第百ニ十一話 『古今襷』
神鏡の爺さんの姿をしたロボはショートして転がっている。
これで終わったのか?
nullさんは、まだ警戒を解いていない。
まだ何かあるのだろうか?
すると突然、床の一角がぐいーんと開いて、下から人がせり上がって来た。
緊張が走る。思わず身構えたが、なんら闘える手段を持っていないのでどうすることも出来そうにない。また、nullさん頼りだ。
だが、現れた人物は黒髪ツインテールの小学生ぐらいの女の子だった。
「何でこんな所に小学生が?!」
思わず声に出た。
「おい! 不用意に近付くな!」
ふらふらと無意識に近付いていた様だ。nullさんの言葉に足を停める。そうだ。相手が小学生にだとしても、油断していい相手とは限らない。ここは慎重に接するべきだ。
「みんなにそう云われるけどわたしは小学生じゃありませんの事ですよ。これでも二十五歳の立派な大人ですの事ですよ」
小さい胸を反らしながら威張っている様な素振りは、どう視ても背伸びした小学生にしか視えない。それに二十五歳だと? 有り得ねえ。こんなに背が低く童顔の二十五歳がいるのか? それになんだか変な喋り方をする奴だな。
「あー、この子の停止信号を受信したんで、メンテナンスに来たんですの事ですよ」
この子と云いながら、床に転がっている爺さんロボを指さした。人を指差すんじゃありません。って人じゃないからいいのか。
それよりも、ロボのメンテナンスだと?
「ところでぇー、あなた方はどちら様ですの事?」
「えっとー、麗美香の友達だ」
そうとしか答えようがない。nullさんはともかく、自分やニーナはただの高校生であり、他の何者でもない。まあ、ニーナはただの高校生っていうにはアレだが。
「麗美香さん? 麗美香さん……麗美香さん……! ああっ」
ぽんと手を叩いて、ああ、ああ、と何度も頷いていた。
「お会いした事はないのですが、こちらのご主人様のお孫さんですよねの事。噂はかねがね。えーと、どのお方が麗美香さんでしょうかの事?」
床に倒れたままの麗美香の側にしゃがみ、彼女の様子を窺う。うん。まだちゃんと息をしている。
「その方が麗美香さんで御座いますかの事ですか? 随分とボロボロになってらっしゃいますの事。何すればこんな事になるんですかの事」
「何って、そこのロボと闘ったんだよ」
「えええっ! わたしのロボ、ひょっとして敗けちゃったんですかの事ですか? なんでぇ? まさか! わたしの最高傑作なんですよの事ですよ! ただの人間風情に敗れるなんで有り得ないのですの事です!」
「あー、いや、まあ、麗美香は、ただの人間じゃないからな。ってあんたが造ったんかよ! どういう事だ。あんた何者だ?」
まあ、屋敷の中から現れたんだから神鏡の爺さん側の人間なのは間違いないのだが。この子からは敵意はまったく感じなかった。
「んっとその話は長くなるかもですよの事。その前に麗美香様を診させておくんなさいましの事よ」
彼女は麗美香の側に寄り、その状態を診はじめた。
「あー、わたしこう見えて看護師でもあるんですよーの事ですよ」
こちらの心配を察してか、そんな事を云う彼女。
右腕の止血と骨折の処置を手際よく施す。看護師というのも嘘では無さそうだった。
「取り敢えず、これで大丈夫でしょう。右腕はしっかり固定してますのでこのままでよろしくの事よ」
「それでその、あんたは何でこのロボ造ったんだ? 爺さんのまわし者か? というか、この屋敷に居るから当然か」
「わたしの名前は、古今襷ですの事。あんたじゃありませんの事よ。仲良しの友だちには、こんたんって呼ばれてますの事です。こんたんとお呼びくださいの事です」
「あー、えっと、その、こんたんさんは神鏡の爺さんとはどの様な関係なんだ?」
「わたしはここで研究に打ち込んでいる天才科学者であるの事です」
すくっと立ち上がり、両手を脇に添えて胸を反らした。短めのツインテールが可愛くちょこんと揺れる。
この子、自分で天才って云っちゃってるよ。もしかして、だいぶん危ない奴なんじゃないか? こんなロボ造ってるし。マッドサイエンティストなのではなかろうか? 幼女風マッドサイエンティストか!
「神鏡重臣様より、研究費用はいくらでも出すので自由に研究してくれとのオファーをいただきまして、ここ数年この地下で研究に明け暮れておりますの事ですよ。その見返りに、神鏡様からの依頼の物もお造りしてる次第でして。このロボも神鏡様がご所望でしたのでお造り申し上げた次第でありますの事です」
「えーっと、要するに、雇われ研究員って事か?」
「そーなのかなぁ? よく解らないの事ですよ。わたしー、研究以外には興味まったくない人なのでぇー。やーしかし、随分とスクラップにしてくれちゃいましての事よ。こりゃー廃棄処分ですよの事」
ロボの状態を確かめたこんたんは、がっくりと項垂れたかと思うと、おもむろに解体を始めた。何してるんだと尋ねると、まだ使える部品があるからそれを取り出してるとの事。
「研究費が無制限にあるとはいえ、無駄に使っちゃもったいないですからねの事よ」
「それに、これからは研究費が出ないだろうからな」
遠巻きに警戒しながらずっと静かに見つめていたnullさんが突然口を開いた。
「研究費が出ない?! ど、ど、どういう事の事ですのん?」
「神鏡の爺さんは、もう此処は放棄するだろうからな。この屋敷の管理は、そこに転がっている金太郎に移るだろうな。今のうちにゴマ擦ってた方がいいぞ」
nullさんが嫌らしく笑う。
「ひえええ、あ、でもわたし、この人が介抱しましたですよ事。ある意味命の恩人? 皆さんはご証人であらせられますの事よ」
「冗談はともかくだ。今は此処から脱出する事が先決だ。こんたんとか云うお前、避難経路を教えろ」
「ん? 何故に脱出する必要があるのですかの事?」
「怪物は外で我々を待っているのでな。素直に帰らせて貰えそうにないんだよ。ここの住人のお前なら、どこかに逃げ道を知っているのではないのか?」
「怪物? って、隔離してた奴の事ですか? なんで脱走してるんですかの事」
「それを云われると辛いのだがな。神鏡の爺さんに、はめられたんだよ。まったく、情けない事だ」
「よくわかりません事ですがー、そうですねー、逃げ道は、わたしも知らないのですの事よ。ですがー、そういう事でありましたならー、また異世界へ吹っ飛ばしますかーの事」
異世界へ吹っ飛ばす? ああ! そういえば今日のニュースで視たな。異世界へ行く事が可能かもとかいう記事が。研究者は、見た目は小学生・・・って、こいつじゃないか! こいつだったのか!
そして今、またって云ったな、この子。じゃあ前にも異世界に屍魔を飛ばした事があるってことか?
すっと、身体の横を何かが駆け抜けたと同時に、悲鳴のような怒声の様な何処の言葉は不明の叫び声が響き渡った。
その声に怯んでいる中、獣のような激しさでニーナがこんたんに掴みかかっている姿が視えた。