第百二十三話 『大魔術師メイ・シャルマールに失敗はありません』
今日は、この地方では珍しく大雪が降っています。
なかなか風情がありますが、今はそれを愉しむ気分には到底なれません。
あの事件があってから、既に一週間が経過いたしました。
わたくし、大魔術師メイ・シャルマールが関わった事件で、こんなに結末がしっくり来ないのは初めてです。あの神鏡の屋敷での騒動。わたくしは途中で引き上げましたが、その事を今、とても後悔しているのです。
大魔術師メイ・シャルマールに失敗はありません。そう、この後悔の気持ちは失敗ではなく、友人の安否を心配する気持ちです。何が起きたのか? それが解らない事がどうにも納得出来ないでいるのです。そして、それがはっきりしない事には、この事件はまだ終わっていないのです。そうです。故に、わたくしは失敗してはいないのです。
屋敷での役目を終えて、わたくしを含めた召喚獣は全て撤収しました。それは協会側からの撤収命令が出たからです。わたくしの判断ではありません。ただ、大魔術師メイ・シャルマールと云えども、協会の意向には背くことは難しいのです。その辺はどうか察してくださいまし。
あの夜の後、山根耕一さん、ニーナ・クリーステルさん、神鏡麗美香さんの消息が分かっていません。あの日以降、学校に姿を見せていないのです。調査しましたところ、山根さんとニーナさんについては、親御さんから警察へ行方不明者届が提出されているようですが、発見に至っていません。
「そこで隠れて覗いているのは、どちら様でしょうか?」
わたくしは今、神鏡の屋敷へ秘密裏に調査に向かっている途中なのですが、森の木陰からの視線に気付きました。ずっとわたくしを付けてきていたようですね。よくわたくしにここまで気付かれずに来れたものだと少し関心いたします。
わたくしの言葉に観念したようにゆらゆらと現れたのは、タマさんとおっしゃたでしょうか? 前に一度お助けした方でした。でも何故この方が、わたくしを付けてくるのでしょうか?
「メイ……メイ・シャルマール。あ、大魔術師メイ・シャルマール様ぁにゃぁぁ。あ、おあ、おあ」
そこまでをなんとか口にされると、その場に泣き崩れて仕舞われました。なにやらいろんな事を溜め込んでいらっしゃるのでしょう。背負い切れなくて心が悲鳴を上げているようです。きっとこれは、わたくしを頼りにされて来られたのだと、助けを求めて来られたのだと確信いたしましたわ。
わたくしは、この方をなんとかお救いせねばと思いました。だって、わたくしをちゃんと、大魔術師メイ・シャルマールと呼んでくださったのですから。
「タマさん、わたくしは貴方の味方ですわ。ですから、あの日、あの後、何が起きたのか、話してくださいましな。わたくしに助けを求めていらっしゃるのでしょう?」
タマさんは、うんうんと何度も深く頷いた後、堰を切ったように話し始めました。
「あのとき、屋敷に侵入したとき、メイ様が去った後、null様たちは神鏡麗美香さんの救出に向かいましたにや。わたしは屋上で待機と怪物たちの誘導をしておりましたにゃ。そしたら急にわたしのクラッキングが妨害され始めましたにゃ。null様の指示で、神鏡の爺さんの隠し部屋は繋がる扉だけはなんとかコントロール下に置きましたにゃ。そして、その扉をnull様の指示で閉ざしましたにゃ。null様たちが扉を潜られた後ですにゃ。怪物たちが追いかけてましたから、一刻の猶予もなかったですにゃ」
そこまでを一気に話したタマさんは、げほげほと咳き込まれましたので、常に持ち歩いてます水筒に入れた紅茶をお裾分けいたしました。ええ、わたくしいつも紅茶を持ち歩いているのですよ。
「ゆっくりお飲みになってください」
随分と慎重に、ゆっくりと何度も少しずつお飲みになったタマさんは、言葉を選んでぽつぽつと話しはじめました。
「その後、急にクラッキングの妨害が止みましたにゃ。何があったのか分かりかねますが、フルコントロール出来るようになりましたにゃ」
協会の始末屋たちの仕業でしょうか? おそらくそうに違いありません。わたくしはあの屋敷から引き上げた後のことは、彼らから何も聞かされておりませんけど。
「完全に屋敷が制御下に入ったので、怪物たちの始末をどうするかnull様に確認しようとしたときでしたにゃ。通信が急に途絶えたかと思うと、周りが真っ白になって、その、白い空間に押しつぶされる様なそんな感じがしたんですにゃ。その状態がしばらく続きましたにゃ。10分程。いや、体感覚で10分なので、もっと実際の時間は短かったかもしれないですにゃ」
白い空間とその圧迫ですか……。それはもしかすると。
「時間と共に白い空間が薄れ始めて、周りの風景が視えるようになって、驚きましたにゃ。null様たちが向かって行った屋敷が消失して、地面に大きな穴がぽっかりと空いてたんですにゃ。null様に何度も連絡を試みましたが、返答がその時を境に、今に至るまで無いですにゃ」
ひと通りタマさんの話を伺ったわたくしは、神鏡の屋敷へと向かいました。タマさんも一緒に行きたいと仰ったので、二人で向かいました。
屋敷に着いてみると、外壁は爆風で崩れたのでしょうか? 屋敷を囲っている壁が、いたるところで崩れたり倒れたりしています。お陰で楽々侵入できましたけど。
屋敷の状況はおよそ有り得ないものでした。何という事でしょうか? 神鏡の屋敷はその半分が、まるで鋭利な刃物で切り取られた様に無くなっていて、さらに地下部分についても一緒にごっそりと地中深く切り取られて消失しています。タマさんのお話の通りでした。話に聞いていたけれど、実際に視るとその凄さは想像を絶していますね。これは巨大なスプーンでざっくりと抉られた感じです。ショートケーキを半分にざっくりと抉った感じです。
切り取られた部位に慎重に触れてみました。もちろん、万が一に備えて魔術的な防御は施してますのでご安心を。さて、その部位には微かに歪みと同じ波長が残っていました。ええ、前に学校の屋上上空にあった歪みです。この大規模な範囲で、あのような歪みが発動した。そう考えるのが妥当なのでしょうか?あまりに現実離れした結論ではありますが、わたくしが視た物、触った物から導かれる答えは、そうならざるを得ません。
だとするならば、彼らの行き先は恐らく……
ここで、第二部完です。
次回より、最終章に突入します。