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異世界の姫さまが空から降ってきたとき  作者: 杉乃 葵
最終章 王女ニーナ
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第百五十話 『王の間』

 暗い石の廊下を疾走する。壁に備え付けられている松明の火のみが目の前の道を照らしている。すっかりもう夜だ。

 走り抜ける壁際には血塗れの兵士が多数転がっている。鎧から察するに、これは敵も味方も入り乱れて倒れている様だ。そもそも自分にとって彼らのうちどちらが味方でどちらか敵なのかという問題はあるが……まだ息のある者も居て、呻き声が響いている。また、あちこちから女性の悲鳴も聞こえている。恐らく戦利品として貪られているのだろう。目を塞ぎ、耳を覆いたい様な惨状だ。


「余計な気を起こすなよ。今は王女を助けることだけを考えろ」


 隣を走るNULLさんにたしなめられる。顔に出てしまっているのだろう。確かに今は王女救援が先だ。他の事柄に構っている暇はない。それが現実だ。傷ついた人や、襲われている女性たちの事は無視せざるを得ない。自分は、みんなを同時に助けられるようなスーパーヒーローではないのだから。そして、それは多分NULLさんにだって出来ない事なのだ。


 王都での決戦は、ほぼ勝負がついたのか、王都側の抵抗が弱くなっているように感じた。反乱軍側の一方的な殺戮状態へと移っている。こちらも外から見れば反乱軍に見えるからだろうか、王の間に向かう間、敵らしい敵に襲われることなく進む事ができた。


「お前の話から推察するに、王女とやらは恐らく王の間周辺に居る筈だ」


 NULLさん達と合流したときの事だ。互いのここまでの経緯を伝え合う中で、NULLさんはそう言った。何故そう思うのか訪ねたところ


「言葉の話せない民間人の服を来てイノシシモドキに乗った女児が独りで門に行ってみろ。どれだけ一張羅だと言っても王族のそれとは異なるだろし、お供の一人も連れていないのだ。自分が王女だと書き記したとしても門番が通す訳がない。頭のおかしな子供のいたずらだと思われるだろう。そもそもに王女は病に臥せっているか亡くなったことになっているだろうしな。確認はしていないが、まったく姿を見せなくなった王女の事をなんの告知もなく済ますことはないだろう。門番も恐らく顔を覚えてなど居ないだろうさ」


「それはなんとなく解りますが、それが何故王の間周辺に居る事になるんですか?」


「お前の話で聞く王女は、諦めが悪そうじゃないか? 門番に追い返されて諦める様な奴じゃないだろう? なんとかして中に入ろうとするに違いないさ。王都へ運ばれてくる荷馬車の中に潜り込むとか考えるかもな。ただ、そうそう都合よく荷馬車が来るとも限らんし、じっと待つタイプも無いだろう。ならもっと直接的で能動的な方法を取るだろう。例えば、彼女だけ、いや、王もしくはそれに類する存在のみが知り得る抜け穴を使うとかな。そんなものが存在していてもおかしくないのではないかな?」


「緊急避難用ですか? そう言えば、戦国時代の城とかにもそんなものがあったとかなかったとか。でも、それって逃げる為のものですよね?」


「ああ、本来の用途はそうだ。だが、逆に入る事も出来るだろうさ?」


 というようなやり取りがあったのだ。白髪の少女、つまり王女ルージェーンは王城の抜け穴の出口から王城へと入り込もうとしたのではないかと言うことだ。そしてその出口、いや、本来なら入り口というべきか、それは王の間だろうという事だった。それ故に今、王の間へと向かっているのだ。


「こっちだ」


 廊下の分岐点に来たとき、NULLさんが進む方向を指差す。


「どうしてわかるんですか? 王の間の場所知ってるんですか? NULLさんも行った事ないはずですよね?」


「ああ、金太郎が暴れてるときにこっそり抜け出してな、いろいろと情報を収集していたんだよ」


 にやりと嫌らしい笑顔を向けられた。


「地図とか手に入ったんですか?」


「いや、それはない。ただちょこっと調べただけだ。なあに、大体の構造が解れば予測は付くものだよ」


 ガシャンという金属がぶつかり合う音で会話が遮られた。

 麗美香が剣を交えて、襲ってきた兵をそのまま吹き飛ばしていた。


「くっちゃべってる場合じゃないよ! まだ敵は居るんだからね」


 髪と後ろに背負ったこんたんを振り回した麗美香に叱咤される。そうだ。敵がほとんど居ないといってもゼロじゃない。たった一人の敵にでも斬られたらそれまでなんだ。


「その為の金太郎だろう? 感謝してるよ」


「NULL公! あんたいい根性してるわね!」


 怒鳴りながらも苦笑いする麗美香を観て、彼女なりにNULLさんの事を認めているんだと思った。当たり方が自分の場合と比べて少しゆるい気がした。それにNULLさんも麗美香の事を信用しているように思える。まったく別方向の二人だが、互いに上手く作用しているようだ。


「ポチ、なにニヤけてんのよ。顔、気持ち悪いわよ」


 ひどいことを言われた。やはりNULLさんとは扱いが違うようだ。


「おい、喋ってる暇はないぞ! 行くぞ!」


「どの口が言うか! このNULL公!」


 ああ、やっぱりこの二人はいいコンビだなと思う。


 しばらく暗い廊下を進み、螺旋階段を登り、また廊下を進んでいった先に目的の場所は在った。

 その扉は固く閉ざされていた。鍵が掛けられていて開かない。


「麗美香」


「なによ?」


「お願い」


「なにを?」


「扉を開けて」


「高いわよ」


 バーンっと麗美香に蹴破られた扉は真っ二つに裂けて崩れた。


「無事に帰ったら、ポチにはいーっぱいお返し貰うからね。よく覚えておくことよ。わかったわね!」


 無事に帰ったら無事に済まなさそうな事を言われた。帰るも地獄、帰らぬも地獄だ。


「ほう……ビンゴだな」


 壁に掛かっていた松明を手に取り、床を照らしていたNULLさんが言った。


「見ろ。血の跡だ」


 NULLさんが指差す床を凝視する。茶色の絨毯の上にベッタリとした赤い液体の残したシミが在った。まだ新しいのか乾いてない感じだ。


「まさかあの子の?!」


「慌てるな。これは王女のじゃないだろうよ。恐らくは、王の血だよ」


「王の血?」


「ああ、金太郎が斬った王の血だ。予想通りだ。視ろ、奥の本棚の前まで点々と続いている」


 満足そうにNULLさんは笑う。


「予想通りってNULLさん。王女を探していたんじゃないんですか?」


 ここに来た目的は王女の捜索だ。それはNULLさんの推測に基づいた方針だった筈。なのになぜここで王の話になる?


「ああ、斬られた王が姿を消したのでな。どこへ行ったのか捜していたんだよ。恐らく王都から逃げる為の抜け穴があると睨んでいたのさ。だからわたしは最初から抜け穴の在り処、王の間を探していたんだよ。もちろん、王女が居る可能性が高い事も嘘じゃない。お前の目的は王女の捜索、わたしの目的は王の捜索だよ。双方目的が一致したんだからいいじゃないか」


「まあ、今はとりあえずいいです。置いておきます」


 NULLさんの言葉に釈然としないものを感じながらも、今は先を急ぐのが大事。こちらをただ手助けする。そういう訳ではないということだ。人それぞれに思惑があるということか。


「じゃあ王は、この本棚の奥に?」


 王の血は、バカでかい本棚の前で途絶えている。まるで本棚の中に入った様にだ。


「ああ、間違いないだろうな」


 本棚を掴んで押したり引いたりして動かそうとしたが動かない。何か他に仕掛けがあるのだろうか?


 ん? まて、じゃあ、あの子は何処だ?

 NULLさんは、王女は出口から此方に逆向きに入って来るだろうと行った。

 この本棚は向こう側から開くのだろうか?

 いや、それ以前に、これでは王と鉢合わせじゃないか?

 王とあの子が出逢ったらやばいんじゃないのか?

 そもそもにあの子に毒の様なものを盛ったのは、あの子の兄である現王の筈だ。垣間見た彼女の記憶からそう読み取れた。


「麗美香」


「なによ?」


「お願い」


「なにを?」


「本棚ぶっ飛ばして」


「あんたねえ、もう返せるものは何も無さそうだけど? さっきので一生わたしの奴隷確定したし」


「そんな約束はしてねぇよ!」


「はぁ、まあいいわ。骨の髄までしゃぶってあげるわ。それでいいわね」


「よくねぇ!」


 体当たりでもするつもりなのだろう。腰を落とし、足を踏ん張ってダッシュする体制になる。

 どんっと飛び出すかと思われたその矢先にNULLさんの待ての声が掛かる。


「NULL公! なによ! 転んじゃうじゃないの!」


 つんのめって危うく転倒しかかった麗美香がぶぅぶぅと文句を垂れる。


「どんな仕掛けがあるかも解らんぞ。それに下手な壊れ方をしたら二度と開かなくなるかもだ。ここは素直に開ける方法を考えるのが正解だと思うがな」


 NULLさんの言う事は一理ある。開かなくなってしまっては元も子もない。

 ひとまずは松明の火で燭台を灯し、部屋を明るくする。

 弱い灯りながらも、大きなベッドやテーブルに椅子、何か解らない装飾品等が点在しているのが見えた。

 本棚の周りを調べるが、仕掛けらしい物は何も見つからない。本を取り出したりして奥を確認したがやはり何も見つからない。しかし、こんな事をしていて見つける事が出来るのだろうか?

 ふと、NULLさんの様子を見る。

 NULLさんは、しゃがんで床をじっと視ていた。いったい何を視ているのだろうか?

 麗美香に至っては王のベッドに転がってその寝心地を確認していた。

 何してんだよ。

 そう言えば、こんたんは何処に行った? 彼女も麗美香に背負われたまま一緒に入って来た筈だが、大人しいのでその存在に注意を払っていなかった。

 あたりをよく見ると、扉側の壁に彫像と並んでじっと後ろ向きに微動だにせず立っていた。


「こんたん、何してんだ」 


 ついついタメ口を聞いてしまうが、よく考えると結構歳上なんだよな。この人。

 声を掛けたものの、彼女に反応は無い。

 不審に思い、彼女の両肩を掴んで揺さぶる。


「おい? 大丈夫か? 何かあったのか?」


「ふぁ?」


 こちらの心配をよそに、こんたんは間の抜けた声を返してきた。


「何してんだよ? 大丈夫か?」


「あ、ああ、すいませんのこと。つい熱中してしまって……」


 そう言うと、照れくさそうに顔を赤らめて頭を掻いた。


「やー、だって、ほれ、これ視てくださいよぅ。凄いでしょうのこと」


 興奮した様子の彼女が指差す方向を視る。木製の何かのからくり細工のオブジェが壁に掛けられている。エアコンより一回りぐらいおっきいサイズだろうか。文字が4つ書かれている。そして、振り子がぶら下がっている。


「振り子時計か? でも針がないしな」


 時計のような針は無い。代わりに4つのブロックに文字がそれぞれ書かれている。ん? この文字は。

 オブジェに近づいて文字を視る。これは数字に相当するものだと、リーシュの記憶が告げる。4つの文字は数字で時間を表している。


「これは時計だ。午前4時の様だ」


 振り子でこの文字が書かれたブロックが回転して時間が進む仕組みのようだ。針の代わりにブロックを回して時間がわかるようになっている。


「おお、やっぱり時計ですよねー、面白い形してますよねのこと。それにしてももうそんなに時間経ったんですねー、王城に向かったときは夜になったばかりでしたのにのこと」


 確かにそんなに時間が経った様には思えない。リーシュの記憶を漁り、大体の時間を推測すると、出発したのは20時か21時頃だ。それからここに来るのに3時間か4時間ってところだ。7時間や8時間って事はないだろう。

 それにこの時計の形。


 時計の数字が書かれたブロックに触れる。ゆっくりと手で回してみる。4つのブロックそれぞれ手で回せる事がわかった。


「何してるんですかのこと? 壊しちゃだめですよー、これわたし持って帰りたいんでー」


 こんたんの窃盗宣言を無視して、ブロックを回す。

 これは抜け道を開ける鍵だ。王が抜け道を使う為にダイヤルを回したからこそ、時間がずれたんだ。そのずれはおよそ4時間。なら解錠は午前0時だ。

 時計を午前0時に合わせる。


 が、何も起きない。これじゃないのか? それとも午前0時じゃないのか?


「時間を合わせるだけなら毎日解錠してしまうだろう? それじゃ意味がない。もう1アクション必要なんだろうさ」


 いつの間にかNULLさんが側に来ていた。確かにNULLさんの言う通りだ。じゃあ、何がある。後は振り子しか……そっか、振り子か!


 振り子を掴んで引っ張る。


 カチリっと音がした後、ガタガタと本棚がゆっくりと動き出した。

 本棚に隠れていた壁にドアが現れた。

 急ぎドアを開けて中に飛び込む。NULLさんが静止する声が聞こえたが止まる事が出来なかった。


 ドアを抜けてすぐに、足元のなにかに躓いて転倒する。石の床に散々に転がる。あまりの痛みにしばらく呻く事しか出来ない。


「おい! 大丈夫か?」


 NULLさんの呼ぶ声に「大丈夫です」と応え、ゆっくりと身体を起こす。とりあえず骨が折れたりはしていないようだ。打撲と擦り傷で済んだ様だ。

 躓いたものの正体を確かめるべくドアの方へ戻る。手落とした松明を拾い上げ、床を照らす。


 床には、白い布と人の肌が見えた。


 注意深く全体を照らすと、そこには長い白い髪の毛が乱れた状態で、血塗れの少女が横たわっていた。


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