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異世界の姫さまが空から降ってきたとき  作者: 杉乃 葵
最終章 王女ニーナ
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第百四十話『希薄で定まらぬ存在』

 目の前にいる人。リーシュが帰りたかった場所。そこに自分は今、立っている。金髪ロングの美しい女性。歳は自分より少し上ぐらい。白髪の少女、もとい、王女様に我儘を行って寄り道してもらったのだ。


 あの時、イノシシモドキが生きていたのは幸いだった。自分たちを襲ったそれは坂を落下し、川辺で伸びていたのだ。

 手懐けるのは簡単だった。リーシュの記憶の中にそいつの扱い方が在ったのだ。彼は入隊時に訓練を受けていた。

 イノシシモドキも、元々部隊で使われていたので野生化したといっても完全に人と敵対する状態ではなかったのが幸いした。

 食料も十分に回収出来た。たくさんの姿の無い遺体に哀悼の意を示しながら、非常食を有り難く頂戴した。イノシシモドキという移動手段を得た事で、王都へ向かうのに苦労は無かった。最初の三日間とはいったい何だったのだろうかと思う程、あっさりと王都近くの村まで辿り着いた。とはいえ、二十日ぐらいは経っただろうか。徒歩で行こうとした事が如何に無謀であったかを思い知らされた。あのままだったら絶対途中で死んでるよ!


 もう間もなく王都に着く辺りで、王女様に一つお願いをした。

 それは、アーシャに会いに行く事だ。

 いや、実際会ってどうなるものでもないが、それでも自分の中にあるリーシュの記憶が会わずにはいられなくするのだ。今は完全に自分は山根耕一だと認識しているし、疑ってもいない。ただ、これは言うなれば、そう、彼はもう自分の一部になってしまったのだ。

 もちろん、アーシャに会って事情を話すとかは考えていない。ただ、記憶の中のリーシュにアーシャと再会させてやりたいのだ。そしてそれは思いやりというものではなく、自分の中のリーシュがそうしたいという事なのだ。


 突然の自分たちの訪問を受けてアーシャは大変驚いた。

 それは白髪の少女を視てすぐに、彼女が王女ルージェーンであると解ったからだ。リーシュの記憶からも解るが、この王女様は余程この國の民に知られていて、かつ、愛されている様だ。

 アーシャは王女様のボロ雑巾の様な姿を視て更に驚き、代わりになる服を探した。もとよりサイズが合う訳はなく、着替えた結果はぶかぶかになっていたが、この王女様はいたくご機嫌の様だ。サイズを合わせるため縫い直すという彼女に、このままでいいといった態度を示し、ドレスの袖を捲り、胴巻きでたくし上げてスカートの丈を無理やり合わせた。その姿は滑稽で酷い格好であったが、この王女様だとそれが愛らしく視える不思議。

 訪問の理由としてでっち上げた話は、王女様は今回の遠征軍に参加していたが、屍魔の襲撃により本隊から離れてしまったので単騎で帰還している途中、休憩に寄ったというものだ。いろいろと突っ込みどころ満載てはあるが、この中世ヨーロッパの様な世界の片田舎だ。そうそう詳細な情報などは飛び回ってないはず。伝聞、衆分の類しかないだろう。それならば、何とか乗り切れるかも。


 話を聞いたアーシャは、特に何も言わず、急ぎ食事の用意をし始めた。今の自分たちを視て、何よりもまずは食事だと思ったのだろう。着ている物はボロボロになって汚れているし、見た目にかなりやつれているのだろう。自分の姿を確認してはいないが、充分に想像がつく。王女様には服出したけど、此方には無いのよね。リーシュの服はある筈なんだけどね。


 いずれにしても此処一ヶ月近く、まともな物を食べていない。ずっと非常食の乾物ばかりだったからな。ここは素直に感謝だ。

 アーシャ独りしか居ないので、食事の支度を手伝おうと申し出たが、きっぱりと断られた。王女様をお独りに為さってはなりません。そう言われれば、引き下がる訳には行かなかった。まあこの王女様なら自ら手伝いそうだけどな。そうなったら大変だ。アーシャが恐縮のあまり卒倒してしまうだろう。したがって大人しく待つ事となった。

 所在なく部屋を見渡すと、懐かしさのあまり目が潤んで来た。もちろん、懐かしんでいるのは自分じゃない。リーシュなのだが。なんの変哲もない、何処にでもある様な普通の民家。自分としては新鮮なものではある。この世界で民家に入ったのは初めてだ。ただリーシュの記憶が被さるので既に知っていた様な感覚になってしまう。なんとも不思議な気分だ。

 ところで王女様はというと、だぶたぶの服直しては崩し、直しては崩していた。なかなか上手く出来ないらしい。時間潰しにはちょうどいい。変に暇を持て余して余計な事をいろいろとされるよりは、こうしてひたすら服を弄っていてくれた方が楽だ。


 「大した物は有りませんので、大変恐縮です」


 疲れがピークに達したか、うつらうつらし始めた頃合いで、アーシャが食事を運んで来た。

 この家庭の事情はよく知っている。その中でも一番の物を出して来たのが解る。特別なお祝い事があった時ぐらいしか出て来ない食材だ。この國で好んで食されるワンギャンと呼ばれる動物の肉だ。まあ牛肉見たいなもんだな。全く無茶しやがって。

 それでも王族にとってはしょぼい物であろう事は予想出来た。


 食卓に並べられた料理はアーシャが腕によりを掛けた物だった。今までリーシュが見てきた彼女の料理の中でもトップクラスだ。なにも王女様だからってこんなに歓待しなくてもと思う程だ。


 とてつもなくいい匂いに辛抱堪らなくなるが、ここは王女様の従者と見られている以上、浅ましい態度は取れない。威厳を保って堂堂と食すべき。むしゃぶり付きたい気持ちを抑えて姿勢を正して礼を述べようとしたら、隣の王女様が料理を貪り食い始めやがった!


「こら! お前が威厳無くてどうするよ!」


 立ち上がって王女様を食卓から引き剥がそうとするも、テーブルをしっかり掴んで離しやがらねえ。そればかりか引っ張ってる此方に向かって蹴りを入れてくる始末。一体何処の子よ! 親の顔が見たいわ! ってこいつの親は王様かよ! 会いたくねえよ! こええよ!


「ぷはははは」

 

 楽しげな笑い声が部屋に響く。

 アーシャが腹を抱えて笑い転げている。

 ああ、こんなアーシャが見れるとは。帰って来て良かった。うん。


「あっ! 失礼致しました……どっ、どうかご容赦を」


 我に返ったアーシャは顔を真っ赤にして慌てて謝罪をする。

 それに対して王女様はポカンとした表情で此方を視た。


「こっち視んな」


 はぁ。しょうがねえな。王女様は喋れないからなあ。代弁しろって事ね。


「あー、あのう、気にしなくてもいいですよ。王女様は、何というか、こういう子なんで。むしろ、こちらが、特に王女様が失礼しました」


 ポスンっと脚に蹴りが入る。自分のせいじゃ無いとでも言いたげに。


「ほんとにお前は足癖が悪いな!」


 掴んで折檻してやろうとしたが、それを察した彼女はスルリと此方の腕をすり抜け、テーブルの反対側で舌を出して挑発してきた。

 

「どうぞお席にお付きください。料理が冷めてしまいます」


 見兼ねたのであろうアーシャにそう諭されて、二人して大人しく席に付いた。

 今度は王女様も姿勢を正して待っている。最初からそうしていれば騒ぎにならなかったのにな。


「どうぞお召し上がりください」


 笑いを堪えながらアーシャが食事を促した。

 それほどに王女様の態度が可笑しかったのだろう。目の前で大笑いしないように方を震わせながら必死に堪えている。


 懐かしい初めての料理を食べる。不思議な感覚。自分としては初めての、リーシュの記憶の中にある懐かしい味。食べる毎に幸せに包まれる。それはきっとリーシュの気持ちなんだと思う。世界には、こんな幸せな気持ちが存在するのだと初めて実感した。料理が美味しかったからではないし、碌なものを食べてなかったからでもない。これは愛するアーシャに再び会い、その手料を食べられたという感慨に他ならない。それほどに、自分はリーシュと不可分になっているのだろう。今も時折、自分がリーシュだと勘違いする瞬間がある。それは嫌な感じではなかったが、同時にそれは自分の存在の希薄差が浮き彫りになって見えてしまう。リーシュではない自分。果たしてそれはどのような者だったろうか。


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