第百三十話 『地球の王女』
「ちょっと、こん! この状況を説明してもらえるかしら!」
「こん?! や、わたしの事はせめてこんたんとお呼びくださいませのこと、麗美香さま」
「そんな事はどうでもいいわ! なんでわたしが拘束されてるんのか聞いてんのよ! さっさと答えなさい!」
「いえ、麗美香さまだけじゃなく、私たちみんな拘束されてますよのこと」
「あんたたちの事なんてどーでもいいのよ!」
なんか、目が覚めたら身体動かせなくなってたから、何かと思ったら、後ろ手に縛られてるし、両脚も縄できつく結ばれていたんだけど。わたしに拘束プレイの趣味は無いのよ。そいつ全然外れないし。わたしの全力でも外れないとかどんだけなん? こんもNULLって奴も同じ様になって転がってるし。それに此処はどこなのよ?! 薄暗い部屋の中みたい。窓もなにも無い。そしてなんか動いてるっぽい。ガタガタと震動している。
「まあそう吠えるな。生きていただけでも有り難い事だぞ。それにどういうわけか、気が付くと治療も施されているようだ。死ぬかと覚悟していたんだがな。もうすっかり元気だ。これは魔法か何かだろうな。まあ、死ななかったのが幸いかどうかは、これから次第だがな」
「ふん! 死に損ない。生きてたのねあんた」
確かNULLとかいう奴だったわね。あんなに死にかけてたのに、なんかもうすっかり元気じゃないの。
「もうほんっっとに心配したんですよのこと! 麗美香さま、急に倒れちゃってピクリとも動かないし、ほんっっとに死んじゃったのかと思いましたよのこと!」
「んー? そうだっけ? わたし、目が覚める前の事よく覚えてないんだけど」
「なんか金ピカの騎士みたいな集団に襲われたんですよのこと。ほんっっとに覚えてないんですかのこと?」
「何よそれ? 覚えてないわよ。金ピカの騎士? 金ピカの……騎士」
突然脳裏に金色の鎧を纏った男の顔が浮かぶ。思い出した。こいつらが急に襲って来たんだった。意外とイケメンだったよね。
「ねぇ、こん、一つ聞いていいかしら?」
「はい、なんで御座いましょうのこと」
「わたし、そいつらになんかされた?」
「なんか、とはなんでしょうかのこと」
「なんでもないわよ」
特に身体に変わった感じはないし、大丈夫よね。
「えーっと、そうですねえ、麗美香さまが倒れられた後、騎士たちは麗美香さまの身体を……」
「あーーー! やっぱり言わないで! 言ったら殺す!」
「はひぃ?!」
最悪だわ。やっぱりなんかされちゃったのね。わたし、自分が知らない間にそんな身体にされていたなんて。初めてだったのに。赦さない。あいつらぜっっつたい赦さないんだから!
「あの〜麗美香さまぁ?」
「なによ。あんたなんかに同情されたくないわ!」
「あ、いえ、そうじゃなくてぇですねぇ、騎士たちは麗美香さまの身体を治療したと申し上げたかったのですがのこと」
「ち、ちりょう?」
「はい、治療ですよのこと」
「それならそうと早くいいなさいよ!」
「ひぇえっう。すみませんですよのこと」
とんだ恥をかいたわ。やっぱり、あいつら今度会ったら絶対赦さないんだから!
「まあしかし、これは我々が生き延びるチャンスかも知れないぞ。こんたんが言ってる事が正確ならば、その騎士たちとやらは我々を殺さないどころか、治療までしたのだ」
「じゃあなんで拘束されてんのよ!」
「そりゃあ、我々を恐れているからだろう」
「これからどうなるんでしょうか、いったい何処に連れて行かれるでしょうかのこと」
「さあな。だが推測は出来るぞ。私の考えでは襲撃して来た騎士たちの長のところだろうな。そこで尋問を受けるんだろうな」
「尋問……。それって拷問とかじゃないでしょうね! わたしそっちの趣味もないからね!」
「それはこちらの出方次第だな。この土地にいきなり屋敷が降って来たんだ。そりゃ驚くだろうさ。当然、調査に来るだろうよ。その騎士とやらは、恐らく調査に来たんだろう」
「じゃあなんで襲ってくるのよ。ただの調査で襲われるいわれはないんだけど。それともこの世界の住人は野蛮なの?」
「奴らは勘違いしたんだろうさ」
「勘違い? 何と何をよ」
「こんたんの話だと、前にこの世界にあの怪物を送り込んだらしいじゃないか。ああ、その話はお前は寝てて聞いてなかったかな。ともかく前に一度怪物が空から降って来たに違いない。場所もここか、あるいはこの近くだろうな。こんたん、座標を変えてないだろう?」
「はい、あの時はお急ぎでしたので、そのままの設定で走らせましたですよのこと」
「やはりな。では間違いなさそうだ。きっと奴らはまた怪物が降って来たかもと警戒して来ただろう。そして部屋に入り人型の影を見たとしたらやむ無しだろうさ。だが直ぐに間違いに気付いたんだろう。統率の取れた軍隊は無闇に人を殺したりしないさ。我々を捉えて、上官に報告するという流れではないかな」
「それならなんで治療なんてすんのよ」
「よっぽど我々が死にかけていたからだろうな。死にかけている人を見たのだ。出来るだけ助けようとするだろうさ。全快なのは手違いか手加減が出来なかったんだろう」
動いていた部屋がゆっくりと停止する。
「おっと、いよいよお出ましかな」
緊張するわ。嫌な汗が身体を這ってる。気持ち悪い。
「ああ、そうだ、金太郎。お前はこれから何処かの國の王女様になれ」
「金太郎って呼ぶな! って何処かの國の王女様になれとか、意味わかんないわ! あんた頭ヤラれちゃったんじゃないの?!」
「そういうふりをしろっていう事さ。奴等は恐らく我々の事を知らないはずだ。なら遠い異国の王女っぽく振る舞ってみろ。しばらくは時間が稼げるかも知れん。今はさすがにそれぐらいしか生き延びる道はあるまい。まあ、ニーナの奴が裏切ってなければだがな」
「ニーナちゃんが裏切るわけ無いでしょ!」
「それはどうかな? お前は気絶していたから知らないだろうが、まあいい。それよりも今は、お前の演技にかけるとしよう。頼んだぞ」
「いきなりそんな事言うか?! もっと早く言いなさいよ!」
「いや、言いたかったのだがな。お前が喋り過ぎなんだ。話す暇が無かった」
ったくう。
ギギギという扉が軋む音と共に、眩しい光が射し込む。その眩しさの中、目を凝らしながら入ってくる奴らの姿を確かめるが、よく見えない。
脚の縄が解かれ、首根っこを掴まれて無理やり立たされる。
「痛いじゃないの! なにすんのよ!」
「金太郎。王女だ、王女。金太郎王女様、お言葉が乱暴ですわよ」
こいつ絶対楽しんでるわね。にやにやと笑っちゃって。ほんっとに腹立つわ!
「無礼者っ! 手を離しなさい! 妾は地球国の王女! レミカなるぞっ!」
ぐいっと胸を反らして、しっかりと立つ。威厳を見せてやらないとね。後ろ手に縛られてなければ、腰に手を当てていたところだけど。
「ノリノリじゃあないか。まあ、言葉は通じないだろうがな」
「ちょっ?! あんた、じゃあなんでやらしたのよ!」
「それに、地球国はないな。センスが悪いぞ」
「急に言わせるからでしょ!」
「まあ、言葉は解らなくても雰囲気で伝わるものがあるさ。ほら見ろよ。こいつら狼狽えてるように見えるぞ」
部屋に侵入して来た奴らは、わたしから手を離し、互いを見ながら何やらヒソヒソと話し合ったかと思うと、部屋から出て行った。
「ねぇ、これって成功だと思う?」
「さあな。ただひとつ言える事は、これから起きる事は金太郎、お前の腕次第だって事だ。我々の命はお前次第だよ」
「なに変なプレッシャー掛けてくれてんのよ、あんた」
「お前は、追い込まれれば追い込まれるほど、その力を発揮するタイプだと思ってな。なあに、わたしなりの信頼だよ」
「けっ! 何が信頼よ、あんた。わたしを利用したいだけじゃないの」
「そのとおりだよ。そしてそれで全員助かる可能性が上がるんだ。いい事じゃないか」
「わたしだけ大変だっつってんのよ!」
「そんな事はないぞ。わたしやこんたんも出来だけの協力はするさ。なぁ? こんたん」
「え? なんですかのこと?」
「聞いてないじゃないの! まったく」
「まあ、そういうな。金太郎王女様」
「レミカ王女よ!」
再び扉が開き、先程の2人を従えてもう一人、男が入って来た。いかにもリーダーって感じの偉そうな奴だね。若そうだけど。っていっても顔の上半分は仮面で覆われていて見えないけど。鉄っぽい仮面。なんか鳥が羽を広げているようなデザインだ。そして頭にターバンみたいな白い布性の被り物を被ってる。そこからだらーんとカーテンのように布が背中の方へ垂れ下がってる。これがこの世界のファッションなのかしら。それにこの人、全身が白い厚手のぶかぶかした布で出来た服を着てる。
まじまじと観賞していると、その男はわたしに向かって何やら解らない言葉を発してきた。
「あんたたちの言葉なんてわからないっつーの! 直ぐにわたしたちを解放しなさい!」
「まあ、向こうも解らないだろうがな」
「うるさいわね! ヌルこう!」
「いろいろな言語を試しているようだな。こちらが何処の國の者か探ってるようだ。良い兆候だぞ、金太郎。上手く演じ通せば道が開けそうだ」
「そんな事言ったってあんた、言葉通じないのにどーすんのよ! 雰囲気っていったってこいつに伝わるんかなぁ。えーい、もう、解きなさい! これよこれを解きなさい!」
相手に背を向けて、後ろ手に縛られた手を見せつける。さあ、どう出る? 早くなんか反応しなさいよ!
ぐぃっと縛られた手を相手の方に突出す。
沈黙の時間が流れる。わたしこーいうの苦手だわ。駄目なら駄目って早く決めなさいよ!
腕をぐっと掴まれる。解いてくれるんでしょうねえ。変な事したら承知しないんだから。その顎を蹴飛ばして潰してやる。
「ほう。どうやら解いてくれるみたいだな。金太郎、見直したぞ」
後ろで何やらもぞもぞしてるみたいだけど、ヌルこう曰くは、解いているみたいね。みてらっしゃい。わたしに恥をかかせたお礼をしてやるわ。
「おい、金太郎。馬鹿な事は考えるな」
ぐっと縛られていた縄が解かれ、腕が解放感に包まれる。指をぐっぱして調子を確かめる。よし! いける。
腕が自由になると同時に、振り向きざま後ろに居た奴に、一発お見舞いする。
全快祝よ。ねじ折れた右腕は綺麗に元通りになっていた。振り抜いた腕に痛みや違和感はない。むしろ今まで最高のコンディションで、思ったより強く鋭く振り抜けた。
殴られた相手は部屋の外まで吹っ飛んで行った。死んでないよね。殺すつもりは無かったんだけど。こんなに調子上がってるって思ってなかったし。それに殺しちゃってたら、この状況、悪いよねえ。ど、ど、ど、どうしよう……
ほー、と感心するような声音が横から聴こえて飛び退る。
声の主は、さっきのリーダーだった。え? じゃあ飛んで行ったのは誰?
見渡すと、入って来た奴らの三人のうち一人が居なくなっていた。
そっか、リーダーじゃない奴が解いていたのね、ちっ、運のいい奴め。
騒ぎを聞きつけて、どやどやと騎士たちが部屋に入って来た。
「お前に任せた事を、今わたしは後悔しているよ。わたしの人生最大の失態だ。まさかここまで馬鹿だとは、さすがのわたしにも予想が出来なかったよ」
「あんたがわたしに任せたのよ。わたしの好きにさせてもらうわ」
人数はそんなに多くない。狭い部屋だからね。わたし一人なら余裕なんだけど。こいつら庇いながら闘える自信はないわ。見捨てる?
ないわ。そんな選択肢、わたしには無いわ。絶対護り抜く。だって、ヌルこうがわたしに任せたのよ。無様な結果になんて出来ない!
だって今のわたしは地球の王女なんだから