第5話 地下の雪姫
「ここが、私の家です」
少女に案内されリヒトはフルを背負いながら町はずれまで歩いてきた。辺りの建物の数はとても少なくその建物も都市中心部の建物に比べればとても簡素なものであり中にはレンガが崩れていたりひびが入っていたりする建物もあった。
そして少女の家は建物ですらなかった。少女は地面においてあった木の板を横にどけるとそこには四角い穴があった。穴は人一人分入れるほどの大きさで穴の奥にはわずかな光が見えた。少女は穴の側面につけられていた梯子を降りて行った。リヒトもフルを左手で支えながら梯子を降りて行った。梯子を降っていくとだんだんと光は近づいていきその光が近くになるころにはもう梯子を降りきっていた。
そこはまるでモグラの巣のようだった。梯子のある場所を起点にして3つの横穴があり、その横穴の中にも別の横穴へと通じる穴があった。穴には明らかに人間が掘った跡が存在し、穴は人が横に3人並んでも歩ける広さで縦幅も余裕があった。穴の土壁には錆びれたランプがいくつも火を灯しながらかかっていた。 少女は3つあるうちの正面の横穴に歩いていった。
「ここが私たちの『部屋』です」
そこにはボロボロのテーブルが一つあり地面にはクリーム色のところどころ破れかけの布が散乱していた。机の上にはいくつかの食器が並べられてありそれはとても清潔であるとは言えないものだった。
「ここに水は通っているのか?」
「水は少し離れた泉まで行かないとありません。今は私の妹たちが水を汲みに行ってくれています」
少女曰く水をためておくこともできないので1日に1回必ず水汲みに行くとのことだった。
「そういえば、まだ名前を聞いていなかったな」
「私は、メイアといいます」
メイアと名乗った少女はリヒトに名前を聞き返そうとしたがリヒトの背負うフルの様子に気が付いた。
「そ、その人すごく苦しそうですけど……」
「ああ、忘れていた。すまないがこいつを少し寝かせられるところはないか」
「ごめんなさい。ここにベッドはないんです」
そういうとメイアは机の周りに散乱していた布を集め木の棒を使って枕を作った。
「こんなものしかありませんが今はここに寝かせてあげてください」
リヒトはフルの頭を枕の上に乗せ寝かせた。メイアがその上から余った布を掛けた。
メイアは顔が赤くなっているフルのおでこに手をのせた。
「ひどい熱……それに怪我もしてる」
メイアは立ち上がると別の横穴のところに走っていき何かを持って帰ってきた。
「とりあえず怪我の方はまだ薬と包帯があったので何とかできますが、熱は下がるのを待つしかないです」
「それも人から盗った金で買ったのか」
メイアはフルのけがの手当てをしながらも少し顔がうつむいていた。
「お金なんてないですから。こんなことでもしないと生きていけないんです」
「お前の親はどこにいる」
リヒトの質問にメイアはその手を止めた。
「お父さんは魔族に殺されました。お母さんは私の目の前で酷いめに合わされて私の前で殺されました」
メイアはいつの間にか眼に涙を浮かべていた。
「魔族の奴らは人間の女を好むんだそうです。それでこの街が魔族に攻め込まれたとき捕まったんです。あいつらは私の目の前でお父さんを殺してお母さんを……辱めたんです。私の目の前で。妹たちは当時住んでいた家の地下に隠れていたので見つかりませんでしたが、私はお母さんたちのことが心配で見に行ったんです。そしたらあいつらに捕まって、私の前でそれをしたんです。」
メイアの眼に浮かんだ涙はいつの間にかボロボロと零れ落ちていき頬を伝っていく雫が見えた。
「魔族の奴らは言葉が通じないのに楽しそうにしてるんです。私は泣き虫でしたからそれをただ泣きながら見ているだけでした。そうして用済みになったお母さんをあいつらは殺して次は私に目を付けました。でもその時王国の騎士団の人たちが助けに来てくれて私と妹たちは助かりました」
メイアは手で涙を拭った。
「魔族が滅亡しても両親が死んでしまった私たちに生きていく術はありませんでした。家も物もなにもかも売りましたが4人の家族を養っていくには足りませんでした。幸い住む場所として昔採掘所として使われていたこの穴がありましたがそれ以外は全く。私は妹たちのためにも働く場所を探しましたが誰も私のようなのを受け入れてくれませんでした」
「だから盗みをはじめたと」
「生きるためにすることはダメなんですか?確かにいけないことをしている自覚はあります。最初も罪悪感でいっぱいでした。私は泣き虫ですから自分のしたことに自分で泣きました。でもこうしないと私たちは生きてはいけないのです。私達はそんな理不尽に死にたくないんです」
「……所詮は人が決めたルールだ。自分の目的のために何かをするなら盗みだろうが人殺しだろうがなんだろうが勝手にしろ。ただ、自分がいつその刃を向けられても文句は言えない。いつお前の周りで何が起きようともお前は何も言えないんだ」
リヒトはそういうと横になってメイアに背を向けた。
「俺は疲れたから少し寝る」
「あの、名前をまだ聞いてなかったのですが……」
「リヒトだ。俺は寝る」
メイアは立ち上がりリヒトの寝ている方へ回った。
(この人本当に寝てる……)
さっきまでメイアはリヒトの命を奪おうとしていた。それなのにいつの間にか自分の過去の話まで彼にしていた。
(本当に私って泣き虫だ)
吹雪の中を樽を背負いながら歩く4人の人影があった。皆幼くまともな防寒具も来ていなかったので何もおおわれていない手や顔には霜焼けができていた。
彼彼女たちはみな兄妹であり、メイアの姉妹たちであった。
「もうすぐ家につくよ。姉ちゃんが待ってるからがんばるぞ」
長男のラッツが言った。他の3人も気持ちを持ち直して前へ前へと進んでいく。
しかし、その前進は突然止まった。
彼らの前に現れたのは何十人もの武装した兵たちだった。兵たちはラッツ達を取り囲むと兵の波をかき分けて一人の男がラッツの前に出てきた。
ほかの兵たちはフードつきのマントを羽織り、その下に鎧を纏っていたがその男だけは黒のオーバーコートを着て帽子をかぶっていた。
「君たちの家はどこだい?」
男はラッツ達に質問を投げかけた。しかしラッツ達は思わぬ出来事が起きたことと恐怖によって口が動かなかった。
「僕たちも暇じゃないんだ。さ、早く教えてくれないかな?」
男は再び聞くがラッツ達は恐怖にすくんで何も答えることができなかった。
「処分せよ。この者たちは反逆者に加担している。速やかに処分せよ」
男がそういうと取り囲んでいた兵士たちはその手に持っていた銃をラッツ達に向けた。
ラッツ達は恐怖に涙していた。彼らは子供だ。泣きわめきその場から動くことができなかった。
「おねぇちゃん!たすけて!おねぇちゃん!」
男はラッツ達に背を向け歩いて行った。
「ごきげんよう」
その言葉を合図にいくつもの銃声が響いた。ラッツ達の叫びは銃声にかき消されて消えた。
文章追加しました。深夜の作業なのでおかしな点が多々あるかもしれません。
ちなみに文中のオーバーコートはドイツ軍の物を想像していただけると幸いです。