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第6話 雪中の黒鳥

 リヒトがメイアの家に到着した頃、ノーデンメーヴェの城でもあることが起こっていた。


 執務室にはズィープトが居た。しかし、今この部屋には彼一人だけではなかった。彼の座る椅子の横には2人の若い女が倒れていた。2人とも気絶しており目覚める気配はなかった。

 そして部屋にはもう一つ別の気配があった。その気配はズィープトの座る椅子の前にある机の上から発せられていた。その正体はズィープトに鋭い眼光を向け微動だにしない1羽のカラスだった。

 そのカラスがどこから来たのかいつ入ってきたのかズィープトには知る由もなかった。そもそも彼は部屋に女を呼び女との遊戯に興じており気づくはずもなかった。

 

 『王子が女遊びとは世も末ですな』


 突如どこからか聞こえた声が部屋に響き渡った。

 ズィープトは周りを見回すが人の気配は一切なくただ一つ異質な雰囲気を放っているカラスだけが目の前にいた。

 

 『そういえば、王子とお会いするのは初めてでしたね。失敬』


 その声とともに目の前のカラスが1歩後ろに下がり軽く一礼した。


 『申し遅れました。私、リーゼ王国の魔法師をやっておりますアルプ・トラウムと申します。以後お見知りおきを』


 アルプと名乗ったカラスはそういうと礼を解き再びズィープトに向いた。


 「な、なぜ王国の魔法師などがこ、ここにいる!?いつからどこから入ってきた!?」


 ズィープトは次から次へと起こる出来事に軽いパニックに陥っていた。


 『私は堂々とあの扉から入ってきましたがね』


 アルプは部屋にあるただ一つの扉に顔を向けていった。


 『しかし、まさか国王のご子息が職務中に堂々と女と遊んでいるとは驚きですねぇ』


 ズィープトは何かにおびえるように冷や汗をかいていた。


 『王子もまだ血気盛んなお年頃ですし、その有り余る精力で子孫繁栄に勤められるのも結構ですが執務室で鍵もかけずに行為に及ぼうとするのはさすがにどうかと思いますがね』


 「き、貴様……!」


 ズィープトはアルプを捕まえようと腕を伸ばすがアルプに届く一歩手前でアルプに手が届かなくなった。


 『おやおや、せっかく王子の助っ人として駆けつけたのにそれはひどいですね』


 別にアルプが動いているわけでもないし、ズィープトが捕まえるのをやめたわけでもない。それなのに彼の手はアルプに届かない。距離も場所も何も変わっていないのに。


 「貴様何をした!」


 ズィープト怒鳴ったがアルプは聞こえなかったかのように無反応だ。


 『まあまあ。私は別にあなたを貶めるわけに来たのではないのですから落ち着いて』


 「落ち着いていられるか!クソが!」


 『なら落ち着かなくて結構です』


 ズィープトはいまだにアルプを捕まえようと必死になっているがアルプはそんなことは気にせずに話を始めた。


 『本国の人間、もとい王の耳にはまだあなた方の失態については何も届いてはおりません。まあつい昨日起きたことで報告が行くはずもないのですがね。しかし、いづれ本国からの視察団派遣と王による各都市の外遊が始まるでしょう。その時までに何とかしなければあなたの地位や名誉はすべて消え、下手をすれば王から絶縁されるかもしれませんね。そうなれば生きていくだけでも一苦労でしょうね』


 ズィープトはいつの間にかアルプを捕まえるのをやめていた。その顔は不安と恐怖に満ちていた。


 『まあ、そう落ち込まなくても。死ぬことはありませんよ』


 「ふざけるな!俺の地位や名誉が消えるだと!冗談じゃない!俺は最近ここに来たばかりなんだぞ!それなのに事件が起きたからと言って俺が処罰されるのはおかしい!責任は前任の者にあるだろうが!」


 ズィープトは混乱しておりわけのわからない理屈を言っていたがアルプは気にせず続けた。


 『私はあなたがそうならないように来たのですよ』


 「なんとかできるのか!?」


 『私が直接介入はできませんがあなたの手助けになるような情報は渡せます』


 「それはなんだ!?教えてくれ!報酬ははずむ!」


 ズィープトは嬉々としてアルプに迫った。


 『報酬はいりませんよ。私は王の臣であり王子の臣でもありますから当然の行いです』


 アルプはそういうと机の上にあったペンを加え、羽を広げて飛び立たった。すると、部屋の壁にかかるノーデンメーヴェの地図の前で旋回しはじめ、地図のある場所に加えていたペンを突き刺した。


 『この場所に討伐隊を送るのです』


 そこは都市の中心部からとても離れた場所であり都市開発が進んでいない地帯であった。


 『ここに〈彼ら〉は居ます。すぐにでも討伐隊を再編成し送り込むのです。なるべく人数は多い方がいいでしょう』


 「なぜこんな町はずれに奴らが居るとわかる」


 『それはいずれわかるでしょう』

 

 ズィープトの問いかけにアルプは言葉を濁して答えた。

 本来なら何の根拠もないことを信じる事はないのだが今回はズィープトにとって自らの立場がかかっていることでもあり失敗するわけにもいかなかったので彼は何の根拠もないアルプの話を鵜呑みにした。

 

 「今すぐに討伐隊を再編成して向かわせる」


 『賢明なご判断かと』


 再び机の前に止まったアルプが言った。


 『それでは私は本国にて事の顛末を楽しみにしております。もちろん先ほどの事は他言いたしませんゆえ』


 「助かったぞ。礼を言う」


 『当然のことをしたまでです。それでは王子、ごきげんよう』


 その瞬間目の前に居たはずのカラスの姿が突如として消えた。机にはカラスの漆黒の羽だけが残っていた。

 その王子の目に映る漆黒の羽は彼の野心を映し出しているようだった。


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