第百二話 『誅伐機関』
「では、本題に入りましょう。そろそろ華澄も限界みたいだからね」
華澄さんのコーヒーが届けられて直ぐに舞は話し始めた。
「誰のせいよ」
華澄さんは苛ついて毒づき、来たばかりのホットコーヒーを啜った。フレッシュもシュガーも入れない。華澄さんブラックなんだ。まあ確かにブラックが似合いそうな女性である。決して大人っぽい顔立ちではないが、どことなくこのピリピリした感じはブラックっぽいのだ。そう思わせる雰囲気を彼女は持っている。
熱っ、という声が漏らしたが、気付かれていない風を装い、平然とカップをソーサーに戻した。
「なに?」
キッという擬音が視える様な眼で睨まれた。怖ぇぇよ華澄さん。ん? 『怖ぇぇよ華澄さん!』とか、ラノベのタイトルっぽくねえ? なんてくだらない事を考えてバツの悪さを誤魔化した。
「こちらにいらっしゃる、えーと、山根さん? でしたかしら。この方から夜中に教えてもいないわたくしの携帯に電話がありまして」
今そこ詳しく云う必要なくね? いや確かに夜中に急に電話したのは悪いと思ってるよ? んー、むしろ教えてない電話を掛けたのは弁護のしようは無いんだが。緊急事態だったしな。麗美香がやばいと思ったしな。実際やばかったし。
「ご友人の女性が夢の中で他人から身体を奪われそうだから助けて欲しいと。」
なんかその云い方、嫌らしいな。間違っちゃぁいないんだが。
「その子の身体を奪って良いのは自分だけだと仰って」
「そんなこと仰ってねーよ!?」
トンデモナイ事を云いやがる。思わず「仰ってねーよ」とか云っちまったじゃねえか。ここは「云ってねーよ」だろ!
自分に自分でツッコミを入れながら立ち上がって講義すると、
「話が進まないから邪魔しないで。舞も無駄に茶化さないで。時間が勿体無いじゃないの」
「フフ。その位こちらの方が必死だったって事をお伝えしたくて」
必死だったのは認めるが、そんな理由じゃねーよ。
「そういう訳で、大魔術師メイ・シャルマールからの伝言を頼まれましたの。」
残り少なくなったカプチーノを一息に飲み干すと舞の眼はキラキラと輝いた。
「メイの話によると、この方のご友人をそれはもう見事に救い出したそうです。そしてその夢で悪さをする者を捕えたとか」
鼻息荒く話す舞。こいつ自分の活躍を誇示してやがる。そんなに自己顕示欲が強えなら、メイだと公言すればいいんじゃないのか? 何故わざわざ隠してやがるんだ?
「そこで面白い話を訊いたそうです。何でもその悪さを働いた者は、魔術師でも何でも無く、そういう力が身に付くように父親に実験を繰り返された被験者だったそうですよ。どうやったのかまでは本人も解らないようですが」
そこまで話すと、舞は一旦会話を止めてカプチーノを飲もうとしたが、既にカップの中は空だ。
それに気付くとこちらを視て微笑んだ。眼は笑って無かったけどな。ごめんよ。視てたよ。しっかりと。
「ねえ、華澄? 人為的に他人に勝手に能力を植え付けるのって非道いと思わない? そして得た能力を使って悪さを働くとか論外。特に、魔術的な手法による非人道的行為に対して誅伐を行う機関が、もしこの世界に存在していると仮定したら、その機関はきっと彼らを許さないでしょうねえ」
舞はキラキラした瞳で身を乗り出し、華澄さんに迫った。
華澄さんはというと、素知らぬ顔で少し熱さがましになったであろうコーヒーを啜っていた。
「話っていうのはそれだけ?」
「後、お父さまによろしくとお伝えくださいな」
舞の言葉に、華澄さんの空気が一変した。それまでの氷の様な冷たくてピリピリしていたものが、熱く激昂したのだ。
「父の話を私の前でしないで!」
彼女は立ち上がって叫んだ。文字通り叫んだのだ。ここは客が少ないとはいえ公共の場の喫茶店である。当然周りの客やお店の人達の注目を集めた。
「お、おい、華澄さん、落ち着いて」
彼女をなだめようと立ち上がり肩に手をやると、「触るな!」っと怒られた。
「貴方まだお父さまと仲悪いの? 長いわね。いい加減理解し合えばよろしいのに」
「余計なお世話よ」
圧し殺した声でそう云うと華澄さんは店を出て行こうと歩き出した。
「おっ、おい!」
とっさに声が出て引き留めてしまったが、続くセリフが出て来ない。
華澄さんは振り向いて戻って来てテーブルに千円札を置いた。
「コーヒー代ならちゃんと払うわよ」
「そーいう事云ってんじゃねぇよ。まだ話は終わってねえんじゃないのかよ。なんかこんな別れ方って気持ち悪いじゃねえか」
自分もついかっとなって云った言葉に、華澄さんの張り詰めた表情が少し緩んだ気がした。
しばらく彼女はこちらの眼をじっと見詰めて何かを納得した様にゆっくりと頷いた。
「ごめんなさい。謝るわ。取り乱したのは悪かったわ。でも、もう帰るわ。時間だし、それに……」
「それに?」
「このままここに居るのは、恥ずかしいから」
そう云うと羞恥に顔を赤らめて出口に走り出した。まあそうだろうな。公衆の面前で叫んじまったんだからな。
「華澄ぃぃ、頼んだわよ」
「何の事よ!」
華澄さんは振り向きもせずにドアを開けて出て行ってしまった。
しばらく余韻に浸る様にドアを眺めたままだったが、ニーナに袖を引かれ、座るよう促されて我に返った。
結局何だったんだよ? 何か意味あったのか? せっかくここまで来たのに。
そんな気持ちを舞にぶつけると彼女は穏やかな笑顔を見せた。
「はい。ちゃんと用件は彼女に伝えられましたし、あなた方の顔合わせも出来ましたから大成果ですよ。お友達の件は、これできっと大丈夫ですよ」
その顔は、間違いなくメイ・シャルマールの顔だった。