第百四十七話 『狂気の始まり』
王都内部から立ち上る緑の狼煙。
これが襲撃開始の合図なのだ。つまり、内側から反乱が起きたのだ。
その首謀者がアリーゴ将軍。リーシュの記憶を遡っても将軍の容姿等に関する記憶はない。名前しか知らない状態だし、昔の屍魔襲撃、ニーナが地球に来るきっかけになったあの襲撃のときにこの國で討伐隊の中心となり活躍して名を上げたということぐらいしかわからない人物である。それ故に、何故クーデターを目論んだのかもわからない。現在の王に対する悪評があるのは知っているが、それだけでクーデターの引き金になり得るのだろうか?
王都の門に辿り着いたとき、すでに門は開かれており、襲撃兵たちは王都に侵入していた。内側からの反乱により簡単に門が開けられたのだろう。ぞくぞくと都に侵入していく襲撃兵に混じって自分の歩をするめた。
「おい! お前!」
そのとき、門周辺で待機している襲撃兵に声を掛けられた。厳ついプロレスラーの様な体格の持ち主であり、傷だらけの顔とスキンヘッドがよりその悪役さを演出している。
不審に思われたのだろうかと、びくびくして返事をすると、意外な言葉が返ってきた。
「お前、鎧も付けずに何してやがる! どうせ貧乏で鎧も買えずに参加したんだろう」
そう言って自分の鎧を脱いで、「ほらよ。持ってけ」と、こちらに渡してきた。
「え? でも、それじゃああんたはどうするんだ? あんたが無防備になるじゃないか?」
「ふん! そんなものに頼るほどやわじゃねえんでな。遠慮すんな」
「そっか、じゃあ有り難く……」
そんなわけないのは分かる。これはこちらへの気遣いだ。だが、ここは目的のために躊躇している場合ではないし、こんなところで押し問答する時間も惜しまれた。故に遠慮なく鎧をいただき、装着しようとしたが、そもそも体格が全然違う。彼はプロレスラーみたいな体付きだが、自分はやわとは言わないが普通サイズだ。
とりあえず鎧を付けては見たけれど、でかすぎてぶかぶかだ。
「たくっ、しゃーねーなあ」
そういって男は、鎧をこっちの身体に合うように強引に紐で縛り上げた。腕と胴が窮屈なぐらいに圧迫されている。
「見て呉れは悪いが、ねぇよりはましだろう」
彼は満足そうに不格好なこちらの姿を眺めた後、バンと背を叩いて押し出した。
「ほらよ、行ってきな。手柄立てて、いい鎧が買えるように、うんと稼ぎな」
「ありがとう! 恩に着る!」
せっかくの好意を裏切る様な事をこれからしに行く罪悪感が無いではなかったが、ふるふると頭を振ってそれを打ち払った。
押された勢いのまま王都の門を潜る。
すでに戦線はかなり先へ行っているようで、周辺はすでに敵と交戦している様子はなかった。
みんなに遅れじとばかりに、どんどん奥へ進む兵たち。
その向かっている先を見る。
そこにはでっかい城があった。他を見渡しても他にそんなでかい城はない。あれが王城に間違いなさそうだった。
目標は王城。皆、王族を処刑する為に王城へ向かっているのだ。
だが自分の目標ではない。白髪の少女はどこにいるのか? それが不明な為、王都に入ったは良いものの何処へ行けばいいか検討もつかない。そのまま王城へ行ったとも考えにくいが、王城へ連行されたとかはあるかもしれないので可能性は否定できない。
考えろ。無駄に時間を使っていては助けられるものも助けられない。
立ち止まって考えるわけにはいかない。それは不審がられる。それ故に、他の兵たち同様に王城へ向かって駆ける。結果、いい案が思いつかないまま王城近くまで来てしまった。
王城周辺では、金ピカの騎士たちとの乱戦になっているようで、襲撃兵にもかなりの死傷者が出ており、後方へ搬送されていく兵の姿が多数見られる。
このままでは自分もこの乱戦に参加することになってしまう。とっとと姿をくらますのが上策だ。
どうやらこの襲撃兵たちは寄せ集めの雑兵だ。正規に訓練された兵隊ではなく、志願兵のみで成り立っているようなそんなでたらめなものだ。戦端を離れ脇道に容易に身を隠せたのがその証拠だ。その行動を見咎めて捕縛するような役の兵も居ない。
それに対して金ピカの騎士たちは訓練されている兵だ。数で圧倒する襲撃兵たちに対して互角以上の戦いをしている。
身を隠して戦況を眺めていると、視界の端に何かがチカチカしているのを感じた。その光源の方を見ると、王城の城壁の上で何かが光っている。その光は、3回チカチカして、その後3回長く光り、そしてまた3回チカチカするのをずっと繰り替えている。
これはもしかしてモールス信号? なんでこの世界にモースル信号が? そしてSOSじゃねーか!
まさか白髪の少女があそこに居るのではないのか? あの子ならモールス信号を知っていても不思議ではない。そしてこのメッセージの宛先は自分しかありえないじゃないか!
あの城壁の上にどうやったら行けるんだ?
城壁までの間には、金ピカ騎士団と襲撃兵たちが乱闘が続く空間しかない。あそこを突破なんて無理だ。命がいくつ在っても辿り着ける筈がない。
何かないかとを辺りを見回すが、何も使えそうなものを見つける事は出来ない。
そういえばこんたんから貰ったバリア……は、さすがに無理か。もうバッテリーが無いだろう。まだ後生大事に持っていたスマホの様なバリア発生機を見る。
画面に触れるとメニュー画面が起動した。
「こいつ……動くぞ」
つい口をついて例のセリフが出てしまったが、ひと月以上経っているのにまだバッテリーが切れていないなんてどうなってるんだ。つーか、バリアよりこっちの方がすげえよこんたん! 大発明じゃあねえかあ。とはいえ、バリアの稼働時間は1回10秒。そして確かバッテリーの残量から使用回数は3回って行ってたけど、もうあれからひと月以上だから3回使えるかどうかわからない。
やるか。他に案もなし。しかし失敗したら死んじゃうかもだけど。
でもここで何もしないなら何の為にここまで来たのかわからなくなる。
やってやる。やってやるさ。やるしかないのさ。行くぞ!
どう考えても無謀だということは解り切っている。だが他に何も方法を思いつかない以上、こうするしかない。半ば自分を騙して突っ走る。あれだ、何かハイになった様な状態だ。
バリア機を握り締め、いつでも起動出来る状態にして走る。
「どけどけどけえええ!」
金ピカ騎士とぶつかる直前にバリア起動。頼むぜこんたん! お前の技術を信じてるぜ!
祈りながらぶち当たる。身体中に電気の様なものが駆け抜ける! 全身の毛が逆立つ!
衝突した衝撃を多少感じながらも、そのまま走り抜ける!
自分に触れた金ピカ騎士たちは遥か彼方へと、それぞれ飛ばされていった。
すげえよ。こいつはすげえよ。まるで某カートゲームで無敵になった状態だ。さらにハイな気分が上昇する!
だが、すぐに肌の電気っぽい刺激が減少して来た。タイムリミットだ。十秒というのは短い。短すぎる。前衛を走り抜けられたから良いものの、抜ける前に切れたらジ・エンドだった。
前衛は他の襲撃兵と交戦しているので、こちらを追いかける余裕がないのが幸いした。そのまま奥へと突き進める。
王城の中に侵入するとすぐに後詰めの騎士たちと遭遇した。そりゃそうだろうなあ。前衛だけしか居ないはずはない。前衛を突破されたときの予備兵だ。
走る速度を落とさずに、素早く二回目バリア起動を行う。
電気が再び身体を巡る感覚がする。よし、まだ起動する。
討ち取ろうと向かってくる後陣の騎士たちをそのまま弾き飛ばしながら王城の内壁に沿って走る。
だが、
どうやって上にあがるんだよ! これ。
登り口を探しながら走るが、それらしいものがない。
後衛たちは、彼らを遮る者が居ない為、当然ながら追いかけてくる。
どうする? バリアの起動は後一回。いや、バッテリ残量が減っているはずだからもう起動しないことすらある。今は追いつかれそうにないが、前から他の騎士たちが来ないとも限らないし、そのまま走り続けて行き止まりとかになったら詰むよな。
ただのほほんと過ごして来た高校生と、日々訓練を続けている騎士たちとの差は歴然だ。こちらはもう息が上がって来ている。奴らは黙々と重い鎧をもろともせずに、進んで来る。その速度は落ちる事を知らない。
もう迎え撃つしかない。そう覚悟を決めて立ち止まり、バリアを起動する。
ん?
電気の感覚が伝わって来ない。
バッテリー切れだ。
これは詰んだ。
そういえば、この國って捕虜の扱いってどうなっているのだろうか。見たところ中世っぽい世界だ。文明の在り方が現代の日本と比べると遅れている。そうであれば、原始的な扱いを受ける可能性が高そうだ。これはひょっとすると死ぬ方が幸せかも知れないすらある。ならば、ここは死ぬ気で闘う道しかないな。
ガーヤの形見の大剣を構える。自分には扱えないほど重たい剣だ。だが武器らしい武器はこれしか持っていない。追手は数十人。どう考えても自分が突破出来る未来は見えない。だが、ただでは死なない。せめて一太刀浴びせてやる。そのぐらいの土産は持って行ってもいいだろう?
「うらああああ!」
振り回したガーヤの大剣が楽々と弾かれる。
いや、解ってはいたけどさ。ただの高校生と、正規の騎士団だ。叶うはずねえよな。当たり前だ。陽が東から昇るぐらい当たり前の事だ。この國の陽が東から昇るかどうかは知らないが。そもそも東があるのかすらわからないが。
剣を飛ばされた勢いで後ろに飛ばされ、そのまま無様に転ぶ。立ち上がろうとする前に、騎士が覆いかぶさり剣を突き立ててくる。
くそぅ! ここで終わりか。セーブ地点まで戻るとかあればいいのにと思ったが、そもそも何処にもセーブしてないしな。セーブするとしたら何処であっただろうか? 何処で自分は間違ったのだろうか?
意外にも恐怖は感じ無かった。ただただ、無念。それだけだった。結局何をするわけでもなく、ぼんやりと日々を過ごして、何も成すことなく死んでいく。そんな自分の存在が虚しかった。
ザンッという剣で斬られた音が響く。
血の匂いが漂う。不思議と痛みが無かった。痛みを感じる前に即死したのかも知れない。楽に死ねるのが不幸中の幸いだった。やっぱり死ぬときは楽なのが一番だ。
「いつまで寝てんのよ。ポチ」
ポチ……懐かしい響きだな。そんな呼び方をする奴は、この世界、いやこの宇宙にたった独りしか居ない。麗美香の奴だ。あいつももう死んでいたのか。早くもあの世での再会か。死後の世界で最初に会ったのが麗美香か。なんだかんだ言って、縁があるな。
ゆっくりと眼を開けると、そこには後ろを向いて仁王立ちしている麗美香の姿があった。その背には、こんたんを背負い、その手には血が滴るガーヤの大剣を握っている。
「なんでお前がその剣を持っている?」
「走ってたらこっちに飛んで来たのよ。危うく刺さるところだったわ。あんたの仕業だったのね」
こっちを振り向く事無く、何処か憂鬱な響きがその声音には宿っていた。
麗美香の形相は此方からは見えない。それに正対している騎士たちは後退って、遠巻きに我々を取り囲んでいる。まるで麗美香に怯えているようだ。
「ポチ、一時間で帰って来なさいって言ったわよね! わたし。あんたいったい何日待たせるのよ」
努めていつも通りを演出しようとして、失敗し、声が少し上擦っている。
「えーっと、四十日と数日ぐらいですよのこ――」
「うるさい! 黙れ!」
麗美香の背中でこんたんのツインテールが震える。
そんなやり取りを眺めているうちに、少し正気が戻ってきた。
未だ地べたに転がっていた事に気付き、身体を起こそうと身を捩った。身体の上にまだ覆いかぶさっていた騎士が、滑り落ちる。しかし彼は転がった状態のまま動かなかった。
「麗美香、もしかして、お前が助けてくれたのか?」
どうやらまだ死んではいないらしい。自分を殺そうとした騎士は、麗美香の手にしたガーヤの剣によって事切れたのだ。
「ええ。成り行きよ。目の前で、その、あんたが今にも刺されそうになってたしね。間に合ってよかったわ。勝手に死ぬとか止めてよね。許さないから。今後またそんな事になったら許さないから。それに、これからは責任とってもらわないといけないしね。わたしまだ、人は殺した事、無かったのよね」
ゆっくりと重々しく呟く。そんな麗美香を見たのは初めての事だ。後ろ向き故に、その表情は計り知れない。
こんな状況だ。殺らなければ、此方が殺られる。現に今、自分は殺されるところだった。麗美香が居なければ、間違いなく今頃はあの世だったに違いない。自分も殺るつもりだった。ただ自分の場合は、力及ばすだっただけだ。相手を倒す力があれば殺していたに違いないのだ。
「責任ってなんだ? どうすればいいんだ?」
命の恩人が言う事だ。出来るだけ意に沿ってやりたい気持ちは本当だ。それでこの借りが返せるのであれば。
「わたしが、わたしのままで居られるように、今までのわたしであるように」
彼女は少し振り向いて、此方を見た。
その表情はなんとも形容し難く、その眼は恐怖やら怯えやら困惑やらあらゆる負の感情を凝縮したような漆黒の色を映していた。
「あんたが、わたしを、これまでのわたしに繋ぎ止めて」