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異世界の姫さまが空から降ってきたとき  作者: 杉乃 葵
最終章 王女ニーナ
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第百三十五話 『叫び』

 歩き続けて三日三晩で後悔した。

 自分の馬鹿さ加減に腹が立つ。

 空腹なので尚更だ。


 白髪の少女と共に勢いよく旅立ったのは良かったが、三日で食料難に陥ったのだ。持っていたカンパンは既に食べ尽くしてしまった。水も残り少ない。三日間歩き続けて民家の一つも無い。ただ山、山、山だ。ひたすら山道しか無い。目的地は予想を遥かに越えて遠い様だった。3日ぐらい有れば到着するんじゃないかと思っていたんだが、それはあまりにも甘い考えだった。少女の描いた図では、彼女の隠れ家から神鏡屋敷までの距離の10倍ぐらいだった筈だが、実際には10倍を遥かに越えている。こんちくしょうめ! あの図を信じた自分がバカだった。

 動物すら居ない。まあ、居ても狩って喰う度胸はないが、居ると居ないとでは気分がちがう。居るならいざというときに食えるかも知れないという希望がある。居なければそれすらも無いのだ。道すがらキノコの様な物は発見したが、そもそもに食えるかどうかすら判断出来ない。少女に聞いてみたが、解らないとの事だった。まあ自分も元の世界で野生のキノコのどれが食えてどれが危ないかとか知らないしな。それはつまり異世界じゃなくて元の世界でもサバイバルを生き抜くのは自分には無理って事だ。

 諦めて戻ろうかとも考えたが、それでもまた三日かかる事を思うと決断出来なかった。正直のところ後三日も持たないだろう。実際そんな状態だった。これ以上進むと詰んでしまうだろうか。後どの位かかるのだろうか? 少女に聞いても方角しか解らないと書いた本を寄こした。

 そもそもこの子はどうやってここ迄来たんだ。こんな遠くまで独りで。それに距離が解らないってどういう事だ?

 考えても解る筈がないので、素直に聞くと、本に解らないと書かれた。


 また解らないのかよ! 家までの距離も解らなければ、どうやって来たかも解らないっていったいどういう状況なんだよ!


 少女は何やらいっぱい書き込んだ後、こちらの眼の前に本を広げて見せた。


 いえでおかしたべてきがついたらここにいた。そう書かれていた。家でお菓子食べて気が付いたら此処に居た? つまり、そのお菓子を食べると一瞬で遠くまで移動するとかか? そんなお菓子が有れば、今食いたいところだ。

 お菓子の効能はともかくとして、要するに途中経過なく此処に移動した為に、距離が解らないという事か。

 いや、待て待て、じゃあ何で方角が解るんだ?


 彼女に疑問をぶつけてみると、みずうみとおひさまって書いて来た。湖と太陽の位置から方角を割り出したって事か。おそらく地図とかは見た事があるんだろう。有名な湖かなんかなんだろうな。

 そう言えば自然に受け入れていたが、この世界にも太陽の様に空に登っては沈んで行く明るいモノが存在する。こういうのを恒星って言うんだっけか? ほんとにこの世界は元居た世界と似ている。空も青いし雲も白い。周りに生えている木々もぱっと視た分には、元の世界と違いが解らない。ここが地球だって言われても疑わないレベルだ。


 4日目の朝から歩き通して、そろそろ昼ぐらいか。食べるものはもうないが、ひとまず休憩だ。道端に二人して座り込み、最後の水を飲む。持って来ていた最後のペットボトルだ。それを二人で半分ずつ飲んだ。戻るならもっと早く判断するべきだった。もうおそらく戻っても途中で息絶えるだろう。ただ、戻る判断が出来なかったのは自分の優柔不断が原因だ。もうすぐ着くだろうという楽観と彼女が示す進む意志に押されて、問題なく辿り着けるだろうと考える事をしなかったのだ。


 そして彼女はまだ進む意志を示す。水を飲み終えると空のペットボトルを此方に渡し、すくっと立ち上がると独りで先へと進み始めた。空腹で倒れそうな状態である筈なのにだ。そんな彼女を見ていると自分がへこたれている訳にはいかない。だってこんな幼い子が頑張っているのに、弱音吐いたらかっこ悪いじゃないか。


 それにしても何故彼女はこうまでも進もうとするのだろうか? そんなに家に帰りたいのだろうか? いや、そりゃ帰りたいか。そうだよな。自分も帰れるものなら帰りたいしな。


 そんな事を考えながら追いかけていると、急に彼女がその歩みを止めた。あまりにも唐突だったので、危うくぶつかりそうになった。彼女の肩に手を置いてなんとか踏みとどまった。

 肩に置かれた手は気にせずに、彼女は山道を外れた木々の奥深くを指差した。その指し示された場所を見るが、薄暗い森の奥深くで何も見えなかった。

 訝しんで彼女を見ると、森の奥を凝視しながらジリジリと後退りを始めていた。


 何か来るのか? なんだ?


 その様子から何か得体の知れないモノがこっちに来るのだと感じた。自分も同じく森の奥を見据えながら後退りして彼女と並んだ。

 目を凝らしても何も見えない。静かに耳を澄まして物音を捉えようとしたが、自分と少女の息遣いだけがやけに大きく聴こえるだけで他には何も聴こえない。ピーンと空気が張り詰められていて皮膚がヒリヒリと痛んだ。呼吸しているにもかかわらず、まるで酸素が吸収されないような感じで息が苦しく感じた。


 カサっという音が微かに聴こえたと同時に、彼女に突き飛ばされた。


 不意を付かれた為、少女にいとも簡単に飛ばされて尻もちを付いた。普通の状態だと飛ばされたりはしないだろう。たぶん。そしてさっきまで自分が居た場所を黒い大きな何かが猛スピードで通過して行くのが見えた。あのままあの場所にいたらその何かに体当たりされていただろう。少女が咄嗟に助けてくれたのだとわかる。

 黒い物体が横切って行ったその場所に少女の姿が無かった。彼女の居た場所には本とペンが転がっていた。


 まさか!? あの子、吹き飛ばされたんじゃ?!


 そんな不吉な予感に、冷や汗が背中を伝う。黒い物体が通過して行った先を見るが、少女の姿はない。

 どこ行った? そしてあれは何モノなんだ?


 落ち着け。落ち着くんだ。そう、自分に言い聞かせ、意識して呼吸をゆっくりにする。呼吸を遅くすれば落ち着くと昔何かの本で読んだ。自律神経の訓練かなにかだっけか。まあそれはどうでもいい。それよりもあれはなんだろう? 野生生物か? 見た感じイノシシのでっかいバージョンぽかった様に思う。サイズは自分よりも少し大きいぐらいか?


 倒せば喰えるかな? イノシシだって食えるんだし、食えるよね。よし倒そう。

 そう考えて恐怖を誤魔化す。自分にあいつを倒せる自信など皆無である。しかしやるしかない。そうだ。餓死するぐらいなら闘って死んでやる。

 そして落ちていたペンを拾い上げる。武器としては心許ないが無いよりは幾分かましだろう。


 イノシシモドキを追いかける為、森に入ろうとしたとき、向こうから走ってくる音が聴こえた。


 やべえ、こっちに突進して来やがる。


 森は奥へ行くほど登っている。つまり向こうは上から降りてくるのだ。勢いが違う。まともにやりやったら吹っ飛ばされるだけだ。走ってくる音で直ぐ側まで来ている事がわかる。ここは待ち構えて、避けるのが吉か? 姿が見えた瞬間、ぎりぎりまで引き付けてから、横っ飛びで躱す。一か八かの行動だったが、どうやらうまく躱せた。意外とやれるもんだな。

 そして振り返ると、躱されたイノシシモドキはそのまま直進して木にぶつかり、倒れて動かなくなった。その背には白髪の少女が乗っていた。いや、乗っていたというのは正確ではない。正確には「噛み付いていた」だ。

 おいおい、そんな野生生物に噛み付いたら変な病気になるぞ。バイ菌とか寄生虫とかいろいろ居そうだし。そんな要らぬ心配をするとともに、彼女の無事がわかりほっとした。ほんとによかった。知り合ってまだ4日程だが、ずっと一緒に居たので愛着が湧いたかな。それにさっき助けられたしな。ほんとによかった。

 彼女はまだイノシシモドキの背に噛み付いたまま、目を剥いてふーんっと唸っている。その形相は必死だった。


「おいおい、そいつはもう死んでるよ。いつまで噛み付いてるんだよ」


 やれやれという気持ちで、倒れたイノシシモドキに近寄った。

 ところでこいつ食えるのかな。食えたらまだ生き延びれそうな気がする。生のままとかきついから、火が欲しいな。木を擦って火を起こす様な方法を聞いた事がある。実際にやった事はないけどな。マッチとかライターとか持ってないしな。


 イノシシモドキの状態を確認しようと手を伸ばしたとき、突然そいつが立ち上がった。


 うわ、こいつ生きてたのか?! 死んだふりしてやがった!


 立ち上がったそいつはこっちにそのまま突進してきた。想定していなかった為、反応が遅れそのままイノシシモドキの体当たりをもろに食らってしまった。


 うぐっ、っと胃液が逆流し口の中に嫌な味が広がる。そのまま背に乗っかかる形で、イノシシモドキは走り出す。タックルの距離が短かった為、飛ばされずに覆いかぶさる形になった。それは幸か不幸か? 振り落とされないように持っていたペンを逆手に握り直し、イノシシモドキの背に突き刺す。

 イノシシモドキは悲鳴を上げて飛び跳ねた後、猛スピードで走り出した。


 こちらを振り落とそうと身体を捩りながらスピードを上げて森の中へと突っ込んでいく。イノシシモドキが突っ込んだ森の中は下りになっていたため更にスピードがぐんぐん増していく。なんとか振り落とされないように、ペンをしっかりと握りしめ、少女が落ちないようにその身体をもう一方の手で抱え、イノシシモドキの背の毛をがっしりと掴む。落下する様な感覚に吐き気を覚えながらも渾身の力でしがみ付く。とにかく早く止まってくれと願うばかりだった。その刹那、イノシシモドキが脚を滑らしたのか、世界が大きく回転する。訳のわからないうちに少女ごと空へと投げされた。


 身体が回転している事はなんとなくわかる。そして来るべき衝突の衝撃に備えて身を固くする。体感時間は長く感じた。実際は数秒の事だっただろう。でも空を舞い、回転している時間は数分にも感じられた。


 がはっ!


 予期して心の準備が出来ていたとしても実際の衝撃には耐えかねた。目から火が出る様だった。そして散々に転がり回った。延々と転がり続けるのではないかと気が遠くなる頃、それは止まった。

 意識を失ったら終わりだと思った。気を失ったまま倒れていれば、イノシシモドキの餌食になるだろう。あの感じは肉食獣だ。それ故に落下している間、意識をしっかり保とうと努めた。ここが生と死の分かれ道なのだ。その甲斐あってかなんとか止まるまで意識を保っていた。


 イノシシモドキはどこ行った?


 身体を起こそうとしたが、全身が軋み全く動かせない。くはっ。全身打撲から身体がすぐには動くことが出来なくなっている。やべえ、やべえよ。ここで襲われたら一巻の終わりじゃないか。それなら意識なんか無かった方が幸せだったといえる。動けないまま意識がある状態で身体が咀嚼されていくのを体感するとかどんな拷問だよ!


 近くに居ない事を祈って恐る恐る眼だけを動かして周囲を伺う。しかし、イノシシモドキも少女の姿も見当たらない。このまま眠ってしまいそうな自分を叱咤し、身体が動くまでなんとか意識を保たねば。

 それに少女は無事なんだろうか? まさかすでにイノシシモドキの餌食なってるとかないだろうな?


 眼だけで追える範囲は限られていた。これでは何も解らない。焦る気持ちを抑え、呼吸を整えて、耳を澄ます。視覚がダメなら聴覚を使うんだ。少女やイノシシモドキの痕跡の音を探る。遠くに水が流れる音がする。川でもあるのだろう。これは川の流れる音に違いない。そして木々の葉が風に揺らぐ音が聴こえる。森の中らしい音以外、他には何も特徴的な音はしない。少女もイノシシモドキも自分と同じように動けずに倒れているという事だろうか?


 しばらくして少し身体が動くようになってきた。指を曲げたり伸ばしたりしながら身体の動きを確かめる。起き上がろうと思った矢先、ざっざっと何者かが脚を引き摺るような音が近くで聴こえた。その音にぎょっとした。その音は少女よりも遥かに重量あるような踏みしめる感じであり、またイノシシモドキのような四足歩行から来るものではない。明らかに二足歩行の音だ。そしてその音は此方に近付き、その姿を現した。


 森の影から現れたそれには見覚えがあった。


 人型のそれ。しかし人間ではないそれ。


 屍魔だった。


 奴はゆっくりと近付くと覆いかぶさってきた。恐怖からか、それともまだ身体が満足に動かないせいか、身動きが取れないままで抗う術を持たなかった。


 こんな間近で奴を見るのは初めてだ。体全体が半透明で中身が無い様に見える。顔にある赤い目玉がこちらをギョロッと見ている。その感情は伺い知れない。そもそも屍魔に感情があるかどうかわからない。

 そして奴はその口を開いた。その大きく開かれた口は、こちらを頭からすっぽりと丸呑みしようとしている。


 ここで終わりなのか? こんなところで自分の人生は終焉を迎えるのか? 自分は何の為に今まで生きて来たんだ? こいつに喰われる為か? なりたいものややりたい事があったわけじゃない。将来に希望を持っていた訳でもない。だからといって別に死にたい訳じゃない。とはいえ特に生きたい理由もない。こんな事にならなくて、この先無事に元の世界に帰っても、結局のところなんとなく生きて、なんとなく死ぬだけの人生になるかも知れない。それでも、生きる理由が見つからなくても、それが、その事が死ぬ理由にはなり得ない。こんなところで、こんな異世界で死にたい訳じゃない! そんな人生は納得出来ない!


「ちくしょおおおおっ!」


 そのとき、今持てる自分の全力で屍魔に叫んだ。

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