表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
122/135

信念

 現実世界に戻るとそこで俺はとあるミスに気付いた。


 「あ、よくよく考えたら。店長、あっちの世界に居る可能性の方が高くないか、しまった、ノリだけで現実世界に戻ってしまった…」


 とはいえ、今更ゲーム世界に戻るのもあれだ。今戻ったらトウドウと再び合うことになる。そうすればすぐに戻ったことを追及される。


 「ま、機器を持って移動すればいいか」


 いざとなったらショップの端でゲームを始めればいい。防犯面に不安は残るがカネも持ってないし、何よりオッサンに何かしようと言う奴はいないだろう。


 俺はそう思い機器を手に店長の店へと向かった。


☆☆☆


 「いらっしゃい。トウドウ君から連絡があって待ってましたよ」


 端的に言うと不安は杞憂に終わった。どうやらトウドウが連絡を入れてくれていたようだ。相変わらず、戦士系の雰囲気なのに知恵の回る男だと思いながら店長の前に移動する。


 「話を聞いてるなら手っ取り早い。単刀直入に言うとフィルの連絡先を知りたい。店長ならできるだろう?」

 「できます。できますが、それをする必要はありますか?私はVRを悪用されないためにあなたに依頼を出した。このまま終われば何事もなく、目的は達成されます。わざわざことを荒立てる必要もない…そうではありませんか?それに…」

 「それに?」

 「彼女が勝ったところで彼女の望むものは手に入らない。だからこのまま放っといてあげるのが彼女のためだと思います」

 「どういうことだ?店長」


 俺は店長の言う意味が分からずに聞き返す。すると店長は一瞬口ごもりながらも理由を語り始める。


 「あなたはそもそもなぜ、今まで他の会社や政府がVR技術に手を出してこなかったのかわかりますか?」

 「洗脳だとか、そういう悪どいことには使えないことに加えて、ある程度の必要な技術が解放されているからっと世間では言われているな」

 「ええ、世間では確かにそう言われています。それは一つの面から見て、正しくて。ただ、それが全てではない。…様々な権力者、彼らがVR技術に手を出さない理由、それは世界が変わってしまうからですよ」

 「世界が…変わる?」


 俺がそう言うと店長は遠い目をしながら言う。


 「バベルの塔と言う話を知っていますか?」

 「えっと…人が集まって神に挑戦するために塔を作り、結果的に怒りに触れて、天罰を受け、もともとは一つの言葉だったものが様々な言葉、文化に分かれてしまったていう?」

 「ええ、そのもともとの世界で権力者だった者達は、言葉が分けられてしまった後、権力者で居られたと思いますか」

 「それは…」


 そうだろう、と言おうとして俺は口を止めた。そして少し、考え、全く逆のことを言う。


 「居られなかっただろうな」

 「そうです。権力者が権力者で居られたのは彼の居た世界での話です。それまでは、全てが彼のいる世界で収まっていた。言葉も文化も、皆同じ、だからこそ変わらない地位に居られた。この状況なら、例え、何か新しいものが生まれたとしても何の影響も無かったでしょう。レンガがアスファルトになっても、きっとそちらに乗り換えることで彼らは権力者のままでいられた。だが、世界は変わった、言葉は分かれ、それぞれの世界が生まれた。いかに権力があろうとも、全く言葉の違う相手に行使できますか?彼は新たな文化の中で権力者という評価を受ける人物ですか?…新たな世界が生まれれば全ての価値基準が変わる。彼らは恐れているのですよ。既にVRの影響で多くのことが変わった現実があるからこそ、世界そのものを変えたくない。全てが別の世界で作られるようになってしまえばその瞬間に彼らは全てを失うのです。…そして、権力者をよく思わない革命家達も同じ、彼らが望むのはこの世界での地位や何かです。仮にVRを使って成り上がったとして、その変わった世界に彼らの望む何かがそのまま残っているものでしょうか?だからこそ、誰もが手を出さない。全員が全員で牽制し合うことで、今の私の技術秘匿の状況が許されているのです」

 「だけど、塔とVRは違うだろ?現実の世界があってこそVRの世界があるんだ。いくら頑張ったってVRの世界で全てを行うなんて出来るとは思えない、あくまでデータだろう。それを現実になんて…」

 「出来ないと思いますか?」


 店長は被せるように俺の言葉を止めた。そして繰り返して言う。


 「全てをVRの世界で行うことは出来ないと、絶対にそうだと思うことはできますか?」

 「まさか…。もうやろうと思えばできるのか?」


 確かにVR技術の多くは秘匿されている。今出ている技術だけでも昔から見れば革新的で他の誰もが分からないことだらけだ。だからといって、そんなSFの世界のような、全てを電脳空間の中で行うなんて技術がもう出来ているというのか


 俺のその言葉に店長は曖昧に笑う。


 「さあ、どうでしょうか。ですが、いつかは誰かが開発し、行えるようになることです。だからこそ守らなければならない。隠さなければならない。規制しなければならない。まだ、この世界は現実なんです。ここから抜け出してはいけない。誰もが世界を生み出し、神となるようになってしまえば、それぞれが完全なる違った存在となる。やがてそれはお互いの繋がりを断ち、人は満ち得たと思いながら、全てを、何もかも失っていくことになる」


 人は人であるからこそ、繋がりがあるからこそ生きていける。

 たとえばゲームが上手くなりたいというのだって、世の中にゲームが上手い人と下手な人が居て、自分が下手なままじゃ嫌だから頑張ろうとするからだ。

 もし、人が世界そのものを自由に出来るようになれば。人はそれぞれのしたいことをするだろう。 …初めの方はいい。今までの基準に従ってやりたいことをやればいいからだ。不満を解消すればいいからだ。

 だが、時間が経つにつれ、何をすればいいか分からなくなる。既に自分が作ったそれぞれの世界で人々は満足してしまったのだ。他の者が新しくやってきたところで。不満というものが何かすら分からない。満足出来るものがどういうものなのかも判断出来ない。

 人は夢や希望や、趣味やプライド、そういった個人の持っている大切なものすら失い。ただ世界を管理するだけの…本当の意味での神になってしまう。


 …ようはそういうことだろうか。


 そこで店長は一旦勢いを止め、淡々と語る。自身の行いを後悔するように。


 「私がやったのはそういうことです。私は人の夢だからと一人でVR(塔)を作り出し、結果裁きを受けた。…世界を作るなど、神の所行です。それに手を出そうとして、いや、手を出して新たな世界を作り、世界を乱した私は、この世の誰よりも度し難く罪深い。だから…」

 「責任を取って全てを隠すって言うのか?それは違うと俺は思うよ」


 その言葉に店長は言葉を止める。どうやら俺の話を聞くつもりのようだ。


 「確かに、秘匿は必要なことさ、それをしなければ、それだけで今の世界がおかしくなるってこと、誰にだって分かる。だけど、店長も言っていただろう。いつかは誰かが作り出すかもしれないって。もし、いつかそのときが来ても、進もうと立ち上がったものを切り捨てて、結末を決めて、こうするべきだよって教え続けられてきた、誰かに守り続けられてきた世界じゃ、きっと誰も立ち上がれなく、何も出来なくなる」

 「……。確かにそうかもしれません。ですが、いや、ならば、どうすべきだとあなたは思うのですか?」


 本気でそれを聞きたいという顔をした店長がそう質問してくる。だが、俺には明確な道を指示するなんてこと出来ない。


 「どうすべきかなんて俺にも分からないさ、誰だって、自分のやりたいことや目標、夢、希望、正義…とか、自分にとって譲れないものを持ってる。それの、誰の、どれが正解でどれが不正解なんて、どれが正しい道なのかなんて、そんなもの分からないだろう。大衆が認めれば正解なのか、強い願いがあれば正解なのか、社会や、世の中の今の常識だって、偉い奴らとか、頭のいい奴らが上手いこと言って正解に見せかけたものだろ?…多くの人のように言われたとおりに、決められたとおりに何かをするのが、誰かが決めたものに従って生きるのが一番、楽なんだと思う。誰かが決まりを作って、そして誰もが従って生きる。それが一番正しい正解に見えるさ…でもさ、それで何も考えずにたどり着いた先が不正解だったらどうするんだ?何もせずにただ従って、たどり着いた先が不正解で、それで今まで従ってきた人間が、常にそうだと決められてきた人間が何か出来るのか?正解へと再び歩き直せるのか?」


 俺はそこで一息ついた。そして絞り出すように言う。


 「…だから戦い合うことが大切なんだと思う。何かを決めつけずにありのまま全てを受け入れて、自分が信じたものを信じて、お互いの意見をぶつけ合って、お互いの正しさを批判しあって、時には認め合って、そうでなきゃ、自分なりの正しさすら見つからない。立ち上がる力すら得られない」


 そういった所で俺は店長を見てきっぱりと言う。


 「だからこそ、正しい道かどうかは分からないけど、店長が秘匿するのが正しいと思っているならそれを続ければいいと思う。そして秘匿を破ろうとする奴がいたら全力で叩き潰せばいい。ただ、立ち向かう権利は誰にでも与えて欲しいと思う」

 「だからこそ、彼女の居場所を教えろと?しかし、彼女は既に立ち向かうことを止めた人間ではありませんか?」

 「そうかもしれない」


 確かにそうだ。フィルは自分の意思で逃げ出した。これは既に立ち向かうことを放棄していると言えるだろ。だが…


 「ただ…俺は、誰にも思わせたくないんだ。たどり着いた場所が。目指した世界が、こんな世界だったのかって。…誰にも思わせたくない。ここでフィルが投げ出せば、フィルはたどり着いた場所で納得できるのか?逃げて進んだ先が望んだ世界になるのか?途中退場じゃ、きっと心に後悔が残る。それはやがて自分の目指した世界やたどり着いた場所の否定に繋がる。そうなったらきっと思ってしまう。たどり着いた場所が。目指した世界は、こんな場所だったのかって。だからこそ、フィルには最後まで戦って貰う。俺はサレンダーは許さない主義なんだ。もちろんだからってわざと負けるつもりはない。店長の依頼通り、勝負には勝つ。フィルには最後までやって、そして納得したうえで負けて貰う。こんなことエゴだっていうのは分かってる、でも俺はもう決めたんだ。だから曲げない。例えそれが人類の未来に関わることだろうと、俺は俺の考えを貫く」


 そこまで言って俺は深々と頭を下げた。


 「だから、フィルの居場所を教えてください」

 「いいですよ」

 「…え!?」


 あっさりと軽く許可を貰えたので俺は思わず驚きの声を上げる。今までの話の内容からもう少し、悩んだりとか条件を出されると思っていたんだけど…


 俺のその考えを見抜いたのか店長は苦笑しながら言う。


 「何を驚いているんですか、もとより、教えないとは言っていないでしょう。私は初めから教えるつもりでしたよ。ただ、あなたの考えが聞きたかっただけです」

 「え?なんで?最初から?わざわざ負ける可能性をあげるだけなのに?」

 「ええ、私は、私よりあなたを信用しています。それにこの世の中で、唯一あなただけには、VRの行く末を自由にできる権利がある、とも思っています。ですのでもし負けて世界が変わってしまうのなら、それが運命だったと受け入れるつもりでした」

 「お、おう」


 なんか凄い信頼されているぞ、信頼され過ぎて重いくらいだ。てゆうか、俺何かしたかよ。別に普通の友人関係してきたくらいしか記憶にないぞ…?


 俺が恐れおののいているとそれに気づくことも無く、店長は手を二回叩いた。すると奥から一人の男が現れた。


 「こいつは…縦岬」

 「横崎だ!」


 現れたのはフィルの側近の横崎だった。なんで此奴がここにと店長に視線を向ける。


 「彼は数日前この辺をうろうろしていたので保護したんです」

 「ほ、ほんとか。つーかなんでうろうろ」

 「どうやら本当らしい。私もよく分からん」


 う、うんさんくせー。心の底からそう思った。でもまあ、別にうさんくさかったからって何かあるというわけでも無い。気にせずに行こう、うん。


 「この横崎がフィルの居場所を知っているはずです。彼について行ってください」

 「分かった。じゃあ頼むぜ。横崎さん」

 「これがフィル様のためになるから従うが、お前に気安く言われる筋合いはない」


 そう言ってショップを出ようとする。だが、俺は足を止めて店長の方へと向いた。


 「そうだ、店長は今まで一度も、最後まで大会に参加し続けたことって無かったよな。今回はしっかりと出なよ。最後まで自分のその目でしっかりと見れば、自分のしでかしたことが、そんなに悪いことじゃないって…そう思えるかもしれないからさ」


 俺はそれだけ言うと足早にその場を去った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
過去作紹介

結城中学ロボ部!!
学園×スポーツ×ロボット×VRMMO! 仮想現実の世界で巻き起こる少年達の熱き戦い!

おすすめ短編集
『ハーレムなんて絶対いやだ!』や『プロ・ゲーマー ノリ』などがあります
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ