通過点
「ここが奴のハウスね…」
そんなくだらないことを喋りながら俺は目的地についていた。フィルの住処は高級マンションだった。セキュリティが頑丈なので、そこを横崎に解除して貰いながら先に進んでいく。そして俺たちはようやく家の扉の前に来たのだ。
「フィル様、横崎です」
横崎がドアホンを押して語りかけるが反応が無い。
「フィル様、中に入ります」
すると横崎はポケットからスペアキーを取り出して、それを鍵穴に入れる。鍵は開き、ドアを開けると中は真っ暗だった。
「…いないのかな?」
「失礼します」
横崎と共に中に入り進んでいく。内部も俺の家と比べて、かなり広い。電気を付けながら進んでいくと、目的のフィルの私室の扉の前についた。横崎が中にいると思われるフィルに呼びかけ、ノックをし、そして慎重にドアを上げる。中は電気がついていないのか薄暗かった。廊下の光が内部を照らし、見えてきたのはテレビとかでしか見たこと無いようなデカイ、ベットの上で体躯座りをして座っているフィルの姿だった。
あまりの落ちぶれた姿に、思わず息をのむ俺と横崎。すると憔悴しきった様子のフィルの目がこちらを向いた。
「二人とも私を笑いに来たのか」
「そんな、私がフィル様を笑うなど!」
「黙れ!ならばなぜ姿を見せなかった!私を見捨てたからこそ来なかったのだろう!お前の意思か、それとも不甲斐ない私に対するお父様の意向か!!」
「私は…!ただ気づいたら昼間だっただけでよく覚えていないのです!!」
「そんな言い訳が通用するか!!」
「信じてください。フィル様!!」
なんか、凄い言い合いになっている。確実に話しかけるタイミングを失った。俺は本気でそう思った。しばらく言い合いを続けているとフィルは自分を馬鹿にするように薄く笑いながら言う。
「私には力があると思っていた。だが、実際にはどうだ?そこからの凡骨にあっさりと負け、世界を変える力はおろか、何をなす力も無いことを思い知らされたよ。私はもう負けたんだ。放っておいてくれ、どうせ負けるんだ。後のことなんてどうでもいい」
そう言って、また自分の膝を見つめだしたフィルに俺は語りかける。
「もう負けたんだって。まだ、最後まで終わってないだろう?俺が勝ったって言ってないのに勝手に負けを認められたら困る。俺はサレンダーは許さない主義なんだ」
「お前の主義なんて、私の知ったことか!」
「じゃあ、言い方を変えるぜ、どうせ負けるって思ってて、デュエルのことをどうでもいいって言うなら。俺が気持ち良く勝てるように試合に出て惨めに負けてくれよ」
「なんだと…誰がそんな!」
「ここは通過点、結果が全てなんだろう?通過点のことなんかどうでもいいんだろう?なら負けは負けで何も変わらないじゃ無いか。なんで反論するんだ?」
「そ、それは…同じ負けでも惨めに負けると勝負しないのでは…」
「違うだろ?同じ結果なのに、通過点の通り方次第でどう思うかが変わる」
「…」
被せるように言った俺の言葉に、フィルは答えを返せずに押し黙る。結構言い方があれなので横崎が動くかと思ったが取り敢えず様子を伺うつもりのようで何もしてこない。俺は続けた。
「デュエルだってな、結局、結果は、勝つか負けるか、その二択しか無い。それでも誰もが楽しんで何回も遊ぶのは、そこに通過点…過程があるからだ。相手はどんなカードを出してくるかな、どんな方法でそれを越えようか。見たことがない展開が出るかもしれない。以前より自分が強くなっているかもしれない…。そうやって時と場合によって変わる過程があるからこそ、今日は惜しかった次は勝てるから頑張ろうとか、あそこの展開は意外性があって面白かった、同じ結果でも感じ方に違いがでる。そういう風に結果に心が生まれるんだ」
「そんなものゲームだからだろう!!現実はそんなに生易しくない!!」
「本当にそうか?現実だって変わらないさ、子供の頃はな、大学なんて社会人になるための通過点だって、夢という結果を叶えるためのものだって、俺も思っていたさ、だけど大人になって、自分の過ぎ去った道を振り返ってみると、その重さに気づくんだよ。もっと勉強しておけば良かったみたいな、後悔や、友達と楽しく遊んだ思い出みたいな、自分を支えてくれる思い出とか、そう言うものになっているって気づく、そういったものがあるからこそ、後悔しないように勉強していこうとか、思い出になるような人生を歩んでいこうと、自分の今の(・・)生き方をより良くなるように決めていけるんだ。そうやって今まで生きていた悩みとか、思い出とか、経験とか、そういうのが合わさって自分の生き方を決めるようになったとき、人は大人になるんだって、俺は思う」
ふっとそこで一息ついて俺はさらに続ける。勝手に話しちゃうけど別にいいよな。
「もっとも、過程に囚われすぎるのも良くないけどな、…とある一人の男の話をしようか、彼は偉大な人だった。人類が出来るとは夢にも思わなかった技術を後に開発する人物だ」
「おい、それって…」
フィルが何かに気づいたようだが無視して進める。
「彼には夢があった、それは小説や漫画にしかない世界を再現して多くの人々に笑顔になって貰うという夢だ。彼にはそれを実現する力があった。彼は夢のために技術を開発した。彼自身そのときは技術は夢を叶えるための道具、通過点でしかないと思っていた。彼は誰よりも純粋に人々の幸せを願っていたんだな、だけど滅びって言うのはそういう誰かの善意から怒っちまうもんなんだ。…ある日、彼の技術は彼の夢以外の使われ方がされるようになった。そしてそれは悲劇を生んだ、経済の混乱、世代間の確執、通過点だと思っていたそれが、彼に鉛のように絡みついたんだ。そして彼は深く後悔することになった」
「…」
「人生ってのはそう言う通過点の連続だ、小さいと思うことから、大きいと思うことまで様々な通過点がある。だけどそれが本当に小さい通過点なのか、大きい通過点なのか…なんて、後になって振り返った時にしかわからない。だからこそ一つずつしっかりと悩み、答えを出さないといけない。それを誤れば、いつか足を掬われて、ただの通過点だと思ってたものは重しとなって体にへばり付く、そうなればもう通過点しか見れなくなってしまう。そういうのを老いるって言うんだと俺は思う。一つのやり方以外、怖くて使えなくなって頑固になってしまうんだ」
そして俺は頭にあの人を思い浮かべながら言う。
「もっとも俺は、へばり付いた重しの中にも、希望の一つや二つは入っていると思うけどな。それを知って、悪いと思っていた結果も悪いだけじゃ無いって、気づいて欲しいって思うけどな」
そう言って俺は携帯していた自分のVR機器を手に取った。
「まあ、説教染みた話しはここまでだな。どうしても戦いに戻りたくないっていうなら、俺がきっかけを作ろう。…俺はここからブレイブカードにログインする」
「なに!?」
フィルが驚きの声を上げる。それをすることの意味に気づいたのだろう。ここからログインするということは
「いくらでも妨害できるさ、ゲームが始まってから、そこの横崎に現実世界の俺のVR機器を操作するように言えばいい。そうすれば安全装置が発動して俺は強制的に現実世界に戻される。たったそれだけで俺は戦えなくなる。俺がいなくなればまた勝機は出てくるだろう?後はじっくりと好きなように戦えばいい」
そう言って俺はVR機器を装着した、ボタンを押そうとしたところでフィルからの声がかかる。
「お前はどういうつもりだ!どうしてそこまでして私に戦いを継続させようとする!!」
「…大切なのは納得することだよ。自分が選んだ方が正解だった。ただ、そう自分で思えるようになる。それだけでいい。そうすればきっと。自分を偽る事無く、世界は楽しいものだって。そう言えるようになるんだ。だからこそ俺は、後悔しないように自分が納得すると思うことをするようにしている。ここで中途半端に途中退場されたんじゃ、俺は納得できない。だから無理矢理にでも試合に出て貰うのさ、言っただろ俺はサレンダーは許さない主義だって。…例えここでお前が妨害の方を選んだとしても俺は文句は言わない。その可能性も含めて全て納得したうえでここに立っている。…出来ればしっかりと戦って欲しいと思うけどな。…以上。それじゃあ、先に行ってるぜ」
俺はそう言ってボタンを押した。
☆☆☆
「どうしますかフィル様」
横崎が私にそう聞いてきた。妨害を行うかどうするか、そう聞いているのだろう。
私は…私は…!