、大丈夫だ。鼻血は出ていない。ん? そういえば、こいつ、謝ってないな。大丈夫か? とは聞かれたけど。
「ヤマゲン」
「なんだ?」
「なにか言う事はないか?」
「ひさしぶり(にこ☆)」
違うわー!
「ヤマゲン、おまえ、人にボディプレスかまして、後頭部強打させといて、なにか言うことはないかと聞いてるんだぁぁぁ!!」
「いやぁ、あんなに見事に決まるとはびっくりだよ。オレ、才能あるんじゃねえ?」
もういい、わかった、こいつに普通の人間の反応を求めたのが間違いだった。
あ、ちなみに、こいつは自分のことをオレと言う。なんで? って聞いたことあるが、そのときの答えは、わたしとかあたいとか似合わないでしょ? だった。まあ、たしかにオレって言う方がしっくり来るんだけど、それは慣れなのかもしれないが。
ヤレヤレな気持ちで、教室に向かう。ヤマゲンは静かについて来て、なにやらそわそわしている。
よくわからん。
めんどくさいから知らん振りをして教室に入った。始業五分前ぐらいなので、それなりに教室は同級生たちで賑わっていた。その中を、特に挨拶をするでもなく自分の席に座る。自分の席は廊下と反対側の窓側の席だ。
ホームルームのチャイムが鳴るまでの間、窓の外の景色を観る。俺が今いる教室は、校舎の二階。この学校の校舎は、十階建。一階は、職員室やら校長室やらばかり、二階から四階まで、順に一年から三年それぞれの学年の教室があるフロアになっている。五階から上は、図書館やら室内プールやら体育館、室内競技場等、また、被服室やら理科実験教室とかやらがある。
窓の外は、グラウンドと、その周りを囲む木々、そしてその向こうの海が見えるだけで、別段いつもと変わりがない。なにか面白いものが見えないかとちょっとばかし期待したが、そんなものがあるわけがないことは自分でもよくわかっていた。
さすさす
ん?
さすさす
んんん??
さすさす
朝に強打した後頭部を誰かがさすっている。まあ、誰か考えなくてもヤマゲンなんだろうけどな。
「ヤマゲン、なにしてる?」
「あ、あの……朝は、その……ごめんね」
謝るぐらいならやらなければいいのに。まったくこいつは。
さすさす
さすさす
さすさす
イラッ。なんだかわからんが無性にイライラしてきた。いつまでさすってるつもりなんだこいつは。
「おい。もういいから」
「うん……」
そっとさすっていた手を引っ込めるヤマゲン。なんだろう、この微妙な気まずさは。
ここは、もっと明るく、なぁに大丈夫さ! 気にすんな^^ とでも言ったほうが綺麗にまとまったのだろうか?とてもそんな気になれない。もしかして自分は怒っているのだろうか。だとしたら小さい男ってことか。
まあいいや。考えるのがめんどくさくなってきた。
キーンコーンカーンコーン
時代の先端を行くことを謳っている学校にしては、旧来通りのチャイムで笑ってしまう。まあ、チャイムの音なんてどうでもいいんだろう。あ、ちなみに、昼休みのチャイムな。
授業は半分寝てたら、いつの間にか終わっていた。
お昼はいつも、購買部でパンを買って食っている。
母親が弁当を作ってくれているはずだけど、たいてい弁当を鞄に入れる暇なく家を出るので、未だに弁当を持参したことがない。作られていたはずの弁当がどうなったのかは知る由もない。母親は何も言わないしな。お昼代を別途貰っているわけではないので、自分の小遣いから支払わないとならないので、痛手ではあるが、朝の貴重な睡眠時間の方が自分にとって重要なのだ。
購買部でパンを買うのは楽だ。よくイメージされているような早い者勝ちなパンの取り合いはなく、ほとんどの学生は、食堂でランチなどを食べているからだ。
自分は、どうも食堂が馴染めない。食堂のせいではなく、他の学生がたくさんいる中で落ち着いて食事ができないのだ。静かに独りで食べたい派なのだ。
ヤマゲンと一緒では? っと思われるかもしれないが、あいつはあいつなりの女子グループがあり、それはそれで大切にしているようなので、昼はそっちのグループで食べているようである。別にあいつと一緒に食べたいわけでもないしな。なので、自分はパンを買って屋上とかで食べている。
ここの校舎は十階建てなので、屋上からの眺めはなかなかに素晴らしい景色である。今日もいつもどおり、カツサンドとクロワッサンと焼きそばパンとコーヒー牛乳を買って屋上へ向かう。
この校舎には、エレベーターがある。階段だったらさすがに屋上まで行こうとは思わない。そして、このエレベーターは高速である。こういうところは未来を感じる。二十人乗りの大型エレベーターが四機もある。たまたま学生の大移動に遭遇すると待ちが発生するけど、基本はストレスなくすぐに乗れる。そして昼休みに上に登ろとする学生は俺ぐらいなので、いつもエレベーターを独り占めだ。
スウィーン
乗ったかと思うとすぐに十階に着く。この速さはさすがだなあっと思う。エレベーターは屋上まではないので、十階で降りて、後は階段で登る。
屋上は、たまに学生が放課後に遊んでいるみたいだけど、昼休みには利用されていない。おそらく昼休みはみんなで食べているから、屋上に上がるのがめんどくさいのだろう。
屋上には入れないような学校がほとんどみたいだけど、ここは自由らしい。それが良いことなのかどうかは知らないし、俺が判断することでもないだろう。多くの場合、転落事故や自殺に使われたときの責任問題を回避したいから侵入禁止ってことなんだろうっと思うけどね。何が正しいかなんて、俺レベルで判断なんかできるわけない。専門家に任せておくのが一番である。
ガチャリ
屋上への扉を開く。澄み切った五月の青空が綺麗だ。
真っ青な空に、白い雲。そしてピンクのパンツ
え?
パンツ?
というか脚?
一瞬思考が停止した
見上げた青空に、女の子のものと思われる生脚と、その股に履かれたピンクのパンツが見えた。
人間が空から降ってくるなんて、そんなバカな――。
そう思う間もなく、俺の視界をピンクのパンツが埋め尽くした。
ガスッ!
顔面にぶち当たった彼女の落下の勢いで、身体がエビ反りになり、コンクリートの床に後頭部を強打。今日は、これで二回目だなっと瞬間考えたものの、その後、なにも思考することができなくなった……
意識が遠のく中で、ふわりと甘い香りがした。
序文を新しく追加いたしました。
1話の最初のインパクトが少ないように感じましたので、最初にドーンと出そうと思いまして。
以降の話も随時加筆修正していきます。