第十八話 『The beginning of the end』
放課後、バス停で彼女を待っていた。
ヤマゲンも一緒に来ると言って聞かなかったので、いま隣で一緒に待っている。
帰りはどうするんだ? って言ったら、外泊許可を取ったと言った。
「外泊って、どこに泊まるんだよ?」
「やまねこんっちに決まってるじゃん?」
え? なんでうちに泊まる気なんだ?
「ニーナにも会いたいしね」
あー、そうだな。ニーナがいたな。ニーナの部屋に泊まれば問題ないか。親には帰れなくなったから仕方なくって言えばいいか。
「ほんとに、仲良いな。お前とニーナ」
優しく微笑みかけた。
「おぅ! あたぼーよ。オレとニーナは親友だからなっ!」
親指をビシッと立ててこちらに突き出し、ニッカリと音がしそうな口になった。
きっとヤマゲンは、親友だと宣言することでニーナのしたことをなかったことにしようとしているんだと、思った。根拠はないし、彼女に確認もしていないが。
でも、どうなんだろう。ニーナはどう思ったりするんだろうか。かえって気にしたりしないだろうか。
何が正しい事なのか、自分にはよくわからなかった。
カッツカッツカッツ
規則正しいリズムの靴音と共に、摩耶先輩はショートカットの先輩と一緒にやって来た。
「お昼休みは失礼をいたしました」
摩耶先輩は、ゆっくりと優雅に頭を垂れた。長いストレートの髪がふさぁっと顔の両脇を隠す。背は高め。一六〇センチぐらいあるだろうか? 細身で色白の美人だった。日本人形のようにほっそりした顔で切れ長の目をしていた。
バスがやって来たので、挨拶もそこそこに、詳しい話はとりあえずバスに乗ってから、という感じになった。一緒に来ていたショートカットの先輩は、「私はここで失礼いたします」と告げ、寮へ戻っていった。どうやら、彼女は見送りだったようだ。
三人で一番後ろの席に座る。
摩耶先輩曰く、後ろに人がいると落ち着かないらしい。
バスが降りる場所、つまり家の近くのバス停に着くまでの間、霊視してもらえる事になった。時間はおよそ三十分である。バスはもう出発しているから、あと三十分もないかもしれない。
ヤマゲンは、自分のルームメイトが昨日のお昼休み以降、行方不明であること、鞄は教室に置きっぱなしであること、そして鞄に彼女の携帯が入ったままだったことなどを話した。摩耶先輩は静かにヤマゲンの話に耳を傾け、幾度か目を瞑って瞑想しているように見えた。
「あなたのルームメイトの名前を漢字で書いて下さい。そして、その子の写真があれば見せてください」
ヤマゲンは、摩耶先輩の指示にしたがって、メモ帳の端を千切って美霧の名前を書き、携帯に映し出された美霧の写真を見せた。それは、この間四人で出かけた時に撮った集合写真だった。
摩耶先輩は、その写真を見るなり怪訝そうな顔をした。
「美霧さんって子は、この一番左の子よね? この一番右の子は?」
ヤマゲンの携帯を覗き込むと、一番右の子というのはニーナだった。
「えっと、いま訳あって、うちで面倒をみている子で、ニーナっていいます」
ふううん……っと、摩耶先輩は息をゆっくりと吐きながらニーナを見つめていたが、頭を左右に振り、「今は、美霧さんのことよね」と自分自身に言い聞かせるようにつぶやいた。そして、ヤマゲンが書いた「琴之葉 美霧」の文字をしばらく見つめた後、両手のひらでその紙を挟んで、しばらく目を瞑って、上向き加減で瞑想を始めた。
邪魔をしてはいけないという感じの空気が周囲に充満し始めた。ヤマゲンのやつも、じっと固唾を飲んで摩耶先輩を見守っている。まあ、大方、誘拐されたとかなんとかで、まだ生きてるとか言って依頼者を安心させて終了なんじゃないのか? とか実は最初から思っている。ヤマゲンのやつは信じているみたいだけど。こういうのは、言ってほしいことを言って、安心させて、なおかつ大方外れない線でやってるんだろうと思っている。本気でその超能力だか透視だか霊視だかを信じてはいない。今回は、ヤマゲンの気持ちが少しでも落ち着けばと思っているだけである。
どのぐらい経っただろうか。少々時間が経っていたので、他の事を考えていたようだ。摩耶先輩の額にすごい汗が出ている事に今初めて気がついた。そして摩耶先輩の身体が小刻みに震えていた。
ひっという悲鳴を上げると両手で顔を覆った。そしてゆっくりと両手を胸元に降ろして呼吸を整えていた。
「少し時間をください」
そう言って彼女は目を瞑って呼吸を整えて、気持ちを落ち着かせているようだった。
ヤマゲンも、逸る心をじっとこらえているようで、目を見開いたまま、唇を噛み締めていた。
摩耶先輩は、何度もこちらを見ては口を開こうとしては口を紡ぐのを繰り返した後
「これだけはお伝えしなければいけませんね……。でも、彼女の身に起こったことは、あまりに突拍子のないことなので、今は告げることはできません」
と前置きし、最後にはっきりと我々に告げた。
「琴之葉 美霧さんは、お亡くなりになりました」




