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異世界の姫さまが空から降ってきたとき  作者: 杉乃 葵
第八章 句由比華澄
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第百五話 『暗中模索』

「要するに、わたしを止めに来たって事?」


 気を取り直した麗美香は、腰に手を当ててに尊大に踏ん反り返った。肩まである黒髪が夜風に揺れていた。

 続いて馬鹿とかお邪魔虫とかいう罵声が来ると身構えたが、届いた言葉は意外なものだった。


「ポチには心配ばかり掛けてるね、わたし。最近そんなのばっかり。申し訳ないと思ってるし、感謝もしてるよ。でもここからは、わたしの問題。これ以上は関わらないで」


 珍しく真剣な声音で云われると調子が狂う。お前はそんなにしおらしくないだろう? 何今生の別れみたいな事云ってやがるんだ。似合わねえよ。もっといつもの様に頭悪いみたいな感じで訳の分からない事でも云えよ。

 まあそれはそれとして、いろいろと情報を整理した結果解ったことがある。


「麗美香。お前、タマを助けるつもりだろう? それなら大丈夫だ。タマは無事だし、これからも大丈夫だ」


 タマがnullさんの関係者なら、今後麗美香の爺さんに遅れを取る事はないだろうし、実態はさっぱり解らないけど、バックもいろいろ付いてそうだしな。だから、此処で麗美香が命を張る必要は何処にも無いのだ。

 ただ、タマが恐らくはnullさんの命により麗美香の間者を勤めていたであろう事は云えなかった。それを知ったら麗美香の奴が逆上してタマとnullさんを殺しかねないしな。まあ、あの二人が殺されるとは思えないけど。


「タマが無事? 本当なの? それ。なんでポチが知ってるの? って何処で知ったの? 誰から聞いたの?」


 勢い込んで詰め寄って来る麗美香を手で制して宥める。鼻息が荒い。こんな色気の無い女の子の鼻息は始めてた。いや、それ以前に女の子の鼻息なんか経験無いけど。


「詳しい話は後でゆっくりとだ。麗美香、とにかくお前が爺さんとぶつかる理由はもう無いんだ」


 そう。本当に彼女が戦う必要はもうない。これだけ云えば納得して一緒に帰るかと思いきや、麗美香の奴は益々訝しげに顔をしかめた。


「誰が何を企んでるの? あんたじゃない。他の誰かだ。一体誰? ポッチ、吐きなさい!」


 彼女が右腕を伸ばし胸ぐらを掴んで凄む。女の子とは思えない圧倒的な力があり身体が竦む。

 一般男子高校生が普通、女の子に胸ぐらを掴まれる経験はなかなか無いだろう。自分も初めての経験だ。ん? 初めてだよな? あまり自信は無いが。


「麗美香さん、落ち着いて。コーイチは悪くない。犯人はnullさんよ」


 ニーナが咄嗟に麗美香に駆け寄り、その腕を抑えた。でもびくともしない。

 そりゃ力の差は歴然だしな。

 それよりもだ。

 ニーナの奴、今、犯人って云った?! nullさんを犯人扱い? ていうか、さくっとバラしやがった。ニーナはどうもその辺の察しが悪い。ある意味素直なんだろうけど。こういう時は非常に困るのだ。


 nullさんの名前を聞いた麗美香の表情が固まった。彼女の頭の中では今、いろんな思いが渦巻いてショート寸前だろう。麗美香とnullさんは、あの屋上で合っただけだ。とはいえ忘れてはいないだろう。あれだけの事件だ。記憶に焼き付いているはずだ。


 彼女はしばらく固まっていたが、やがてニーナの方を視ていた黒い瞳だけを此方にカクカクとぎこちなく動かした。


「nullさんって、あの時屋上に来た小さい人だよね? あの人なに? 何者? あんたとどういう関係?」


 麗美香の奴、自分の背の低さを棚に上げてそんな事を云う。確かにnullさんの方が低いのに違いは無いが、実際は僅か数センチの差なのだが。


「ああ、その小さい人だよ。何者かは知らないし、どういう関係でもない。たまたま知り合っただけだ」


 嘘は云っていない。自分はnullさんの事を何一つ知らないのだ。

 ただ勝手に信じているだけだ。根拠は何一つ無いが、信じさせる何かをnullさんは持っているんだ。それが何なのか解らないが。


 そっと手を添えて麗美香の指を解き、胸ぐらから外す。彼女は大人しく指を解かれた。麗美香の手は小さく暖かくそして柔らかかった。一応、こいつこれでも女の子なんだなと、改めて気づく。


「nullさんって人が黒幕なのね? そっか……」


 黒幕? 何を云っているんだこいつ。


「ねえポチ? あんた何しに来たの? 本当の目的はなに?」


「さっき云っただろう? お前を止めに来たんだよ。爺さんぶっ倒しに行くつもりだったんだろ? だからそれを止めに来たんだよ」


「で? その話はnullさんって人から聞いたんだよね?」


 麗美香は念を押すように語気を強めた。

 それに気圧されて、おぅっとたじろいでしまった。


「狙いは何だあ? うーん……」


 今度は頭を抱えて悩み出した。忙しい奴だ。


「狙いも何も、ただnullさんもお前を(たぶん)助けたかったんだよ。なあ、取り敢えず一緒に帰ろうぜ。もう用も無いだろう?」


「あるっ! このまま帰ったら変じゃない。爺様には来た事はもう伝わってるし。なんで帰った? ってなるじゃない。取り敢えず挨拶だけはしないと。それに聞きただしたい事もあるし」


 聞きただすって、また胸ぐら掴むとかしねえだろうな?

 まあでも爺さんぶっ倒すつもりは無くなった様だから、その点はクリアしたな。後は……


「じゃあ、わたしは行くから、ポチとニーナちゃんは帰って」


 くるりと反転してハルバードを肩に担いで屋敷の方へ向かう麗美香を見詰めながら、引き止めるべきかどうかを思案していた。門から屋敷までの間にある空間は、普通の民家が一軒建てられるぐらいの広さがあり、彼女の黒髪が揺れる後ろ姿を長い間視る事が出来ていた。外見から充分に予想していたが、やはり此処は馬鹿でかい敷地だ。

 nullさんが期待していた役割としては、侵入を誤魔化す為だとしたならば既に完了済だ。

 ただ明確に指示された訳ではないからnullさんの想定通りかどうかは解らない。

 他に期待されている事があるとするならばそれは何か?

 麗美香を引き止めて帰らせる事か? それとも一緒に屋敷内に入る事か?


「ねえ! ポチ」


 いつの間にか思索に耽っていたところを、遠くで振り返った麗美香が大声で我に返った。

 

「なんだよ? とっとと帰れってか?」


「ちがぁーーう! 訊きたい事があるの!」


 麗美香の声に緊張が感じられた。

 不安を感じながら彼女の言葉を待った。


「ねえポチ。nullさんって人と、タマは今何処に居るの?」


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