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異世界の姫さまが空から降ってきたとき  作者: 杉乃 葵
最終章 王女ニーナ
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第百四十五話 『狼煙』

 ねえ、これってアウト? それともセーフ?


 斬ったはずの王の姿が消えた。

 手応えは充分にあった。殺したわけじゃないけど、深手は負わせた。このまま放置すれば出血死するぐらいにはしたはずだ。まだ手には剣を伝わって来た肉を斬る重たい感触が残っている。しかし王は目の前から忽然と姿を消したのだ。斬った瞬間まではその姿を視ている。剣を振り切った際、視界から一瞬離れた。するとまるで始めからそこに居なかった様に何処にも居なくなったのだ。

 テレポーテーションだろうか? この世界の人間は何やら特別な能力を持っているらしい。その事は知っていた。知っていたから仮面の男に尋ねる様に馬鹿こんに言い付けたけど、彼はだけでなく誰も王の持つ能力を知らないという。もしかしてそれを探らせる為にわたしをけしかけたのだろうか? そしてこの結果を視て、仮面の男はどう思うのだろう。王の襲撃を成功と考えるだろうか? それとも失敗?

 いずれにせよ、アイツはわたしたちを始末するのだろう。ならばこの問いは無意味だ。


 玉座の側から、階段下の仮面の男の様子を視る。

 奴は猛然と、こっちに突っ込んで来ていた。

 急ぎ、失神している馬鹿こんを担ぎ上げて、王が先程出てきた扉へ走る。

 何処に繋がっているかは知らないけど、仮面の男と騎士団の待つ階段下よりはましだ。

 扉を潜り抜け、馬鹿こんを乱暴に放擲して、扉を急ぎ閉める。


「麗美香さまぁ……、痛いですよのこと」


 床で弾んだ勢いで失神から覚めた馬鹿こんの文句を黙殺し、何か扉を塞ぐモノはないか辺を見渡す。薄暗い回廊が奥へと続いていて、その先は暗くて見えない。すぐ近くの脇の方に丁度いい具合の等身大の白い人型の像が在った。ギリシャとかローマー時代の彫像みたいな感じのやつだ。美術史に載っている様なやつだ。布を纏った半裸の青年男子が片手を挙げてポーズを極めている。それを担いで扉を塞ぐ。中々に重かったけどなんとか持てるレベルで助かった。これで少しは時間が稼げるはず。


「麗美香さま、凄い力持ちなんですねのこと」


「こんなの楽勝よ。って力持ちって言われても嬉しくないわよ! そしてちょっとは手伝いなさいよ!」


「麗美香さまぁ! なんか床が血まみれですよのこと!」


「話を聞けぇぇぇ!」


 馬鹿こんが指差す足下を視ると確かに石造りの床の上にベッタリと血溜まりが出来ていた。


「あんた怪我したの? ちょっと見せなさい」


 むずがる馬鹿こんを遠慮なく弄る。放擲した時に何処か打ち付けたのだろうかと冷汗が出る。


「わたし死んじゃうんでしょうかぁ、まだやり掛けの研究が終わってないですよのこと。死にたくないですよーのこと」


 全身を隈なく探るも、特に出血は見当たらなかったので安堵した。


「だいじょーぶよ。何処も怪我してないわ。あんたの血じゃないよ」


 そう言って彼女の頭を撫でる。そしてすぐに彼女が25歳だと思い出して、苦笑する。が、馬鹿こんはまんざらでもない様子でにっかりと微笑んだ。


 なんだこいつは。可愛いじゃないの! なんか腹立つ!


 それはともかくとして、馬鹿こんの血でないとすると考えられるのは、王の血だ。確証は無いけど、状況からそう考えるのが妥当だろう。王はわたしに斬られた後、此処へ逃げ込んだんだ。王の能力は姿を視られなくするものだ。瞬間移動の類いではないのだろう。そして奴はかなり深手を負っている。ならばそう遠くは行けない。

 そう、奴はまだ近くに居る。剣を構え直して備える。視えないけど、すぐ隣に居るかもしれないのだ。微かな音も聞き漏らしてはいけない。じっと耳を澄ます。


「麗美香さまぁー!」


「うるせーよ! 黙れ! 音が聞き取れないじゃないのよ! 奴が居るかもしれないのよ!」


「あーでもー、扉叩く音がうるさいですよのこと」


 扉をこじ開けようとしている打音が激しく響いていた。

 確かにこれでは聞き取れない。


「馬鹿こん! 乗って! ここから脱出するよ!」


 しゃがみこんで、馬鹿こんに背中に乗るように促す。王を見つけられないならば、ここは脱出するのが先決。悠長に探している場合じゃない。それに既に此方の目的は達している。王を殺すのは、わたしじゃない。今やるべきは、ここを脱出することだ。


「早く!」


 躊躇っている馬鹿こんを一喝して従わせる。彼女はおずおずとその手で肩を掴んで乗ってくる。小学生の様な見た目の馬鹿こんは、思った以上に軽かった。これなら問題無く走れそうだ。


「振り落とされないようにしっかり掴んでおくのよ! 落っこちたら放って行くからね!」


 ヒールを脱ぎ捨て、裸足で駆ける。足の裏に痛みが走る。

 でも、ゆっくりはしていられない。姿を消した王が何処かで待ち構えているかもしれないし、うかうかしていると扉を破って仮面の男や騎士たちが乱入してくるからだ。


 ああん、もう! こんなところ裸足で走ったら、足の裏の皮が厚くなっちゃうじゃない!

 

 文句を垂れ流しながら回廊に沿って走ると、その先は下りの階段になっていた。他に行く先は無さそうな一本道だ。階段を降りた先にはまた扉がある。他には何も無い。

 王が隠れている様な気配は感じられない。また、追手が迫っている感じも無い。


「諦めたんでしょうか? のこと」


「だといいけどね。でも間違いなく、奴らは先回りしてるよ。出口はここしか無いみたいだしね」


 この扉の先には、敵が手ぐすね引いて待っているに違いない。


「えーっと、麗美香さまぁ? NULLさんはどうしたのですかのこと。何で一緒に来ないですかのこと」


「あー? あいつはあいつで何かやるみたいよ。束になって死ぬ事はないってね。わたしを囮にして逃げるつもりかもね。一応、外で騒ぎを起こす予定だけどね」


「騒ぎって何ですかのこと?」


「知らないわよ、そんな事」


 扉との距離を取って深く息を吸う。

 焼け石に水かも知れないけど、出来る限りの抵抗はする主義だからね。


「馬鹿こん、行くよ!」


 どーんっとでかくて重い扉を蹴りで吹っ飛ばす。

 そして扉が吹っ飛んで行った先に向かって突っ込む。こっちに向かって来ていた騎士たちが扉と一緒に吹っ飛んで行くのが見える。予想通りに金ピカの騎士たちが包囲しようと陣立ての最中だった。出口を取り囲む様に布陣しかけの所に、扉と一緒に突っ込む。

 このまま包囲を抜けられればと思ったけど、そう甘くはないわね。すぐに体勢を立て直して進路を塞いできた。

 正面から向かって来た騎士を蹴り一発で吹っ飛ばす。後ろに居た騎士たちが巻き込まれて吹っ飛ぶ。左右からの攻撃を剣を振り回して防ぐ。ハルバードならこいつらも吹っ飛んだのに。剣は軽過ぎる。


「ねぇ、馬鹿こん。こんな事もあろうかと用意している秘密兵器とかないの?」


「なんですかその宇宙戦艦の技師長みたいな事できませんよのこと。あれ? 工作班長でしたっけのこと?」


「知らないわよそんなこと。役に立たないわね。煙幕とか持ってないの?」


「そんな忍者みたいなもの持ってませんよのこと」


 騎士たちはジリジリと間合いを詰めて包囲し始めた。無理に突っ込んでも到底抜けられないぐらい何重にも包囲の陣が敷かれている。それに念動力もさっき使ったのでほぼ空だし。これ以上使うとやばいのよねぇ。


「ねぇさっきあんた何かやり掛けの研究があるって言ってたわよね。何の研究してんのよ?」


「唐突になんですかのこと。それは企業秘密ですよのこと」


 背中にしがみついて震えている馬鹿こんがそんな事を言う。


「企業秘密って、どうせわたしのお金で研究するんでしょ? 教えなさいよ」


「駄目ですよーのこと。こればっかりは完成するまでは秘密ですよのこと。お祖父様にも秘密でしたのよのこと」


「あのくそジジイがそれを承認したの? 信じられないわ」


「もちろん無理言ってご承認頂きましたよのこと。散々口論いたしましたですよのこと。あの爺様もほんとに頑固で困ったもんですよのこと」


「追い出されるとか、殺されるとか考えなかったの?」


「追い出されても研究はできますし、殺されそうになったら研究室を屋敷ごと吹っ飛ばしてやりますよのこと」


「あんた……見かけによらず凄いのね」


 あのくそジジイに口答えして自分を押し通すとか。そんな奴、今まで見た事ない。わたしですら躊躇していたのに。


「じゃあ、どうしても帰らないとね」


「はいですよ、のこと」


 馬鹿こん、いや、こんは自分の研究に関しては譲らない。命を掛けれる。そんな強さがあるんだわ。やるじゃない。ほんの少しだけ見直したわ。無事に帰ったら存分に扱き使ってやるんだから。


「こん、しっかり捕まって。一気に抜けるよ!」


「はいですよのこと!」


 こんの震えは止まっていた。こいつは研究の事考えると人が変わるのね。嫌いじゃないわ。絶対二人で此処を抜け出してやる。


 地を蹴り、どんっと勢いを付けて真正面の騎士に突撃をかける。剣を交えた刹那、全身の気を丹田に集めて瞬時に前方の騎士たちに向け開放する。金ピカの鎧を撒き散らしながら、真っ直ぐに道が開ける。その道に猛然とダッシュする。このまま走り抜けられれば包囲を脱する事が出来る。

 キリッと痛みが身体を貫く。この感覚は前にも経験がある。これは念動力の使い過ぎで起こる現象だ。念動力は心臓への負担が半端ないのだ。流石に限界かも。生命維持に使う分の力を惜しげなくフル出力なんてするもんじゃないわね。

 心臓の激痛を無視して走り続ける。構わず全力疾走して包囲を脱する。しかしこのままいつまでも走れるわけじゃない。心臓が破裂し掛かっている。既に速度が落ちている気がする。いずれ追いつかれるだろう。そうなればもう闘える自信ないわ。

 わたし最近こんな事ばっかり。早死にしそうだわ。美人薄命っていうからね。

 

「こん! 奴ら追い掛けて来てる?」


「なんか狼煙が上がってますよのこと」


「狼煙なんてどうでもいいのよ! 追いつかれそうかどうか聞いてんの! って狼煙?!」


 走りながらちらりと後ろを覗き見ると緑色の煙が天に向かって立ち昇っていた。

 何の合図だろう? ヌル公の仕業? それとも仮面の男? 或いはわたしたちを捕らえるために王都全体に指名手配とかだろうか?

 そういえば仮面の男は何処に行ったのか? さっきから姿が無い。


 そのとき、王都の外壁の向こう側から閧の声が上がった。

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