第百十四話 『死闘』
やばい。やば過ぎぃぃ。腕痛いし、うっかりすると気を失いそうだわ。敵の前で失神とか無いわ。即ゲームオーバーじゃん。
「あー、もう一つ云い忘れていたが、この勝負に降参は認められない」
くっそーうぅ。じょうとーじゃん! このクソジジイ! やる気満々じゃない!
そっちが本気なら、わたしも覚悟ってもんがあるよ。人は殺した事なんて無いけど、その気でやってやろーじゃん。
左腕一本で身体を起こす。右腕はだらしなくだらんと垂れ下がってジンジンと痛み続けている。
わたしを傷物にした報い、与えてやるからね。わたしの最大出力、喰らうがいいわ。
余裕綽々でゆっくり近寄って来るクソジジイに狙いを定める。
チャンスは一回のみ。一発で決める。そうじゃないと、もうわたしの身体が持たない。
生か死か? デッドオアアライブってやつね。
クソジジイが何をしたのかまったく解らない。わたしの眼には何も視えなかった。でも、こうして近付いて来るって事は離れてると出来ない事なのね。こちらも出来るだけ近い方が効果が高いけど、先に仕掛けられたら敗けだし。どこで仕掛けるか。タイミングが勝負の分かれ目?
そして意外な事だけど、クソジジイは視えない攻撃を仕掛けて来た割には、歩くのがやけに遅い。よたよたと覚束ない足取りだ。
あ、いけない。余計な事を考えてる暇はないよ、麗美香。集中、集中。
おお、そうだ。いい事思い付いた。わたしって天才!
これで勝てるかも!
「ねぇお爺様ぁ。本気で、わたしを殺すつもりなの? 可愛い孫娘なのに。出来れば降参したいなぁ〜って思ってるんだけどぉ〜。だめぇ?」
「甘えた声を出しよって。本心で云っているのなら考えてもよいが、お前がそんな事を本気で云わない事は、私はよく知っているよ」
「今まで、こんなにやられた事無かったし。もうこれどうみてもだめでしょ。勝ち目の無い闘いはしない主義なの」
「ほう? それなら何故乗り込んで来た? それこそお前が云う勝ち目の無い闘いだろうに」
「その理由を聞きたい? それはねぇ~」
力の限り床を蹴り、前へ飛ぶ。
脚はまだ無事。良かった。虚を突いて、距離と詰め、左手を伸ばしてクソジジイのシャツを掴んで引き寄せる。
いっけえぇぇぇ!
念をゼロ距離でぶっ放す。
最大出力! 心臓にかなり負担が掛かるけど、それ故にこの一発で決める!
身体の周りの空気を全身で吸い込み、圧縮してクソジジイにぶち当てる。
重い手応えと共に、掛っていた圧力が前方へと解放されていくのを感じた。
クソジジイは、宙に浮き、勢いよく後ろの壁の本棚に衝突した。
ゴワーンという大きな音と埃が盛大に舞い、倒れたクソジジイの上に本棚が倒壊した。
勝った。そう確信したと同時に、人を殺してしまったという何とも云えない罪悪感が残り、わたしの心の中を蠢いた。
でもこれは、仕方ないでしょ……
殺らなきゃ殺られてたし。
あれよ、あれ。緊急事態のアレ。正当防衛よ。
そう思ってはみたものの、この気持ち悪さは解消する気配はない。まあ、気持ち良かったら、それはそれで人間辞めたくなるしね。
うーん、でも気持ち悪い。ん? もしかしてこれ、ほんとに気持ち悪くなってる? 後悔とか罪悪感じゃなく?
うぅぅえぇぇえ
良かった。誰も視てなかったわね。
こんな所で盛大に吐くなんて、乙女失格だわ。片腕ぷらんぷらんしてる段階でどうかとも思うけど。
周りの空気が自分に向けて圧力が掛っている様な状態になって、それが心臓の一点に収束していくのを感じた。
あ、なんかこれ、ヤバそう。
そう思った瞬間に、心臓がギンっと収縮した強い痛みを感じ、反射的に胸を抑えてその場に座り込んだ。
激痛に呼吸が出来ない。
やっぱ最大出力は不味かったかな。やり過ぎた。少し後悔。
心臓は一向に収まる気配なく、収縮の痛みを出し続ける。
眼で部屋を見渡す。気を紛らわせる為と、もう一つ。
Gたち、どこ行きやがったァァ。わたしを案内するだけ案内しといて、後は放置とか。わたしのこの状態視て救けようとか無いの? ってGがどうやって救けるかとか追いつかないけどぉぉ。あんまり気が紛れなぃぃぃ。
がさっと倒壊していた本棚が、微かに動いた。
えっ? そんな……。冗談はよしてよね。さすがにもう打つ手無いんだから、大人しく死んでてよね。
ぼんっと本棚が吹き飛び、大きく回転しながらわたしの後ろに落下して砕け散った。
危ない危ない。あんなのに今当たったら即死よ、即死。
本棚をふっ飛ばした後のうず高く積もった本の中からクソジジイがゆっくりと立ち上がってくるのが視える。その様子はまるでゾンビだわ。
人間って気を張るって大事なのね。まだ闘いは終わってない、まだまだ生命のやり取り中よって解ったら、ちょっと心臓がマシになってきた気がするわ。アドレナリンだっけ? なんかそんなのがドバドバ出て痛覚が麻痺してるのかしら。
ゆらゆら立ち上がったクソジジイは、変な方向に曲がっていた首を両手で強引に元の位置に直した。
人間技じゃない。というか、人間じゃないよね、これ。あんな風に首曲がってたら普通死んでるよね? 首の骨折れてるよね。それ絶対。
「なんなのそれ? あんたお爺様じゃないの?」
「んんー? いや、おお前の爺様だよよ。わわたたししはは」
ノイズ混じりの音声でそう云った目の前に立つそれは、飛び出た目玉がだらしなく垂れ下がり、顔の皮膚がビリビリに裂け、その内部に機械部品がチロチロと動き回っていた。