第十七話 『Spirit Vision』
美霧は昨日から寮に帰ってきていない。
朝は学校には来ていたようで、教室に鞄が置いたままになっている。昼休み以降、彼女を見たものはいないそうだ。
昼休みに、ふらっと何処かへ出掛け、そして教室に戻ってくることはなかったということになる。
後ろの席で、ヤマゲンはずっと何かをブツブツと唱えている。あいつなりにショックだったに違いない。見たところそれほど仲良しには思えなかったが、ルームメイトとして三ヶ月ほど一緒に過ごしていたんだから、それなりの親密度はあるのだろう。美霧の行き先についてヤマゲンに聞いても、まったく心当たりは無いらしい。いったい、美霧に何があったのだろうか。
「うぉっ! これだ!」
ヤマゲンが叫んで、椅子を蹴って立ち上がった。
なんだなんだ?
ヤマゲンを見ると、スマホを両手に掴んで画面をじっと見つめながら指を忙しく動かしている。
SNSでもやってるのかな? ヤマゲンはいろいろと交友範囲の広いやつだから、情報収集でもしているんだろう。
「何を見つけたんだよ?」
後ろから、ヤマゲンに問いかける。
「あのね、三年に霊能者がいるんだって!」
霊能者――いきなりのいかにも怪しい単語にびっくりした。美霧の言霊でも召喚する気か? というか、死んでる前提なのか? ええええ。生きてるかもしれねーじゃねーかよ。
「まだ死んでると決まったわけじゃねえだろう」
「当たり前よ! 何言ってんのよ、あんた!」
眉間にしわ寄せて本気で怒鳴られた。こっちのせいかよ?
「霊能者って、霊と会話とかするってやつじゃないのか? それだったら」
「ちがうわよ」
ヤマゲンは、神妙な顔つきになって
「霊視よ霊視。聞いたこと無い? 今何処にいるかとか当てたりする超能力――みたいな?」
透視とかいうやつか。それって霊能者じゃないんじゃないのか? 霊能者も透視能力者なの? よくわからん。
「あのねえ、霊能者って、別に霊を見るだけじゃないのよ。霊視って言ってね、生きてる人でも死んでる人でも、その人の過去だったり、部屋だったりを視る力があるのよ」
「あー、その霊能者に透視……じゃなくて霊視? まあ、どっちでもいいや。つまり、それをしてもらおうって話か?」
ヤマゲンは大きく、ウンっ! と頷いた。
ちなみに、俺はまったくそういった類の事は信じないたちである。が、それでヤマゲンの気持ちが落ち着くのなら、霊能者にでもなんでも視てもらえばいいんじゃなかろうかと思う。まあ、大金取られたり変な宗教とかに誘われたりとかしたら嫌だけどな。
「うちの三年に霊能者がいるのか」
「鈴王 摩耶さんだって。三年C組に居るみたい」
そう言うとヤマゲンはスタスタと教室の外で出ようとして、振り返り、俺のところに戻ってきた。
「やまねこ、何してんの? 早く!」
え? 一緒に来いと言ってるのか? なんで?
「独りじゃ、三年生の先輩の教室なんて行けない」
「なんでだよ? いつもの調子で、こんちわーーーせんぱーーーいってやればいいじゃねーか」
「オレはそんなキャラじゃないっ!」
顔真っ赤にしてキレられた。いや、おまえ、そういうキャラだろうが。
まあ、いいか。乗りかかった船だ。面倒みてやろうか。
(保護者ぶるのは止めてください)
ちらっと美霧の言葉が脳裏を掠めた。
美霧のやつ、居なくなっても俺を責めるんだな。
「わかったよ。一緒に行くよ。」
なるべく普通に返事をした。
ヤマゲンは満足したように微笑み、くるりと進行方向に向き直りサクサクと歩き出した。
昼休みも半端過ぎている。少々急ぎ目に三年C組へと急いだ。
三年C組に着いた。
着いたは良いがヤマゲンが固まっている。どうにも声を掛けられないでいるようだ。こいつ先輩とかに弱いのかな。意外な事実だ。
ヤマゲンの顔は緊張で青くなっていた。おぃおぃ大丈夫なのか? おまえ。
「やまねこ……頼みがある……」
「わかった。任せとけ」
聞くまでもない。代わりに先輩方に声をかけて、鈴王摩耶さんとやらをお呼びすればいいんだな。
とはいえ、さすがに俺も男性の先輩に声を掛けるのは気が引ける。極力優しそうな女の先輩を探して声を掛けた。
「すみません。こちらに鈴王摩耶さんって方は、いらっしゃいますか?」
声を掛けた相手は、黒髪ロングのストレート。赤いカチューシャをした、極普通の優しそうな先輩。
「あー、居るには居るんだけどねえ――」
赤いカチューシャの先輩は、そう言って教室の後ろの窓側、廊下側の反対、まあ、今、自分達が居る場所から対角線の位置に、すごい行列に並ばれたその奥に座っている女子生徒の方を見た。
これはもしや、みんな霊視の待ち行列???
こちらの顔色を見て悟ったのか
「あなた達、一年生ね。摩耶の霊視を受けに来たの? 下級生まで噂広がってるんだあ。すごいなあ」
と、関心していた。
「亜弥。お客さん。」
赤カチューシャの先輩は、亜弥さんって方を急に呼んだ。
ショートカットでタレ目のちっちゃい人が、とととっとやって来た。
「はいはーい。ご予約の申し込みですね?」
と、にっこり笑う。
「え? 予約要るの? まあ、あの状態だと昼休みでは終わりそうにないからなあ」
「あー、と申しますかぁ――予約は数ヶ月後まで、埋まってまして」
「「数ヶ月?!」」
ヤマゲンと合唱してしまった。
数ヶ月先だと、意味が無い。今すぐにでも知りたいんだ。
「急ぎの用なんだけど」
「皆さんそうおっしゃいますので、特例は無いです。」
きっぱり言われた。割り込みはどうにも不可のようだ。
昼休み以外でとかなら? と聞いてみるが
「学校では昼休みの時間だけ、特別にやってるんですよ。放課後は、私は関わってないですが、摩耶さんは本職でやってらっしゃるそうです。そちらになりますと、わたしではわかりかねます」
どうやら、学校で特別に昼休みの時間だけ視て、それが数ヶ月先まで予約が埋まっているということか。
放課後は、本職の霊能者としてお仕事していると。そして本職の方への依頼は、このショートカットの先輩は知らないっと。
「ヤマゲン。ダメだわこりゃ。引き上げようぜ」
ヤマゲンの肩を掴んで引き上げさせようとしたが、彼女はぐっと踏ん張って動くまいとした。
おいおい……どうするつもりなんだよおまえ。
「あの! 人の命がかかってるんです! お願いです。どうか、居場所だけでも、お願いします。視てくださいっ! お願いします!」
ヤマゲンは大声で叫んだと思うと、飛び上がってそのまま土下座した。
おいおい……教室の先輩方、みんな引いちゃってるよ……
えっと、この場合、こっちも土下座した方がいいんだろうなあ――たくぅもぅ。
こいつは、こういうやつだった。熱くなると、見境なくなる。いいやつではあるんだが。
仕方ないので、ヤマゲンの隣で仲良く土下座した。やっぱ来るんじゃなかった。災難だよ。ほんと。
土下座しながら摩耶さんの様子を見ていると、何やら紙をショートカットの先輩に渡していた。そしてショートカットの先輩が、とととという足音とともに、俺の手の甲にその畳まれた紙が置かれた。
「今は、それでお引取りを。お待ちの方がたくさんいらっしゃいますので」
摩耶さんはそう言うと、ショートカットの先輩に目配せし、我々二人を引き取らせた。
人気の無いところにヤマゲンと一緒に行き、さっきもらった折りたたまれた紙を広げた。
その紙には、こう記されていた。
――放課後すぐ、バスで大累駅へ向かいます。そのときにでも。