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第十六話 『missing』

 ここのところずっと、ニーナは部屋でヤマゲンと電話していることが多くなった。

 最初は、自分の携帯にかかって来て、ニーナに渡していたが、さすがに面倒になったので、最近になってようやくニーナ用に携帯を契約したのだ。

 まあ、ほとんどヤマゲンとの通話&メール専用携帯と化しているが。


 いったい毎日何を話しているのかと、ニーナに聞いてみるも、「別になんでもない事」って言われた。

 ヤマゲンに聞いたら、「内緒」って言われた。

 まあ、いちいち詮索するつもりはないので別にいいのだが。


 ヤマゲンと毎日のように話をしているせいか、最近ニーナの表情が和らいでいるように思える。

 ここに来た当初の何か追い詰められた様な、悲壮な感じの表情はなくなっていた。

 ヤマゲンに対する罪悪感が薄らいだのも、大っきいのだろう。

 すごく可愛らしく屈託なく笑うことが多くなった。


 美霧は、あの時以来、何も言ってこない。

 電話もなければ、学校でも会うことはない。

 美霧的には、問題は解決したということなのだろうか?

 今回の件のすべてを把握しているのは、おそらく美霧だけなんだろう。

 ニーナに敵対心を持っていたというよりは、ヤマゲンを元に戻そうとしていた。おそらくそれだけだったんだろうな。

 ニーナとヤマゲンのやりとりから推察するに、ヤマゲンは元に戻った。という事なのだろう。

 ニーナとヤマゲンが仲良くする事に、美霧は文句を付けてきてはいない。


 美霧は、何をどうやって知ったのだろうか? という疑問は残った。

 今さら考えても仕方がないことなんだろうけど。


 ニーナが家に居るようになって、というか、毎朝ニーナが起こしに来るようになってから、毎日朝食とそれから、母親が作った弁当を持って学校に行くようになった。

 昼休みの時間、今までは購買でパンを買ってそのまま屋上へ行っていたが、ニーナとの出逢いがあって以来、屋上には行かなくなった。取り立てて行かなくなった理由は無いのだが。なんとなくである。また新たな厄介事が起きて欲しくなかったのかもしれない。ニーナとの特別な出逢いを大切に閉まっておきたかったのかもしれない。とはいえ、そんなに特別な感情をニーナに対して持っているわけではなんだけどな。それに、弁当を持ってきているので、わざわざ屋上まで移動するのが面倒になったという部分もある。

 しかしながら、ずっと屋上でお昼を食べてきていたので、教室で一緒に食べる相手が居ない。ヤマゲンは、他の女友達と一緒に食べているし、その中に割り込む勇気はない。また、他の男子連中にしても、今更一緒に食べようぜえっと声をかけるのもなんだかめんどくさかった。

 そういう理由から、最近は、教室で独りで弁当を広げて食べているのである。


 ニーナはというと、家で自由にしている。最近は一生懸命に、日本語の文字の勉強をしている。会話に関しては、一応聞き取りも話すこともなんとかできているようだけど、まだ文字は上手く読めないらしい。

 うちの母親は昼間はパートに出ているので、家にはニーナ独りである。何か困ったことがあったら携帯に電話するように言ってあるが、未だかかってきたことはない。問題なくやっているようだ。


 弁当を食べ終わり、空になった弁当箱の蓋を閉めて鞄に仕舞う。洗った方がいいことはわかっているのだが、どうにも面倒なので洗ったことはない。いつも母親には怒られるのだが。


 ふぅ……っとため息が漏れる。


 ニーナと出逢ってからここのところ騒がしかったから、最近の何もない日常がどうにも退屈に感じる。何もないことは、良いことなんだろうけどな。

 ヤマゲンもなんだか、ニーナと本気で仲良くなってからは、どうゆう訳かあまり俺に絡んでくることはなくなった。いや、まったく無くなった訳ではないが、どことなく遠慮気味のように感じる。なんだってんだろうな、まったく。


 昼休みの終わりを告げるチャイムがなり、次の授業が始まろうとしていた。教室内は、バタバタとそれぞれ自分の席に着く同級生たち。いつもの見慣れた光景。少々飽きてきたって感じだなあ。


 ぽふっと後ろから頭をチョップされた。本気ではなく軽く挨拶するようなチョップだったので、痛くはなかった。


「やまねこ、暗すぎ」


 ヤマゲンだった。彼女は、その一言だけ言うと後は黙って授業の用意を始めた。


「え? 暗いか? ちょっと退屈だなあって思ってただけだけど」


 自分でも感じてしまうダルそうな声で返事をした。


「うん。暗い。昼休みずっといつも毎日ここで独りで食べてる。友達いなかったっけ?」


「ふん。別に一緒に飯食わなくたっていいだろう」


「ふぅうん……そんなに、ニーナのこと気になるんだ」


 ヤマゲンは、周りに聞こえないように耳元でつぶやいた。

 ニーナの存在は、今のところ俺とヤマゲンと美霧ぐらいしか知らない。まあ別に知られてどうってことはないんだけど、いろいろと騒がれるのは面倒なので、知られないに越したことはない。幸い、美霧も特に言いふらしてはいないようだ。


「なんで今頃になって、そんなこと言うんだよ。もう一ヶ月以上前から、独りでここで食ってるじゃねえか」


「んーあー、そういえばそうだねえ。ははは。失敬失敬」


 そうなのだ。ニーナが家に来てからずっと、弁当なので、それ以来ここで独りで食べている。なんで突然そんなことを言い出したんだヤマゲン?


 ――ふと思い当たった。


「ヤマゲン、おまえ、ニーナからなんか聞いたのか?」


 とは言いながら、特にニーナとの間に何もない。何もないはずだが、ニーナがヤマゲンに毎日の電話で何か話している可能性はある。そして、変な解釈をされている可能性は否定できない。


ヤマゲンは、ニヤリといやらしい笑みを浮かべて、


「ええ、お話はたっぷりとぉね」


 っともったいぶりやがった。


「別に何もないぞ。ほんとに。何を聞いたが知らんが、それは間違いだ」


「何をそんなに焦っているのかなあ?」


 ますますいやらしい顔つきになりやがった。


「何を聞いたんだよ。おまえ」


「毎日、ニーナの部屋に通ってらっしゃるそうで」


 ギクッ


「いや、それは何か困ったことがないかと……」


 ニーナのやつ、何をしゃべってやがるんだ。


「ほほう。熱心ですな」


「熱心って、別に。とりあえず、今は文字を覚えるに必死だから、まあ、手伝えることがあればって。おまえだって、そう思うだろ?」


「はいはい。そんなに必死に弁解しなくても」


 ケタケタと笑うヤマゲン。


「ちょっと、おま……」


「きりーっつ」


 号令がかかった。どうやら先生が来ていたらしい。まったく気が付かなかった。

 やむを得ず会話を打ち切った。くそう。



 次の休み時間にヤマゲンの誤解を解こうと思ったのに、まるでそれを察したかのように、あいつは授業が終わると席を立って何処かに行ってしまった。


 その後は、まったく話しかけても取り合ってくれなかった。「あー、もう面倒臭いので、その話は終わり」って一方的に切られてしまった。ちくしょうめ。


 結局放課後になるまで会話することが出来ず、放課後になってもヤマゲンは、とっとと姿を消してしまった。



 家に帰ってふと、ヤマゲンの言葉が気にかかった。


 「毎日ニーナの部屋に通ってらっしゃるそうで」


 いつもは、帰宅するとすぐにニーナの様子を見に、ニーナの部屋へ行っていたが、躊躇してしまった。


 やっぱりそれって変なのかな……


 遠慮した方がいいのか。そういうものか。そうかもな。


 結局今日はニーナの部屋に行かずにいた。


 夕飯のとき、なんとなくニーナと顔を合わせ辛くなった。急に部屋に行かなくなったらやっぱり変に思うかな? それとも、ほっとしただろうか? うううむ。わからん。


 ニーナの様子をチラチラ窺うも、特にいつもと変わった様子はなかった。

 もしかしたらニーナのやつ、部屋に毎日来るのが鬱陶しいのでヤマゲンに相談したとかなんだろうか。

 くそう。ヤマゲンのやつが余計なこといいやがるから、なんかニーナと上手く接しにくくなったじゃねえか。

 確かに最近退屈だって思ったけど、こんな刺激は別にいらん。なんかこう、モヤモヤしてイライラする。まったくもって、どうかしている。


 結局夕飯のときも、大した会話も無く終わり、ニーナはそそくさと部屋に戻っていった。

 母親は、こっちを見て「ふーん」と意味深な顔した。

 なんだよいったい。


「あなた達なんかあった?」


「別に何もないよ」


 さすがに、ヤマゲンに言われたことは言えない。言えば、それはダメでしょうって言われそうな気がした。

 あー、そうか。ちょっとニーナを構い過ぎちゃったんかなあ。たしかに毎日通うのはまずいよね。やっぱ。美霧にも言われたけど、ちょっと保護欲が強いのかな。自重しよう。うん。


「ほんとに何も無いならいいけど。さっきずっとニーナちゃんあんたの事、心配そうに見てたんだけど?」


 え? 心配そうに? どういうこと?


「そ、そうなんだ。へええ。気付かなかった」


 んんん? 心配そうにって、なんだ?


 自室に帰って、宿題をやろうとしては、やる気が出ず。ゴロンとベッドに寝そべる。ヤマゲンのやつもニーナのやつも、何考えてるんだか全然わからん。



 プスっ


「いっっっっってええええ」


 何かに頬を刺された。

 いや、これはいつものやつだ。

 え? もう朝なのか?

 というか、いつの間にか寝てた?


 辺を見ると部屋の明かりが光々と点いており、窓の外の景色は真っ黒だった。

 朝じゃない。ニーナが起こしに来たんじゃないのか?


 じゃあ、何故ここにニーナが居る。

 そう、ニーナがいつも朝起こすの同じく、ベッドの脇に立っていた。


「今日は、来ないの?」


 え? しばらく何を言われたのかわからなかった。

 ようやく頭がはっきりしてきて


「えっと。行っても良かったのか?」


 コクリと頷くニーナ。


「え? でも、ヤマゲンに・・・・・・あれ?」


 そういえば、ニーナが困っているとは言ってなかったような。

 あれれれ? なんでそう思っちゃったんだ???


「あ、えっと、ずっと毎日行ってたから、迷惑だったかなっと思って」


 ニーナの顔には、はてなマークが浮かんでいた。


「来ないから、何かあったのかと思った。私何かしたかなあっと。ちょっと心配になった」


 なんだそっか。思い過ごしだったのか。なんで、そんなふうに思ってしまったんだろうな。


「大丈夫。今日はちょっと、その、まあ、いいや。別に何もないよ。そして、ニーナは別に何も変なことしてないから大丈夫。安心しな」


 こくりと頷いたニーナの碧い瞳には、少し不安の色が宿っていたように見えた。

 そっか。よく考えれば、日中は独りで居るんだもんな。寂しいんだろうな。


「ごめんごめん。今日はちょっと、疲れてたんだよ。もう大丈夫」


 とりあえずここは、適当にごまかそう。

 ニーナも、一応納得したような顔つきになった。


 そして恥ずかしそうに、畳んだ紙をそっと差し出した。

 受け取って開いて見た。


  山根 耕一


 と不慣れな文字で書かれていた。そっか、ニーナが書いたんだな。見せたかったんだな。ははは。なんか可愛いじゃないか。一生懸命文字を覚えて、書いたんだな。


 そして、その横に別の文字が綴られていた。


  ニーナ


 おそらく本当の彼女の世界での文字で書かれた名前とはちがう、この世界で通用する文字に自分の名前を置き換えて書いたものだ。この世界で生きていくためには名前ぐらい書けないと駄目だしな。


「おー、すごい。ちゃんと書けてるじゃないか」


 ニーナは照れくさそうに笑った。





 次の日


 美霧が行方不明になったと、ヤマゲンから聞かされた。


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