第百四十三話 『八方塞がり』
「まごにも衣装だな。金太郎」
王様に謁見する為、用意してもらった真っ白い豪華なドレスを着付けしてもらったところだった。流石に王様に会うのにボロボロになった制服じゃまずいってことで、服がないと言ったら仮面の男がこんなウエディングドレスかっていうようなものを持って来たってわけなんだけど。
「誰があんたの孫よ!」
嫌らしくニヤニヤ笑ってわたしを眺めているヌル公。こいつの人を小馬鹿にした笑い方、ほんと腹立つ。
「あの〜麗美香様、まごというのは、孫じゃなくて馬の子と書いて馬を引く人の事ですよの事」
「解ってるわよ! そんな事! このバカこん!」
いちいちつまらないツッコミを入れるバカこん! ほんとにもう早く元の世界に帰りたいわ。それにポチは何処行ったのよ! こーいうときの為のストレス発散に必要なのに! 怒りをぶつける場所がないじゃないの!
「それにしてもこのドレス、ぶかぶか過ぎない? もっとシュッとしたやつ無いのかしら?」
「むしろよく在ったというところだな。お前のようなちんちくりんな体型によく馴染んでる」
「ちんちくりん!?」
「えーっと、ちんちくりんというのは、背が低い事や短い衣装なんかを――」
「うるさい! 黙れ! バカこん!」
ほんとこいつらとは相性最悪だわ。何かに付けてからかってくるヌル公に、ボケたツッコミを入れるバカこん。調子が狂いまくりよ!
「まあ、この世界の奴らは何かしら特殊な能力を持ってるみたいだからな。衣装を早く創る能力というのが在るのかも知れんな」
「なにその地味な特殊能力」
「当てずっぽうだが、その位お前にピッタリしていると言う事だ。ぶかぶかなのは、お前のその筋肉を隠す為だろうな。ただの太っている女に視える方が相手も油断するだろう」
「太っている!?」
「えーっと、太っているというのは――」
「黙れ!」
一喝するとバカこんは悲鳴をあげて小動物の様に逃げ、ヌル公の後ろに隠れた。ヌル公も背が低いから全然隠れてない。黒髪ツインテールをブルブル震わせながら、こっちの様子を窺っている。
相手をするのも億劫だし無視だ、無視。
「ねえヌル公、あんたどう思う?」
バカこんには眼を合わさずに訊く。
「どうとはまたざっくりした聞き方だなあ。あれか? 王を色仕掛けで落とすのはお前じゃ無理だと思うぞ」
「そんな事聞いてんじゃないわよ! あんた、解って言ってるでしょ! 王との謁見よ! 謁見! 上手くいくと思う?」
「なんだ、随分と弱気じゃないか。心配するな。間違いなく失敗するさ」
「はぁ? 今なんて?」
「間違いなく失敗すると言ったんだ。」
聴き間違いじゃ無かった。こいつ、きっぱりはっきり言いやがった!そしてなんでどや顔なの!
「なに呆けた面してる。よく考えて見れば解るじゃないか。一國の王に謁見するんだぞ。警備も厳重だろう。そんな中にお前は丸腰で何が出来るというのだ?」
「じゃあなんであいつは、仮面の男はわたしにそんな事させんのよ? 意味解かんないじゃない! わたし犬死じゃん」
「簡単な話さ。失敗も折り込み済みなんだよ。失敗した時は、あいつ等が我々を王襲撃犯として始末するだろうよ。ましてや成功してみろ。それこそ終わりさ」
「はぁ? なんで成功したらダメみたいにいうのよ? 成功したら何も問題無いじゃない?」
「本気で言ってるのか? まったく。あの爺さんの孫とは思えんな」
「あ、今のまごは普通に孫で――」
「うっせーーーー!!」
バカこんのせいて緊張感が台無しじゃないのよ! それに、
「クソジジィと一緒にすんなっ!」
ここしばらくいろいろあったから、クソジジィの事、すっかり忘れてたのに。思い出したらムカムカしてきたわ! あんなクソジジィと同類扱いされるなんて絶対に許さない!
わたしは違う! あんなクソジジィみたいに強欲でもないし、人でなしじゃない!
「やっとまともな顔色になったじゃないか。よしよしいい子だ。さっき迄は死にそうな顔だったぞ。まったくしっかりして欲しいものだ」
クソジジィの事を言われてついカッとなっちゃったけど、そのお陰で確かに力が漲って来た気がする。身体もポカポカしてきたわ。
「あんたもしかして、まさかだけども、わたしの事、心配してた?」
「あっはっは! 何を言うかと思ったら。そんな事、当たり前じゃないか」
爽やかな笑顔が向けられる。ヌル公がこんな爽やかな顔するなんて、初めて視るわ。もしかしてこいつ、実はいい奴なんじゃないの? ものの言い方がうざいだけで本当は優しい――
「お前無しでは此処から出られんからな。それまでは盾として存分に働いてもらうつもりだからな」
よろしく! と爽やかに親指を立てられる。
前言撤回だわ。やっぱこいつ嫌い。
「冗談はこの位にして、話を戻すとだな、我々が王の抹殺に成功した暁には、仮面の男に仇討ちにされて終わりだ。仮面の男は王の仇を討った英雄となり、我々は奴の人気取りの為の養分として使い捨てられるのだよ」
なるほど、秀吉みたいな感じか。うーん、でも、なら。
「普通に謁見して終わったらいいんじゃないの? それなら」
「仮面の男がどう思うかだな。王の暗殺を企てている事を我々は知っているのだぞ。とても無事で済むとは思えんがな。適当な理由を付けて口封じされるのがオチだな」
「じゃあどーすんのよ? 詰んでるじゃない!」
「まったくだ」
「なんか策は無いの?」
「そうだなあ、一つだけあるにはある。ちょっと耳を貸せ」
ヌル公の顔に耳を近付ける。そして寄ってくるバカこんをシッシッと追い払う。バカこんは、うぅ〜と涙目になりながら渋々とツインテールを揺らしながら後退りした。バカこんは信頼出来ないからね。作戦とか漏らしそうだし、また余計な事しそうだし。
ヌル公も同じ様に思っていたのか、バカこんが遠ざかったのを確認してからボソボソと耳打ちを始めた。
「ほんとにそんな事で上手くいくの?」
ヌル公が言った策には不確定な要素が多過ぎた。タラレバだ。まあ、要するに出たとこ勝負的な。
「我々が持っている情報はあまりに少ない。そして時間も無いのだ。その位が出来る事の限界だよ。後は現場での状況判断だ。全てはお前に掛かっている。上手くいくかどうかは神のみぞ知るさ」
「失敗したら終わりなんでしょ? そんないい加減な方法で上手く行かなかったら……」
「その時は、みんな揃って心中だな」
表情一つ変えずにさらりと言う。こいつは死ぬ事を恐れてないのだろうか? それとも上手くいくと確信しているのだろうか?
「あーっもういいわ! わかったわよ! やってやるわよ! 本気出してやるわよ! 上手くいったら貸しだからね!」
いろいろ考えたら気分悪くなってきたわ。もういい! 最後だと思って暴れてやるわよ! どうせわたしは頭悪いから考えるだけ無駄よ!
「ああ、わかったよ。上手くいったときは、ちゃんと借りを返してやるさ」
そう言ったヌル公は、初めて見る真剣な顔をしていた。