第百ニ十八話 『死守』
「さぁさぁ、麗美香さまぁ〜、お食事の用意が出来ましたの事よ。冷めないうちに召し上がるの事よ」
わたしの目の前に、小さな女の子が居る。いや、女の子と呼ぶには、その年齢が。確か25だと言っていたか。25に女の子ってどーなのって思うけど、でもどう見ても目の前に居るのは女の子だ。背が小さく、150センチに満たないぐらい。顔もあどけなく幼い。小学生だと言っても疑わないレベルだ。そんな子が、両手に袋に包まれた固形物の持ちきれないほど積んで目の前に立っている。そのうちのいくつかは溢れ、床に落ちた。
「食事の用意ってなによ? それ非常用のカンパンじゃないの? それあんた持って来ただけじゃん。それに冷めないうちにって、それが冷めるわけあるかっ!」
ひっ、と声を裏返らせて涙目でたじろぐ彼女。
なんかわたしが小さい子虐めてる感じになってるじゃん。どうにも、
「なっとくいかーん!」
ポチみたいなボケとかツッコミはないの?! あんた! ていうか、それがボケなの? そうなの?
「なっ? 何がですかの事?!」
「なんでもないわよ! それよりも、カンパンはいいけど、飲み物無いの? 叫んだら喉渇いたわ」
「はい! ただいまですよの事」
ぱたぱたと、奥の部屋へ駆けていく少女。のように見える女性。そうなのよ。あの見た目のせいでついこんな口のきき方しちゃうけど、わたしより歳上なのよねえ。いけないいけない。年長者は敬わなければ。そうお爺様に教わった。ってクソジジイに教わった事なんて思い出したくも無いわっ!
「はぁー」
なんでこんな事になってんのよ。わたしはただ、お爺様に直談判に来ただけなのに。その結果がこれなの? 力は使い果たすし、右腕は潰れちゃうし、お爺様……、クソジジイは居ないし、異世界には飛ばされるし。この先どうなっちゃうの? 元の世界に戻れるの? ポチが転送装置探しに行ってるけど、こんたんの話じゃ無理そうだし。おそらくこっちには飛んで来てないだろうし。
そろそろポチたちが出て行ってから1時間位経つかしら。時間を確認しようとして、荷物が何処かに紛失したことに気付いた。クソジジイと、いや違う、クソジジイの真似をしたロボットと闘ったせいで、わたしのポーチが何処かに行ってしまった。中に入ってたスマホごと。はぁぁ。なんかやり切れないわ。
「お待たせ致しましたですよの事。特性ミネラルウォーターですよーの事!」
「ただの水じゃないの! 何が特性なのよ!」
渡されたのは、ペットボトルに入った水だ。非常用に備蓄されていた物なのだろう。
座り込んで脚でペットボトルを抑え、左手一本で口を空ける。
「ほえー、さすがっすねーの事。左手だけでラクラク開けるなんて」
「まあ、確かに開けにくいけど、回せば開くでしょ」
ゴンゴン
扉を叩く音が鳴る。
「ありゃ? お帰りですかねーの事」
「あーっ、もう! 水もおちおち飲めないのね! まあでも、ちゃんと1時間程で帰って来たか。なかなか優秀な犬じゃん」
立ち上がって、扉を開ける為のハンドルを回した。
この時ほどわたしは自分の迂闊さを呪った事は無かった。
開く扉の向こうに居たのは、ポチじゃ無かった。
複数の武装した人間がそこに居た。
見知らぬ人々。
その武装は何処か中世ヨーロッパ地味た物で、金色に輝く楔帷子の様な物を身に纏い、剣を構えていた。
向こうもこちらの姿に驚いたのか、全員の動きが一瞬止まった。
この機を逃さず足元のハルバードを拾い、まだ動きの止まっている相手を吹き飛ばす。
まだ敵か味方か解らないけど、敵ならば先手必勝である。味方だったならごめんなさいよ。
つまりは、今のわたしは敵か味方かを確かめている余裕なんかない。ここで闘えるのはわたし独り。ポチが帰って来るまで、わたしが此処を護るんだ。
相手は5人。今独り吹っ飛ばしたから、残り4人。やれる。
こいつらが正気に戻る前に片を付ける。そうでなければ、今のわたしでは危うい。そう感じた。全快の状態ならこいつらなんか瞬殺できるけど、今は無理。左手一本に、能力無しでは。
二人目をハルバードの柄で突き飛ばす。
くっ、充分な手応えを与えられない。倒し切れなかった。が、追撃する暇はない。次の3人目を、身体の回転で勢いを付けてハルバードを叩き込む。
ガンっと鈍い金属音がなり、ハルバードが剣で防がれたと知る。
くっ、押し切れないか……。
4人目に蹴りを入れる。正気に戻り始め、こっちに斬り掛かろうとした出会い頭にカウンターヒット! 狙い通り!
顔面をとらえ、相手は仰け反って倒れる。
5人目!
5人目が視界から消えていた。
眼で追った分、対処が遅れた。もののコンマ何秒かの遅れ。
背後に回り込んで居た5人目が刃を腰に突き刺さしてくる。
「でぃっ!」
もう後が無いなら、出し惜しみしてもしょうがない。残る能力を開放し、周りの敵を吹き飛ばす。
「かはぁ……。なんてこと。だめか」
最後の能力は、ほとんど残っておらず、周りの敵を少し飛ばしただけだった。
終わったなぁ。こんなところでわたし終わるんだ。
目の前が文字通り、真っ暗になった。
何も見えない。
そして、何かがプツっと切れたような気がした。