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第百ニ十ニ話 『受け入れられない』

「ニーナ! 止めろ!」


 怒り狂ったニーナは、こんたんを押し倒してその首を本気で絞めていた。

 こんなニーナは初めて視る。完全に我を忘れている。もうその姿は獣のそれだ。


 このままでは、こんたんはまじで死んでしまいそうに感じたので、慌ててニーナの腕を掴んで引き剥がそうとするが、びくともしない。柔な女の子の力では到底考えられない強さだ。ニーナは異世界の人間だが、その筋力はこちらの世界の女の子と大差ない。自分が知る範囲ではだが。

 あまりの怒りに超常的な力が出ているのだろうか?


「くっ、かっ、けっ」


 こんたんが苦しそうに喘ぐ。顔が真っ赤に染まっている。今にもはち切れて血が吹き出しそうだ。


「ニーナ! 離すんだ。今は取り敢えず離せ! 死んじまうぞ!」


 獣の様に咽で唸るニーナは聴く耳を持たない。いや、耳に入って無いのだろう。こんたんを絞め殺す。その一心で、その為の存在と化している。


「ニーナぁ! 止めるんだ! 落ち着け! 落ち着くんだあ!」


 必死の思いでニーナの腕を引っ張るが、効果がない。

 そのとき、ガンっという音がした。

 その音と共に、ニーナの身体から力が抜け落ち、引っ張っていた自分と一緒に床を後ろに転がる。

 ニーナは意識を失っていて、だらんっと全身の力が抜け落ちていた。


「手加減はしてある。こいつにはしばらく眠ってもらっていた方がよかろう。もう時間がないからな」


 nullさんがハルバードを持って立っていた。麗美香のハルバードでニーナを殴って気絶させたようだ。手加減したとはいえ、大丈夫なのかと心配になった。彼女を静かに床に寝かせてやる。そしてもう一つの事に想いを馳せる。ニーナが気絶させられたということは、観季の能力ちからが発動していないということであり、その理由はつまり……


 けほけほと、こんたんが咳き込む音が聴こえた。よかった。どうやら死なずに済んだようだった。


「危ないところだったな。もう少し遅ければ手遅れになるところだったぞ」


「何なんですかこの子はの事よ! いきなり何するの事!」


 ひとしきり咳き込んでいたこんたんが、落ち着きを取り戻すと悪態をつき始めた。


「そりゃ、自分の世界にあんな怪物を送り込まれりゃ怒りもするだろうさ」


 そうだ。ニーナがこんたんを襲ったきっかけは、あの言葉だった。

 また異世界に吹っ飛ばす、彼女はそう云った。そう、また(・・)と云ったのだ。つまり、以前に吹っ飛ばした事があったのだ。そして、その行き先は恐らくニーナが居た世界だったのだ。


「え? この子っていったい何者ですの事? 怪物を送り込んだ世界の人ですの事? 異世界人?! えええっ! 異世界人ってほんとに居たんだ! おー、どんなとこですか? 知りたいですの事よ!」


 こんたんには邪気は無いのだろう。あまりに無邪気で、自分がした事の意味が理解できていないのだ。今の彼女はただの好奇心の塊。異世界の生き証人に出逢えた事に興奮しているただの学者だ。

ニーナ程ではないにしろ、自分も彼女に少し殺意を覚えざるを得なかった。


「今こいつを起こせば、またおまえの首が絞まるが、それでもいいのか?」


 nullさんの一言に、こんたんは口をつぐんだ。


「ところでnullさん、ニーナの事解っていたんですね。いつの間に」


 ニーナが異世界から来たことをnullさんが知っていた。そう云えば、nullさんにちゃんと話した覚えはない。


「まあ、ちゃんと訊いた事は無いがな。今までの関わりの中で大方おおかた予想は付いていたさ」


 nullさんはそう云いながら、こんたんに近付いて行った。


「こんたんとやら、あの怪物たちを異世界に送れるのだな? なら、今すぐ取りかかれ」


「ちょっと待ってください。nullさん。あいつらを異世界に飛ばしたら、異世界の人たちはどうなるんですか?」


「一刻の猶予もないのだぞ。奴らがここから下界にまで行けば、この世界が滅びる可能性だってある。この世界の人類を護る為だ。やむを得ん事だろう」


「でも、だとしても、そんな」


 到底納得出来ることでは無かった。nullさんの云うことも解らなくはない。どちらかしか生き残れないとしたら自分の身を護る為の正当な行為かもしれない。それにニーナの世界はもう滅んでいるはずだ。だったらなおさら問題ないのではないか? そう思いながら、どうにも納得出来ない心が自分の内にあった。


「綺麗事だけでは誰も救えんぞ」


「そうだ! こんたん、奴らを異世界じゃなく、宇宙とかに飛ばせばいいんじゃないのか?」


 そう。何も異世界に送る必要はない。宇宙空間に吹っ飛ばせば解決する気がする。


「あー、理論的には可能なんですが、今から飛び先の設定を替えるとなると時間が掛かりますし、まだ実験段階でありますので、上手くいくかどうかも保証できないの事です」


「決まりだな。じゃあ、実績のある設定で今すぐ奴らを吹っ飛ばすんだ」


「冗談じゃない! 止めましょう。実績ある設定って、それニーナの世界ですよね? またそこに奴らを送るんですか?」


「うるさい奴だな。おい、こんたん、さっさとやれ」


「なんで貴方に命令されないといけない事ですの? わたしの雇い主様は、神鏡様ですの事よ」


「神鏡の爺さんは、今居ない。そして事は急を要するんだ。奴らが此処に集まっている今がチャンスなんでな」


「あーもぅ、解りましたの事ですよ。人使いの荒い方ですねの事」


 こんたんはスマホの様なものを取り出した。あれで操作するのだろうか?


「待て! こんたん」


 こんたんの仕草に身体が勝手に、彼女目掛けて飛び出していた。

 ニーナの事は云えないな。自分もニーナと同じ様な事をしようとしている。

 この感情は何処から来ているのか。ニーナに対する想いだろうか? この世界の人間によって吹っ飛ばされた怪物がニーナの世界を滅ぼした。そんなこの世界の人間としての罪悪感からだろうか?ニーナと過ごした時間が無かったら、自分もnullさんと同じ様な判断を下していただろうか? 


 突っ込んで来た自分に狼狽えるこんたんの姿は震える小動物の様だった。スマホの様な装置を抱え込んでしゃがみ込んでいる。

 そのこんたんに手が届く刹那、自分の身体が宙に浮いて一回転した。


 一瞬の浮遊感に戸惑ううちに、落下に伴う衝撃が全身を襲った。痛みに呻いている隙きに、腕を極められていた。


「痛い、痛いです。nullさん、離して下さい」


 nullさんに抑え込まれていた。nullさんは小さいし非力であるが、倒された自分は身動き一つ取れないようになっていた。実戦向きの抑え込む技なのだろうか。


「おまえの理想主義は厄介だな。おまえ自身にもそれは毒だ。だが、わたしはおまえを嫌いなれないな。どうしてだろうな。それはまあいい。今は関係ない。おまえの為に、今は寝ていろ」


 首筋に軽い痛みを感じた瞬間に、意識が遠のいていった。


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