第百三十一話 『瓢箪』
まずは出鼻を挫く。
真っ先に突っ込んで来た奴に、カウンターで当身を喰らわせる。吹っ飛んだそいつは、狙い通り後ろのニ人を巻き込んで転がって行った。
相手が唖然としている隙に、側面の一人を体当たりで吹っ飛ばす。
奥に居た一人が正気を取り戻し剣を振り下ろす。それを躱し、腕を掴んで投げを決める。
これで五人か。
後から入って来た騎士は残り三人。彼らは愕然とした様子で後退りしていた。
問題はリーダーだ。奴からは得体の知れないものを感じるのよね。油断できないっていう感じ。
そしてそいつはずっと動かず、様子を窺っている。
「ねぇあんた、こいつらじゃ相手になんないんだけど? かかって来ないの?」
言葉が通じなくても、挑発してみる。指で軽くこいこいと煽ってみる。さすがにこれは通じるでしょ? って通じてないっ?!
そいつはじっとしていて、何やら思案している感じ。思案ってなに考えてるのよ? 敵を前にして長考するとか! 舐められたものね!
全回復後の絶好調のダッシュでそいつの足下に滑り込み、下から顎目掛けて蹴りを出す。
カンッ
手応えは有ったが、これは違う。顎ではない何かだ。
蹴りが当たったそれは弾け飛び、壁にぶつかって転がって行った。それは、奴が付けていた鉄仮面だった。
「金太郎! 上だ!」
ヌルこうの声で我に返る。
見上げると上から奴の脚が降ってきた。
とっさに転がって避ける。
奴の踵が頬を掠めていた。掌を当てて怪我を確認する。
手に赤い血が付いていた。
「わたしの美しい顔に傷が!」
「ヌルこう! 変なアフレコ入れないで! それ絶対、男キャラのセリフよね? 化粧してるごっつい濃い顔してる男よね!」
ヌルこうの奴、いちいち茶々入れて来る。闘いに集中できないじゃないの!
こいつは予想通り手強そうなんだから。
「危うく頭を蹴られて馬鹿になるところだったな、金太郎。いや、むしろ良くなってたかもな」
「何が言いたいのよ! あんた!」
「いやー、暇なもんでな。おまえをからかうぐらいしかやる事がないんだ。出来ればこの拘束を解いてくれると助かるんだがな。今がその好機だと思うが」
そう。今、転がった勢いで、ヌルこうたちが拘束されているところまで来ていた。足元にヌルこうが横たわっている。
「わかったわよ。解いてあげるから、余計な茶々入れないでよね。わかった?」
「ああ、もちろんだよ。王女さま」
まったくこのヌルこうという奴は信用出来ない。ニヤニヤと人を馬鹿にした様に視るし。頭の良さは認めるけど、どうにも御し難い。
「ほら、腕を解いたよ。後は自分でどうぞ」
敵のリーダーを警戒しながらヌルこうの腕の戒めを解いた。その間もじっとして動かない仮面の男。もとい、仮面を蹴飛ばされた男。頭のターバンも脱げ落ちていて、真っ白な長い髪が露わになっている。
「お、いい男じゃん。わたしの好みのタイプだわ」
「俺に、惚れるなよ」
「ヌルこう! だから、変なアフレコ入れないで!」
瞬間、身体が自動的に避ける。本能が危険を察知したのだ。眼で視たわけではない。奴の動きを身体が捉えたのだ。
身を捻った側を奴がすり抜ける。その手には剣を握っている。
まじで? 避けてなかったら死んでるじゃないの! こいつ本気でわたしを殺す気なの?
すり抜けていく相手に半ば無理矢理に蹴りを入れる。
「消えた?」
蹴りは空を切り、奴の姿も視えなくなる。また上か?!
上を見上げるも、奴の姿は無い。牢屋の屋根が視えるだけだ。
「下だ! 金太郎」
くっ!
下から蹴りを受け、咄嗟に左腕で防いだものの、そのまま後ろに転がされてしまった。
「やるじゃないの、イケメン。それさっきわたしが出した技じゃないの。自分も出来るって見せたかったの?」
するとイケメン男は後ろの騎士たちに合図をした。その合図を受けた騎士たちはこの牢屋から外へ出ていった。
何なんだろう? イケメン男から殺気が消えた。闘うポーズを捨て、ゆったりと構えている。何か話しているがまったく言葉がわからない。
「ねえ? 何て言ってるんだと思う?」
「麗美香さま、もう少しお待ち下さいのこと。まだ解読が終わっていませんのことよ!」
「解読ってなに?! こん! あんた何してるの?」
「何って・・・この方たちの言葉を解析しているだけですよのこと」
「はっ! そんな簡単に解る訳ないでしょ」
一人の騎士が牢屋に入って来た。その手に2つの白い色をした瓢箪の様な物を持っている。水筒に使う様な感じのやつだ。
イケメン男はそれを受け取ると、そのうちの一つをずいっとわたしに突き出した。
「なに? なんのまね? ちょっとヌルこう! これ、どー言う事よ!」
「待て、今、足解くのに忙しいんだ。後にしてくれ」
「何もたもたしてんのよ! そんなもの早く解きなさいよ! まだ解いてなかったの?」
「お前みたいに怪力じゃ無いんだよ、わたしは」
イケメン男はベルトからナイフを取り出すと、ヌルこうの方へそれを転がした。どうやらそれで戒めを解けという事らしい。
なに? なんなの?
「どうやら、友好的になったようだな。理由はよくわからないが、結果オーライだ」
ヌルこうはナイフを取ると、脚の戒めを切り外した。
「きっとその瓢箪は、友好の証か何かだろう。有り難く受ければいい」
「毒とか入ってないわよね? 勝てないからって毒殺とかないわ」
「まあ一度死にかけているところを助けらたんだ。わざわざ殺すつもりはあるまいよ。まあ、おまえが勝手に無茶やらしただけで、はじめから奴らは友好的だったんじゃないのかな」
ヌルこうは、ヤレヤレと言ったジェスチャーで嘆かわしげに言った。
「わたしのせいだって言うの?!」
「違うとでも?」
ニヤニヤと笑うヌルこう。
むっちゃ腹立つ。こいつ絶対最初から全部わかってたんだわ。ちくしょー。
「ええい! もう! 飲んでやるわよ! 飲めばいいんでしょ!」
乱暴にイケメン男から瓢箪を奪い取り、一気に煽った。
「ん?! なにこれ?! ぐはっ」
飲んだ液体は鼻にツンっと来た。眼と眼の間が熱くなる感じ。
「ほんとに毒じゃないでしょうねえ?」
イケメン男も同じように瓢箪からぐいっと飲む。
そしてそれをわたしにさっきと同じ様に突き出した。
「え? それを飲めというの? あんたが口つけた瓢箪でしょ? え、やだ。公衆の面前で間接キスとか。なにその羞恥プレイ」
「そんな事を気にするようなお年頃じゃないだろう」
「気にするようなお年頃よ! わたしは!」
イケメン男はわたしが持っている瓢箪を指差した。
「うー。こっちをあんたが飲むのね。なんとなく予想出来たけど。互いに飲み交わすって感じなのね」
おずおずと瓢箪を差し出すと、イケメン男はそれを受け取り、躊躇なく飲み干した。
あ、う。なんかそう、むずかゆいわね。
ずぃ
わたしが飲むべき瓢箪を、わたしの目の前に突きつけてきた。
「わかったわよ! 飲めばいいんでしょ! ええ! 飲んでやるわ! た、大した事ないし。お姫様抱っこももう済んでるし。間接キスとか何でも無いわよ!」
さらに乱暴に瓢箪を引ったくり、ぐいっと一気に飲み干す。
この液体のせいか、わたしは身体中が熱くなって溶けそうになった。