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異世界の姫さまが空から降ってきたとき  作者: 杉乃 葵
最終章 王女ニーナ
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第百四十八話 『SOS』

 異世界の人間だからといって、殺していいってもんじゃない。彼らも同じ人間だ。生物学的にまったく繋がりがないだろうけれど、まったく別の生物の様には思えない。人種が違っても同じ人間である様に、存在する世界が異なっていても同じ人間、厳密に言えば同じではなく同じ様な人間である。人間か人間で無いかを、何を持って判断するのか基準が解らないけれど、少なくとも同じだと思える以上はそうなのだ。

 そして今このときは、戦時下だ。戦時下においては人間同士殺し合っている事実がある。そういう意味では、これは異世界においても同じ認識だ。この世界の人間がどう認識しているかは知らないが、恐らく違いはないだろう。それ故に、ここで、この場所で、生き延びる為に人を殺める事に躊躇うべきではない。

 しかしながらそう解っていても、簡単に殺そうと割り切れないものがあった。もちろん、割り切っていたとしてもさっきのように簡単に騎士たちに組み伏せられ串刺しにされたであろう事は間違いないのだが。

 だからなのだ。こんな自分を助ける為に、麗美香はこの世界の人間を殺めた。そんな彼女に、自分は今後どう報いれるというのか。


「なあ麗美香。ちょっと行きたい所があるんだが」


 後ろ向きで仁王立ちしている彼女に言った。彼女は警戒と威圧のオーラを纒い、周囲の騎士たちをジリジリと後退させている。


「何の話をしてるのよ。今は、此処を突破するのが先決でしょ」


 此方を振り向く事無く、声だけで応える。その声音はオーラと同じ威圧感が在った。しかしそんな威圧に敗けるわけにはいかない。白髪の少女を、王女さまを救わなければならない。一刻の猶予も無いのだ。なにせSOSを受け取ったのだ。彼女が危機的状況に居るのは間違いない。これは麗美香への恩義とは別問題だ。いや、むしろ命を存えたからこそ自分は進まなければならないのだ。


「今でなくちゃ駄目なんだ。今直ぐに行かないと駄目なんだ」


 麗美香の威圧に敗けじと声を張る。上滑りしそうな声を、腹に力を入れて踏ん張る。自分が無茶を言っているのは解っている。だが今更だ。ここ迄来て、帰るわけにはいかない。


「はぁ……いったい何処行きたいってーのよ?」


 麗美香の口調が呆れたものに変わる。思いっ切り溜息をつかれてしまった。だがそれは、多少は此方の意気込みを感じた結果なのかも知れない。腹に力を入れたかいがあったというものだ。


「この城壁の上だ」


 横の壁の上方をピンっと指で指し示す。しかし彼女はそれを観る事無く、じっと騎士たちを牽制したままで居る。


「はぁ? どうやって登るのよ? そんな所。入口どこよ?」

「わからない。それを探してここ迄来たんだ」

「あのぅ……」

「こんは黙れ!」


 ひっと悲鳴を上げてこんたんが麗美香の背中で縮こまる。理不尽に叱り飛ばされた子供の様だ。まあ確かに理不尽であり、見た目は小学生なのだからそう見えて当然なのだが。そんな姿を見ているとなんだか可愛そうだが、今はこんたんに構っている場合ではない。


「ねぇあんた。今の状況解ってる? この辺をゆっくり探索を愉しむ余裕なんてないの。生きるか死ぬかなのよ?」

「ああ、解ってるさ。そんな事。それでもだ。やらなければならない事なんだ」


 未だに此方を見る事なく、抗議の声を荒らげる麗美香。そう、これは生きるか死ぬかの問題なのだ。このまま白髪の少女を見捨てたら、自分は今後の人生を悔やみながら生きる事になる。それは死んでいるのと同じだ。


「……」


「……」


 会話が途絶えると同時に、取り囲む騎士たちの間に緊張が走る。麗美香が飛び掛かって来る。そう予感し、身構えてざわついている。彼らの恐怖が空気を通じて伝わってくる。


 麗美香がゆっくりと振り返る。此方に眼が向くまでの時間の長さが怖い。やがて此方を見据えるその真っ黒な瞳は怒りに燃え、焔を幻視する。矢で射抜かれた様に胸が苦しくなる。


「わたしが嫌だって言ったら?」


「独りで行く」


「犬死ね。さっきみたいに直ぐに殺されるわよ。解ってんでしょ?」


 今しがた騎士に刺されそうになった事を言われる。そうだ、確かにあの時は死んだと思った。麗美香が居なければ、自分は此処にもう存在して居ない。その事は感謝しても仕切れない。おかげであの子を助けに行く事が出来るのだ。


「さっきはその、ちょっと油断しただけだ」


 少し強がってみる。バレバレの嘘だ。麗美香はそれに取り合わず、話を進める。


「直ぐに死なれたら、わたしが助けた意味なくなるでしょ」

「行く以外の選択肢はないんだ。頼む」

「そうやってわたしを脅す気?」

「脅してねえよ。お前が来てくれたら助かるし、来て欲しいのはそうだが、来なかったら独りで行くってのも本当だ。無理に来てくれとまでは言わないよ」

「そう。で? 壁の上には何があるのよ? あんたがそうまでして行きたい理由はなに? あんたに付き合うなら聞く権利はあるでしょ?」


「ああ、あの上に自分を待っている子が居るんだ」


「女ね……」


 麗美香は身体を完全にこっちに向けて正対した。


「あんたね……女に逢いたいからって、わたしを手伝わせて危険な目に遭わせるつもり?! ちょっとそれ、ひどくない?!」

「え? あ、いや、確かに、女の子だけど、そういうんじゃねえよ! 相手はまだちっさい子供だよ!」

「はああああっ! あんた、よりにもよってロリコンだったのね!」

「ちげぇよ!」


「はぁ……なんか馬鹿馬鹿しくなって来たわ」


 あからさまにがっくりと項垂れる。彼女の表情はそのストレートの黒髪に覆い隠されて覗う事が出来ない。


「あ! 麗美香! 後ろ!」


 此方を向いて油断している彼女に向って騎士たちが襲い掛かる。

 次の瞬間、麗美香は踊る様にくるりと一回転する。彼女に襲い掛かった騎士たちは、軽々と弾き飛ばされた。中には城壁にぶち当たっている者もいた。今まで見た中でも最大級のパワーだ。飛ばされた騎士たちはただでは済まないだろう。

 そのあまりの暴力に、取り囲んでいた騎士たちは後退りを始める。明らかな違いを感じているのだろう。今の麗美香はほんとの意味でリミッターが解除されているのだ。殺さない様に手加減するというリミッターが。むしろ今まであれで手加減していたのだ。


「今わたし、すっごく不機嫌だから容赦なしよ!」


「麗美香さま、それ通訳するんですかのこと?」


「勝手にしろ!」


 ブンっという空気を切り裂く音を出して、ガーヤの大剣が此方の鼻先に突き付けられる。麗美香の気迫に気圧されて、その顔を直視する事が出来ない。


「いいわよ。行ってあげるわ。あんたの言う事を聞くのはこれで最後よ。今後は、わたしの言う事を全部聞くのよ。それが条件。飲めないなら、今すぐ此処で殺すから」


「全部っていつまでだよ」


「一生よ! 死ぬまで扱き使ってやるわ!」


「なんだよそれ、そんなの飲めるか! お前の為に一生働くとか出来るかよ!」


「ふん! 交渉決裂ね。あんた此処で死にたいのね。まあ、異世界の人間に殺されるよりいいでしょ? 今すぐ叩き殺してあげるわ」


「麗美香様、それってプロポーズですかのこと?」


「はぁ? あんた何言ってんの? 意味不明よ! 頭おかしいんじゃない?」


「え? 今のプロポーズじゃないんですかのこと? 一生自分の所に置くってこと」


「ちょっ何訳のわからない事言ってんのよ! 今のどう聞いたらプロポーズになんのよ! 殺すのよ! こいつを殺しちゃうのよ!」


「自分と一緒に居ないと殺したいほど好きってこと。うんうん。若いっていいですねのこと。ここは若い二人に任せて退散したいところですが、今退散出来そうにないのでこのまま此処にいるですよのこと」


「あぁ?! こん! あんたを先に始末した方がよさそうね。背中から降りろ!」


「嫌ですよのこと! 降りたら殺されちゃうですよのこと!」


 なんだこれは。こんたんのせいで訳がわからなくなった。いや、これはこんたんなりの気遣いなのかも知れない。今の麗美香と此方の状態を緩和しようとして。考え過ぎか。こんたんだしな。何も考えていないだけかも。


「すまん。麗美香。だが今はどうしてもお前の力が欲しい」


「じゃあ、条件を飲みのね。ほんとにいいの?」


「いや、条件は飲まない。だからこれは一方的なお願いだ。頼む」


「あんたねええ!」


「惚れた弱みですねのこと」


「うるせええ、まとめてぶっ殺してやるぅ!」


 やっぱりこんたんは何も考えていやがらねえ! 火に油を注ぎやがった!麗美香の怒りが頂点に達する。


「山根様! あっちへ走ってのこと!」


 麗美香の突進を受けて、こんたんが逃げる方向を指差す。騎士たちの方へ突っ込む形になるが、目の前の麗美香から一刻も早く逃げなければいけない。彼女は本気だ。本気で殺そうとしている。躊躇している場合ではない。地面を蹴り上げて全力で走る。

 騎士たちと衝突するかと思いきや、潮が引くようにササッと進行方向が開けられる。後ろの麗美香を彼らは避けて逃げているのだ。余程、今の麗美香が恐ろしいのだろう。って、狙われているのは自分なのだが。


「山根様! 城壁に沿って! その先に上がる場所がありますのこと!」


 こんたんが叫ぶ。そうか、彼女は逃げる方向を教えていたのでは無かったのだ。城壁の上に昇る場所を知っていたのだ。


「あんた! なんで知ってたんなら言わないのよ!」

「さっき言おうとしてましたですよのこと。麗美香様が邪魔したんですよのこと。それに麗美香様、さっき通りましたですよの」

「うるせぇ!」

「理不尽ですよのこと!」


 そんな二人のやり取りが後方に聞こえる。城壁へ登る場所が解ったせいか、麗美香が少し落ち着きを取り戻した様に感じる。


 騎士たちはすでに戦意を喪失しているようで、積極的に此方の邪魔をせず、ただ遠巻きに警戒するに留めている。チャンスを伺っているのかもしれないが、積極的に撃って出ようとはしていない。


 しばらく走っていると城壁を昇る石の階段が見えてきた。幸い、その階段の上には騎士の姿がない。これならこのまま上がれそうだ。


 階段を上がる、そういう意思表示を込めて後ろを振り返り手で合図する。そのとき初めて気がついた。騎士たちは戦意を失った訳ではなかったのだ。麗美香の後方に回り込み、後ろから追いかけて来ていたのだ。随分仕事熱心な事だと思う。命の危険も顧みない。自分ではとてもそこまでの情熱は傾けられはしない。

 とはいえ、ここはもう階段を昇るしかないのだ。いろいろ考えなければならないことは山積みだが、考える時間は皆無だ。

 自分に続き、麗美香とこんたん。そして騎士たちも続々と登ってくる。

 頂上へと辿り着く寸前、小さな人影が現れた。彼女に違いない。ほっとした気持ちが全身を巡る。

 そして城壁の上に現れた人影は、何か小さいものを階段下へ投げ込んだ。


「金太郎、巧く避けろよ!」


 金太郎? そしてこの声は? NULLさん?


 そしてすぐに、階段の下の方が爆音とともに崩壊した。多くの騎士たちが吹き飛ばされ、落下していった。小型の爆弾か何かのようだ。


「危ないじゃないの! NULL公! 殺す気!」


 城壁にしがみつき、落下を逃れた麗美香が悪態をついていた。こんたんも彼女にしがみついて難を逃れたようだ。


「やれやれ。わたしはお前たちを助けたつもりなんだがな。なんで文句を言われているのかさっぱりだ」


「なんでそんなもん持ってるのよ! というか、さっさと使え! なんでもっと早く出さないのよ!」


「こいつは歯に仕込んでたやつなんだ。歯は大事にしないといけないだろう? それに切り札は最後まで取って置かないとな」


 やれやれと、首を振って腕を広げているNULLさんに見降ろされる。

 振り返ると、登って来た石の階段は麗美香の後ろから完全に崩落していた。騎士たちは更に下方に残っている部分で立ち往生している。


「ほら、早く上がって来い。いつ崩れるかわからんぞ」


 NULLさんに促されて階段を昇る。

 城壁の上に立ち、辺りを見回すが白髪の少女の姿がなく、人っ子一人居ない。


「NULLさん、白髪の少女は何処ですか?」


「白髪の少女? 誰だそいつは?」


「はい。長い白髪の小さい女の子です」


「お前、それ、何も説明が変わってないぞ。まあいい。此処にはずっとわたししか居ないぞ」


「え? そんなはずはないです。此処からSOSサインを貰ったんです。彼女が居るはずです!」


「SOS? ああ、モールス信号か。それを送ったのはわたしだよ。SOS位なら知っていると思ってな。それを見れば、我々だと気付くと考えた。此処からお前が来るのがよく見えたからな。わたしなりのラブコールだよ」


「あのサインはNULLさんだったのか。それじゃ彼女は何処に?!」


「落ち着け。こんな状況だ。取り乱すと死ぬぞ」


 項垂れている自分の肩に触れ、NULLさんに優しい声音で諭される。


「興味深そうな話じゃないか。なぁに、時間はたっぷり在りそうだし、ゆっくりと聞かせて貰おうじゃないか。その白髪の少女とやらの事を」


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