第百四十二話『決意』
王都から少し離れた丘の上に丁度いい具合の洞窟がある。リーシュの記憶の中にあった幼い頃の遊び場だ。
今、その洞窟で王女様と一緒に居る。王都に入る為の算段をつける為、ここに留まっている。
だがしかし、王女様はまだ父親の死のショックから覚めない様子で、何処を視ているのかわからない目でぼーっとしたままでいる。普段なら、何がしたいのかあちこち落ち着き無く動き回りはしゃぎ回っているのだが。今の様子では相談も何も出来そうになかった。
もうじき夜が訪れる。そうなるともう寝るしかない。灯りになるような物は何一つ持ってない。そして、そもそもに今は何もする事は無いのだ。どうやって王都に入るか? もしくは入る事を王女様に諦めさせるか? その何れかの選択に迫られているのだ。王都に関する情報が無さ過ぎる。リーシュの記憶にも無い。彼は王都に行く事もほとんど無かったのだろう。
王女様自身から聞き出したいが、今はそっとしておいた方が良さそうだ。此方からの呼び掛けに反応はするものの、自動的というか、反射的というか、実際は何も耳に入っていない感じなのだ。
「取り敢えず今日はもう寝ようぜ。これからの事は明日考えような」
それだけ言ってその場に寝っ転がる。王女様は聞こえているが、耳に入っているのかどうか怪しかった。う、っていう感じで頷いた様にも視えるが実際のところは反射的に反応しているだけだろう。
それにしても土の上でのごろ寝もすっかり慣れたものだ。最初は地上を這う虫が顔を這ったりしないか気になったり、硬い地面に身体が痛くなって辛かったのだが、今はそうでもない。人は環境に順応していくんだな。凄い事だ。この世界に居る事も当初と比べれば苦では無くなった。もちろん帰りたいという気持ちは在るけれど。
このまま王都に向かっては、門で捕らえられて殺されるのが落ちだ。とはいえ、何処か他に侵入経路とか在るとは思えない。その辺は王女様に明日確認だな。自分が今ここで考えても答えが出るはずがない事柄だ。そして仮に上手く侵入出来たとしてどうするんだろう? 王女様は当初、帰ってみんなを助けるというような事を言っていた様な気がする。その時はこの白髪の少女が王女様だとは思っていなかったので深く考えていなかったが、王女様が王都に帰ってみんなを助けるとはどういう意味なのか? 彼女の記憶から推測すれば、自分を毒殺しようとした兄、少なくとも王女様は兄が毒殺しようとしたと考えているはずだ。真偽の程は解らないが。そして当時から評判が良くなかった兄。つまりは、助けるとは、自分側に付いている人たちの安否が気になっていたという事か? そして兄が王になった今、その安否はほぼ絶望的なんじゃないかな? あくまでも推測だけど、兄が暗殺しようとまでしたとすれば、王女様派の人間を野放しにするとは考えにくい。
横になっていろいろ考えていたら、いつのまにかすぅっと意識が遠くなった。疲れていたせいだろう。
そして夢現の中で、王女様が洞窟の外に出たり入ったり、地面で何かゴソゴソしている感覚が朧気に記憶の中に在る。
何してんだこいつ。
そう思いながらも身体を起こす事が億劫で、再び微睡みの中に沈んで行く。
遠くでイノシシモドキの嘶きが聴こえる。
王女様が遊んでいるんだろうか? こんな時間に?
時間を確認にしょうと洞窟の入り口に目を向けると、光が差していた。
もう朝になっていたのか。
そろそろ起きるか。
そう思ってからどのぐらい時間が経ったか解らないが、何度寝かした後、ようやく起きる決心が付く。まったく朝が弱いのは中々治らない様だ。
まだ疲れが取れていない重い体を起こす。血が下がっていくのを味わいながら、しばらくその状態をキープ。
パラパラと身体から木の葉が舞い落ちる。
なんだこれ?
落ちた木の葉は何十枚もあった。
王女様が、寝てる自分に布団を掛ける代わりに、木の葉を集めて掛けたのか?
しかし、ただの木の葉だ。布団の代わりには程遠いぞ。夜中に出入りしてたのは木の葉を集めに行っていたのか?
気持ちは有り難いが、効果があるとは思えないのが残念なところだ。でもまあ、気持ちだけは受け取って置くことにしよう。
まずはこれからどうするかを王女様と相談しないとならない。立ち上がり、洞窟の出口へと向かう。
視界を髪に引っかかった葉っぱが邪魔する。
全部落ちてなかったようだ。
手で葉っぱを取って捨てたとき、葉っぱに違和感があった。
葉っぱに模様が描かれている様に感じたのだ。
たった今捨てた葉っぱを拾い上げる。
葉っぱを人為的に石で削ってある。
(アリガトウ)
カタカナでそう削られていた。
布団代わりじゃない。これはメッセージだ。
慌てて引き返し、地面に落ちた葉っぱを一つ一つ拾い上げて確認する。
(カンシャ)
(ダイジョウブ)
(タノシカッタ)
葉っぱ一枚一枚に、それぞれ文字が書かれている。これは王女様から自分へのメッセージだ。本が無くなったので、葉っぱを拾ってきて石で削って書いたんだ。一枚一枚にそれぞれ短いながらもこれまでの思いが綴られている。あの子はこんな事を考えていたんだと初めて知る。
(ウレシカッタ)
(アタタカッタ)
(ガンバレタ)
そして、彼女の決意を知る。
(アトハヒトリデヤル)
はっとして、耳を澄ます。先程まで聞こえていたイノシシモドキの嘶きがいつの間にか聞こえなくなっている。
不安を感じて、走って洞窟を出る。
陽の眩しさに目が眩む。
くそっ! あいつ独りで王都に行くつもりか。
王都に戻ればどうなるか解ってるのか! いや、解っているからこそ独りで行こうというのか!
なんてこった!
目が慣れて来てから辺りを見渡すが、王女様とイノシシモドキの姿はもう何処にも無かった。




