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異世界の姫さまが空から降ってきたとき  作者: 杉乃 葵
最終章 王女ニーナ
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第百四十四話 『ウォルッターヤーガ』

 無駄に馬鹿でかい木製の両開きの扉が目の前にそびえ立っている。鉄の枠で細部を補強されたそれは、高さ五メートル位あるだろうか? こんなに高くする必要が在る程でかい物が出入りする場所とは思えない。何故ならこの扉の向こうは王と謁見する場所だからだ。ならばこれは単に訪問者の威圧を目的としているに違いない。実に滑稽だ。こんな事でわたしは怯んだりはしない。むしろこれは中に居る者の怯えを感じさせる。自分が弱い故に相手を威圧して身を護ろうとしているのだ。


「金太郎、いよいよだぞ。何か言い遺す事は無いか?」


「まるでわたしが死ぬみたいに言うな! ここは励ます場面でしょ!」


「はっはっはー、その調子だぞ、金太郎。ヴァルハラに着いたら皆で打ち上げだな」


「それ死んでるじゃん!」


 このヌル公に掌で踊らされてる感じがどうにも癪に障る。こいつなりにわたしの緊張を解こうとしてるのは解っているけど。確かにそうね。ここは、わたしがしっかりしないと……

 いや、違う! こいつの場合、励ますのにかこつけてわたしをからかって遊んでいるんだわ! ほんっっっと! 腹立つ!


「開くぞ」


 ヌル公の言葉と時を同じくして、目の前の大扉がギギギと開いた。でかくて重い分、非常にゆっくりと動いている。こんだけゆっくりだといろいろと考える時間が出来てしまって返って緊張する。まあでも開き始めた以上、腹括らないと。

 大きく深呼吸をして扉の向こうを見据える。あのとき耳元でヌル公は言った。これから目にするモノ全てに眼を光らせろ。その中で使えるモノは全て使えと。ええ、ちゃんと視るわよ。今から行う行動一つ一つが、此処から生きて出られるかどうかを決定するんだから。


 眼前に広がるのは赤い絨毯で出来た道。それが遥か先まで延びて階段を登り王座まで続いている。階段は無駄に高く、百段近く在るだろうか? 登るのに苦労しそう。そしてその頂上にある玉座には誰も座っていない。座る予定の人物は、わたしが入ってから出てくるつもりね。何処までも用心深いというわけね。


 赤い絨毯の上を仮面の男の先導で進む。両サイドに護衛の騎士が金ピカの鎧をまとい、帯剣して整列している。

 わたしたちが何か不審な動きをしたら一斉に襲って来るんだろうね。ざっと百人位は居そうだ。ハルバードさえ持っていればなんてこと無い数なんだけど、素手だとちょっと厳しい。入室前にボディーチェックされて武器になるようなものは何一つ身に着けていないし。それは先導する仮面の男も同様。此処には護衛以外は武器の持ち込みは許可されていないらしい。それはすなわち、この男の援護は望めないと言う事だ。まあ、そもそも援護するつもりも無さそうだけど。


 飛び道具らしきモノは無し。弓や槍は見当たらない。よし、これなら何とかなるかも知れない。剣だけを注意すればいい。少しは勝機があるかしら。


 階段の手前十メートル辺りで仮面の男が立ち止まり、此処で待つ様に手で合図した。そして彼は脇へ下がった。


 馬鹿こんが緊張して、うわうわ言って黒髪ツインテールをぶらぶらさせている。


「馬鹿こん! みっともない! シャキッとしなさい! あんたは今、王女付きの通訳なのよ!」


 一喝すると、「ひっ!」っと短い悲鳴を上げて、気をつけの姿勢になった。

 はぁ。まあ、いいわ。ビクついているよりはましね。とりあえず多くは望まないわ。通訳さえちゃんとしてくれれば。


「ヌル公、あんたはあんたで余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)ね。ふてぶてしいわ」


「ふふふ。お褒めに預かり光栄だな」


 褒めてねえし。

 しかしまあ、ヌル公のやつ、まるで動じてない。慣れた感じで抜け目なく辺りの様子を伺っている。馬鹿こんとは違って頼りになる。頼りにはなるが、信用は出来ない。こいつは此処を抜け出す為にだけ協力しているに過ぎない。まあ、それはわたしも同じだけど。


 突然、耳障りな金属音が鳴り響き、思考を中断させる。どうやら王の登場の合図らしい。ラッパみたいなものを鳴らしたのね。それにしてもひどい音だ。

 しばらく鳴り響いた音が静まる頃、階段の上の脇の方から王らしき人物が歩いて来た。それに合わせて絨毯の両脇に整列していた騎士たちが一斉にひざまづいた。きっちり訓練されているのがよくわかる。一糸乱れぬ動きだった。きっとこの騎士たちは精強なんだろうと思う。これだけ統制が取れているのだ。わたしが欲しいぐらいだわ。

 仮面の男も同様に跪き、我々にもそうする様に促してきた。

 王は玉座へ向かう途中、横目でこちらを視ている。こちらの様子を伺っている。ならば、わたしは精一杯の営業用のスマイルで微笑み掛けてあげるわ。慣れたものよ。クソジジイのせいでいろいろと社交界には顔出してるしね。朝飯前よ。

 ヌル公と馬鹿こんに目配せをして一緒に跪く。ゆっくりと優雅に。


 王が玉座に座ると、両脇から護衛の騎士が現れてサイドを固めた。また、もう一人、執事のような男が側に立っている。その男に王が何かを呟いた。

 正確には王の声は聴こえない。玉座の隣に立っている男が王の言葉を受けて大声を張り上げる。それでもここ迄はちゃんと聴こえないから、それを階段下に居る奴が受けて声を張り上げている。伝言ゲームみたいだ。途中で間違えたりしてないよね?


「ちょっと、馬鹿こん、通訳しなさいよ。王さんが何か言ってるじゃないの」


「あっ、はいぃ、すみませんのこと。えっとー、余がこの國を治めているウォルッターヤーガである。よく無事で辿り着かれた。長旅の疲れをゆっくりと癒やされよ」


 ふーん。まあ普通の挨拶ね。じゃあこっちも普通に


「地球国の……」


 いや、ここは慎重にいくべきね。念には念を入れて。


「地球国の第三皇女、レミカで御座います」


 「第三皇女」ってワードを問い質したがっている馬鹿こんを制して、そのまま通訳する事を促す。

 ヌル公は訳知り顔でニヤリと笑っている。なんかムカつく。


 しばらくこんな感じでつまらない退屈な社交辞令的なやり取りが続いた。


 ただ、このままでは挨拶だけで謁見が終わりそうだ。このまま何事も無く終了したら、仮面の男にわたしたちは始末されちゃうのかしら。

 彼をチラ見しても、その表情からは何も伺えない。そもそも仮面被ってるしね。

 ならば、こちらから動くしかないか……。


 こいつらの気を逸らした瞬間に、ここから一飛ひとっとびで階段の中段、次のジャンプで玉座まで行けるかギリギリのラインね。かなりの掛けだわ。でもやるしか無いのよね。頑張れ! わたし!


「ヌル公、行くわよ。そっちは任せたわよ」


「ああ、任せておけ。期待しているぞ。合流は期待するな。此処からは別行動だ。縁が在ったらまた会おう」


 わたしが成功することが大前提だが、その後の脱出は、ヌル公次第。まあ、あいつなら上手くやるだろう。そういう部分の信頼性はあるからね。後はわたし次第か。 


「馬鹿こん、王に伝えて。王様、我が国からの心ばかりの贈り物でございますって」


「えっと? 贈り物ってなんですかのこと」


「いいから言われた通りに言いなさいよ!」


 はてな顔の馬鹿こんが困惑しながら階段下の男に向かって伝える。それが伝言されて王に伝わる。

 その瞬間を見計らって……


「馬鹿こん。あんたには恨みは無いけど、ごめんね。先に謝っておくわ」


「ほぇ? 何の事ですかのこと?」


 馬鹿こんには応えず、彼女の身体を念で包み込みガードした状態で宙高くに持ち上げる。ジタバタ暴れる彼女の悲鳴が響き渡る。石造りの広場に反響していた。

 護衛の騎士や、王の視線が、突然の動きに目が奪われ、叫び声に気を惹かれ、どんどん上昇する馬鹿こんを注視する。

 そして馬鹿こんをそのまま王に向けて上空から叩きつける。

 玉座の両サイドに離れて立っていた騎士が剣を抜き、落ちてくる馬鹿こんに斬りかかろうとしている。


 いちっ! 


 右足で絨毯を蹴り上げ、階段の中段へ飛ぶ。


 にっ!


 左脚で着地して、飛び上がる。

 が、上手く踏ん張れない。躓きそうになる。

 あ、馬鹿だ、わたし。ヒール履いてるじゃん!


 ヒールのせいで着地の衝撃を上手く吸収出来なかった。その為、二歩では玉座まで辿り着けず、失速して階段の途中に降り、三歩目のジャンプをする。このタイムロスは痛い。このタイミングで馬鹿こんと騎士たちが衝突して三人が絡まって倒れた。


 三歩目のジャンプで王に飛びかかる途中で、王が此方に気付く。彼は腰の剣を抜き放ち斬りかかろうとしてきた。

 馬鹿こんに掛けていた念を外して、自分の身にまとって防御する。馬鹿こんが無防備になけど、一瞬で勝負決めるから無事でいてね。お願い。ここで死なれたら後味悪いし。なんかわたしのせいになるじゃない!

 すんでの所で念のガードが間に合って、王の剣を弾き返す。

 そのまま着地して、馬鹿こんと一緒に倒れている騎士たちが落とした剣を念で引き寄せる。

 引き寄せた剣を掴み、そのまま横に身体を一回転させて薙ぎ払う。


 ざくっと斬る手応えが在った。しかし致命傷にはなっていない感じ。肉しか斬ってない。骨までは達していない。でもそれでいい。目的は王の殺害ではないのだ。ヌル公の献策は、肉を斬って骨を断たない。つまりは、王を生かさず殺さず。仮面の男の判断を躊躇させる作戦だ。


 作戦の第一段階は成功ね。後はヌル公の……


 え? どういう事?


 一体何が起きたのかしばらく理解出来なかった。

 周りを見渡し、天井も仰いでみたけど。


 どこにも王の姿が無かった。


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