第百五十二 探索
「まずは牢屋からだな」
今の自分たちの目的は、白髪の少女の仲間を探す事だ。しかし、闇雲に探し回っても見つからないだろう。一番可能性の高い場所、それは牢屋だとNULLさんは言った。白髪の少女、つまり、王女ルージェーンは、現王にとっては政敵だ。その仲間なのだから、既に投獄されているか、最悪の場合、処刑されているかもしれない。
そして牢屋の場所は、ルージェーンも知らないらしい。
「知ってる奴に聞くしか無いな」
「NULL公、知ってる奴って誰よ? まだ歩き廻るつもり? わたしもう眠いんだけど。これ以上歩くならわたしはここで降りるわ。ここで寝る」
寝不足が限界に達し、眼の下にくまを作っている麗美香がぐずり始めた。まあ、無理もない。ずっと闘い続けて来たからな。
「一旦、休憩しませんか? 麗美香も限界みたいだし、我々もね」
そう、NULLさんに提案した。それ以上動き回ると麗美香が暴れ廻りそうだったからだ。
NULLさんは、しばらく思案していたが、何かを思い付いたのか、パァッと眼が輝いた。
「なるほど、お前の言う通りだ。ここは一旦休憩するとしよう。ところで王女さま、ここらに休憩出来そうな場所はございますでしょうかな?」
「うーんと、そうねェ。あっ、いいところがあるワ。こっちヨ」
そう言って王女は元気に走り出して行った。
その小さい後ろ姿を追い掛けて、辿り着いたのは、地下の水路だった。
「なるほど、下水か。しかし、他にも逃げ込んだ残党も居そうだな。出くわさないように祈るばかりだ。それに、直に残党狩りも始まるだろう。そうなると此処も安全じゃなくなるな」
NULLさんが思案顔で考えを巡らせているようだ。
自分は、チラリと麗美香の方を盗み見る。麗美香の不機嫌度はMAXだった。今にもハルバードを振り回して当り散らしそうな目付きをしている。
それを見て、NULLさんに目配せすると、「取り敢えず此処で暫く休憩しよう」と言ってくれた。
特に反対する者も居なかったので、出来るだけ周りから見えない死角を選んでしゃがみ込んだ。
麗美香の奴は、座り込むや否や、ゴロンとその場に横たわり、直ぐに寝てしまった。
余程疲れていたのだろう。これで暫くは安心だ。麗美香が暴れる事は暫くなくなった。
そしてずっと黙ったままだったこんたんも、その横で倒れる様に転がった。彼女も限界だったのだ。
王女さまも、彼女たちとぴったり引っ付いて寝てしまった。
「お前も寝ておけ。見張りは、わたしがする」
「いえ、自分がやりますよ。NULLさんは寝てください。自分は、見張りぐらいしか役に立ちませんし」
実際そうだ。戦いになれば麗美香頼りだし、リーダーシップはNULLさんだ。自分が出来ることは何も無い。ならば、ちょっとした役割でもやっておきたいと思った。
「ふっ。そう思い詰めるな。お前の出番はこれからだよ。それまではゆっくり休んで置くことだ。直にお前にしか出来ないことがある。そのときはお前頼みだ。頼んだぞ」
こちらの気持ちを読んだのか、それとも顔に出ていたのか、NULLさんはそんな事を言った。一体この先に自分にしか出来ない事があるというのか? そんな事があるとは到底思えない。これはNULLさんなりに自分に気を使ってくれたのだ。落ち込まないように、卑下しないようにと。
ならばここは素直に言葉に甘えて言う事を聞くのが礼儀というものだろう。
「わかりました。ではお言葉に甘えて、休ませてもらいます。何かあれば遠慮なく叩き起こしてください」
「ああ、ぶん殴ってでも起こしてやるよ」
いや、ぶん殴るのは勘弁願いたい。
◇ ◇ ◇
NULLさんに叩き起こされて、地下水路を後にする。
当初心配していた襲撃はなく、意外な程、すんなりと牢屋へとたどり着いた。
「NULLさん、いつのまに牢屋の場所調べたんですか?」
起こされてから、NULLさんの後にみんなで付いて進んで来た。既に牢屋の場所を知っているとは思っていなかったから、驚いた。
「ああ、悪い悪い。みんなでぞろぞろ探索するより、一人の方が早いと思ってな。お前たちが寝ている間に調べておいた」
なんて人だ。凄い。凄いとは思うけど。
「じゃあ見張りはどうしたんですか?!」
「金太郎が居るだろう? あいつは寝てても殺意を感じれば飛び起きるだろうよ」
言われてみればそうかも知れないが。たしかに、そうかも知れないが。
「まあ、そう怒るな。相談したら反対されるだろうしな。一人で行くことも、金太郎の事もな。だからそこ黙っていたんだ。許してくれ。現状、この方法が一番効率がよく、うまくいく確率も高そうだったんでな」
「そんな風に言われたら、何も言えません。たしかにNULLさんの読み通りになったでしょうけど。それでももし外れていたら」
「ふん。そのときは神様にでも懺悔するさ」
そう言って、にやりと笑うのだ。
どこまで本心なんだか。わからない人だ。
「だがお前。いや、んーっと、山根だったか。随分と、言うようになったじゃないか。頼もしいな」
「からかわないでください」
カラカラと笑って、牢屋のある洞窟へとNULLさんは入っていった。
自分のすぐ後を追った。他のみんなも自分の後に続いた。
麗美香も、少し寝れたせいか、不機嫌さはなく、黙って後ろについてくる。
戦乱の中で牢屋番も逃げ出していたようで、洞窟の中には、守衛などは誰も居なかった。
王女ルージェーンが牢を一つずつ確認し、中に囚われている者が仲間かどうか見ていた。
「なあ、上で何があったんだ?」
「なあ、助けてくれよ。出してくれよ。なあ」
捕まっている者が口々に助けを求めて、鉄柵から手を伸ばしてくる。
「居なイ」
仲間は見つからなかった。
考えたくない事だが、もうすでに処刑されてしまったのかもしれない。
「なあ、あんた。あの娘、ルージェーンじゃないのか?」
突然、牢の中に居る囚人に声を掛けられた。
髭面の三十代ぐらいの目つきの鋭い男だった。
いかにもな悪人面に、無視して通り過ぎた。
「おいおい、待てって。いい話があんだよ。探しものがあんだろうよ? おりゃー知ってんだよ。興味ねえかぁ?」
男の言葉に、足を止める。
「探しもの? 自分たちが何を探してるって思うんだ?」
男の真意を確かめる為に、問い質す。
「あの娘、ルージェーン王女なんだろう?」
王女の方を顎で指し示す。
「隠すなよ。おりゃー見たことあんだよ。だから知ってんだよ。そんで、あんたらの探しものは、ルージェーン派の一味なんだろう?」
ルージェーン派の一味……。その言い方に違和感があったが、何かのヒントにはなりそうだ。
「なあ。そいつらの事を教えてやるからよー。俺を此処から出してくんねえか?」
なるほど。取引か。悪くない話だ。でもここで自分だけで勝手に判断していい話ではない。
「ちょっと待ってろ」
そう言ってその場を離れ、NULLさんを探す。
NULLさんは別の牢に入っている誰かと話し込んでいた。
「NULLさん、ちょっといいですか?」
先ほどの男の提案内容を話して、判断を乞う。
「そうだな。最終的には王女さんが決める事だろうな。わかった。わたしが話を聞こう」
NULLさんを男のところへ案内して、傍らで様子を伺う。
「ルージェーン一味の居場所を知ってるっていう奴は、あんたか?」
「ああ、そうだよ。おまえさんは誰だ? 随分とちっせえな」
「話す気がないなら置いてくぞ。全部お前の態度次第だ」
「ちっ。短気なガキだなあ。まあいい。まずは此処から出してくれ。話はそれからだ」
「残念ながらそれは出来ないな。まず質問に答えろ。お前は何故、彼女の直接話し掛けなかった? さっき此処を通っただろう?」
男がNULLさんの様子を伺うようにじっと鋭い眼を向ける。
「それに答えたら、まずは出してやろう。その後に一味の居場所を聞いてやる」
「そりゃーおまえ。あの子と一緒に居たんなら知ってんだろう? あいつと一緒にいたらよー。あいつと会話したらどうなるか」
男の答えを聞いたNULLさんは、満足そうな顔をした。
「なるほど。本当におまえはあの王女を知ってるんだな。なんでおまえは牢に居るんだ?」
「おいおい、さっきの質問には答えたぜ? まずはここから出すってのが筋じゃねえのかい?」
「なるほど、おまえの言う通りだな」
NULLさんは、牢の鍵を開けた。
いつのまに、鍵を手に入れたんだこの人は。
「NULLさん、今のって」
「ん? なんだおまえ、まだ気づいてなかったのか? まあいい。ルージェーンの事については後でゆっくり教えてやる。それよりも今は、この男だ」
牢から出てきた男の腕を取り、くるりと一回転させて倒し、後ろ手に拘束した。
「なっ、どういうつもりだぁ。約束がちげえじゃねえか」
「いや、約束通り牢から出してやったじゃないか?」
そう言ってNULLさんは、男の喉元にナイフを突き立てる。
「さぁて、おまえは何者だ? 答えによっては悪いようにはしない」
「何者でもねぇよ。ただ、早く牢を出たい。それだけだよぉ」
「いろいろ事情を知ってるみたいだが?」
「そりゃぁ、おめえ……」
NULLさんが、喉元に突きつけたナイフをぐっと寄せて脅すと、男は観念したようだ。
「わかったよ。話せばいいんだろう。話せばよ。まあ、なんだ、つまりおりゃよ、密偵ってやつだよ。ドジふんでとっ捕まっちまったがな」
「どこの密偵だ?」
「アルカー・エクサーラ」
その名前を聞いて、記憶が遡る。
「いま、アルカー・エクサーラって言ったか? それは、湖の東にある國か?」
「ああ、そうだ。そこの密偵だよ。おりゃぁ」
アルカー・エクサーラ。その國の名前は。
「NULLさん。アルカー・エクサーラって國は、ニーナの國です」