第百一話 『赤い宝石』 (a jewelry)
「えっと……。なあ、舞。何だこの緊張感は」
舞から句由比華澄と紹介があった彼女は今、四人掛けのテーブルの側面に椅子を動かして座っている。本来ならば、舞の隣が空いていたのでそこに座る筈のところを拒絶し、椅子を動かして無理矢理座ったのだ。
「清々しいでしょ」
「いや、まったく!」
舞の奴、本当に清々しいような顔をしていやがる。
しかしだ。この華澄さんってやらの態度はどう視ても親友のそれでは無い。これはあれだ。犬猿の仲というやつじゃないのか?
「舞、早速本題に入って。こんな遠い所まで呼び出すもんだから、早目に帰らないと家に着くのが遅くなるし」
やっぱりこの華澄さんからは強さと脆さを共に感じる。強い口調なのは性格なのだろうか? そして彼女から伝わってくる脆さはいったい何なのだろうか?
「遅くなると御父様が五月蝿いでしょうね。お察しします。ですがまず、何か注文されてからの方が良いのではないでしょうか? 一応ここは喫茶店ですから」
「そうね。」
華澄さんは短くそう答えると席を立って、カウンター越しにホットを頼んだ。
ウェイトレスが来るまで待ちきれないといったところか。かなりせっかちな子の様だ。
「じゃあ話して。注文は済んだし」
席に戻るなりそう切り出す華澄さん。早く切り上げて帰りたいのだろう。
舞は舞でマイペース。ずっと涼し気な様子だ。
「ホットが届いてからでいいでしょ? 話を途中で邪魔されるの好きじゃないものですから」
華澄さんの顔が険しくなる。
どうやら舞はこの子をからかってるに違いない。
「なあ、舞。あまり時間も無い感じだし話を進めたらどうだ?」
隣でニーナが黙って頷く。ニーナも同じ様に感じていたようだ。なんとなく嬉しくなる。そんな自分の嬉しさが伝わったのか、ニーナは微笑んではにかんだ。
「仕方がありませんね。では話を進めることにいたしましょう」
そう云うと舞はこちらとニーナを手で示した。
「こちらのお二人は、わたくしと同じ学校の学生です。今日ここに来る途中に初めてお会いしたのですが、きっとこの方々のお話に、貴方も興味を惹かれるでしょう。そう思いまして、連れて来ました」
今日初めて会ったとか、ひでえな。まあ、舞として会うのは確かに初めてである事は間違いないのだが。切り替えるは勝手だが、切り替えられる方はたまったもんじゃない。振り回され感半端ないよ。ツッコミ入れても動じないだろうから止めるけどな。
「ねえ、舞ぃ。電話じゃダメだったの? 話するだけならこんな所まで来る必要ないんじゃない?」
おぃ華澄さんや。こちらの話、聴く気ゼロだな! 元々話す予定も無かったけど、こうもあからさまに無視されると温厚な耕一君もピキッとくるよ。
「華澄さんにお渡したい物も御座いましたので」
舞は鞄から真っ赤な宝石を取り出して見せた。玉子位の大きさがある。その見た目から高級そうな感じがした。宝石のことは解らないので、この宝石がどんなものでどの位の価値があるのか不明だ。あくまでも素人が視て、良さそうな物に視えるというだけなのだが。
「これは何? 高そうな物ね。貴方の事だから一級品ね」
ずっと舞とぶつかっていた華澄さんの口から褒め言葉が出て来たので驚いた。しかし、それ故に舞が良い宝石を視る目がある事が窺い知れた。その分野については華澄さんは舞に一目置いているんだ。
ニーナも興味深々と舞の掌に乗っている宝石を身を乗り出して魅入っていた。女の子は宝石好きなんだろうな。そういうところは世界共通、いや、異世界共通なのだろうか?
「華澄さんの誕生日が近いので、プレゼントいたします。あ、そうそう、くれぐれも扱いには気を付けて。一応出来る限りの処置は施しておりますが、何が起こるかわかりませんので」
「私の誕生日にかこつけて、何を押し付ける気なの? だから貴方は好きになれないのよ」
「ちょっと待て。それただの宝石じゃないのか? 何なんだよこれは」
二人の会話が気になって、つい口を挟んでしまった。だってそうだろう? 扱いに気をつけろとか、処置はしておいたとか、どうもきな臭い。
「ただの宝石ですよ。わたくしから親友の華澄さんへの心の籠もったプレゼントですわ」
華澄さんは、凄く苦い顔をしながら慎重にその宝石を摘み、いつの間に出したのか小箱の中にそれを閉まった。
華澄さんの顔は、誕生日プレゼントを貰った顔ではなかった。その顔は検尿のカップを手渡されたかの様だった。そう、とても不浄な物に手を振れているかの様にだ。
絶対普通の宝石じゃない。大っぴらに出来ない様な何かだ。舞は魔術師ではないふりをしている。華澄さんにしても同じだろう。それ故に詳細を話せないのもあるんだろう。
それはわかる。わかるが、秘密にされると気になるのが人間という生き物である。ニーナに能力解禁して探って貰おうかと一瞬頭を過る。そんな感情を慌てて掻き消す。ニーナを便利に使うのは良くない。それに自分の都合で能力利用の有無を判断するのはあまりに勝手過ぎる。
ニーナを視ると、彼女もこちらを不思議そうな眼で視ていた。