第4話 雪は本心を映し出す
「ズィープト様、侵入者の手掛かりがつかめました」
執務室に入ってきた男は足を組み椅子に座るズィープトに言った。
「侵入者は城の南に位置する第7区画に痕跡を残しており、そこで高濃度の魔力痕が検出されました」
男はそういうと文字の書かれた何枚かの紙の束をズィープトの机に置いた。
「こちらの報告書に術師団の報告が記載されています。彼らが言うにはこれほどの魔力痕が通常の魔術で残ることはまずありえないとのことです。こんなことができるのは高位の魔術師か魔法師でもない限り不可能だとのことで」
ズィープトは渡された報告書に目を通すと椅子から立ち上がり背にしていた窓際へ歩いて行った。
「ネズミどもはまだこの街からは出ていないはずだ。すぐにでも討伐部隊を編成し侵入者および脱走者を排除するのだ」
「しかし、侵入者の排除はともかく囚人の排除はまずいのでは?」
「かまわん。これ以上俺の功績に泥を塗るわけにはいかん。見つけ次第殺せ」
男はそういわれるとズィープトに一礼し部屋から出て行った。
(これ以上俺の顔に泥を塗られてたまるか!)
吹雪はとどまることをしらずますます激しくなっていた。そんな街の中をリヒトはフルを背負いながら歩いていた。二人ともまともな防寒具は着ているはずもなくリヒトに至ってはところどころ穴が開き破れている薄茶色の囚人服しか着ていなかった。
(追手の気配はないようだが連中も馬鹿じゃないはずだ)
リヒトにとって今最も恐れるべきは寒さや飢えなどではなく城からの追手だった。本来の彼であれば追手は蟻にも等しかった。それどころか城を潰すことすら可能だった。しかし、今の彼にはそんな力はなかった。
リヒトは『神の子』と呼ばれていた。それが事実かどうかはわからないが彼にはそう呼ばれてもおかしくないほどの力があった。彼はこの世界で唯一『神術』と呼ばれるものが使える。それは法術や魔術よりもはるかに強力なものであり魔法以上の力を有していた。また彼の眼には『神眼』が宿っていた。この神眼を用いることで彼は神術を使用することができる。今となってはその力を使うことはできないが使うことさえできればノーデンメーヴェ程度の都市は楽に破壊することができる。だが、リヒトは監獄で神眼を封印されてしまった上にほかの力も一切使うことができなくなっていた。よって今の彼はただの一人の人間に過ぎなかった。
(フルもかなり危険な状態にある。これ以上外に居続けるわけにはいかないな)
リヒトは周辺の民家や店を襲うことも一瞬考えた。だが、そんなことをして騒ぎになれば結局元も子もなかった。それに、危うい状態のフルを連れてそんなことをしたところで今の彼では成功するかどうかも怪しかった。
結局当てもなく吹雪の中を歩くしかなかった。
すると前から一人の少女がふらふらしながら歩いてきた。その少女はうつむいておりおぼつかない足取りだったので案の定リヒトにぶつかった。リヒトも別に気にしないといった様子で通り過ぎようと思った。
「おい待て」
声をかけられ体をビクッと一瞬震わせ立ち止まる少女。
「お前、この街の人間か?少し休める場所を教えてほしいのだが」
「や、休める場所ですかー、そ、そうですねー近くに宿屋でもありましたかねー……」
少女は不自然な口調で言った。
「そうか。ところで俺は今一文無しでな。食うものにも寝るところにも困っていたところなんだ。その背負ってる袋にたくさん入ってる財布から少しでいいから金を貸してくれ」
少女はその言葉にビクリとしその顔は青ざめていた。
「こ、こうなったら!」
そういうと少女は寒さで霜焼けができている手で腰に差した短刀を抜くとリヒトに向かっていった。
「あなたに恨みはないですけど死んでくださいぃ!」
少女は両手で構えた短刀をリヒトに向かって突き出したがリヒトは軽く横に避けフルを支える右手は動かさずに左手で少女の腕をつかみそのまま横になぎ倒した。
ズサッという音を立てながら少女はなぎ倒された。少女は立ち上がろうとしたが手に短刀はなくいつの間にか少女の目の前に立っていたリヒトがその短刀を持っていた。
リヒトはそのまま倒れている少女の首元に脅すように短刀を突き立てた。
「人を殺そうとするということは自分が殺されても文句は言えない」
リヒトの言葉に少女は全身を震わせその目には涙を浮かべていた。
「ご、ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!」
少女は泣きながらリヒトに謝っていた。
「ほ、本当は私だってこんなことしたくはありませんッ!で、でも家族のためにこうするしかなかったんです!だから、どうか、許してください!」
少女は涙ながらに必死に訴えるがリヒトは微動だにしなかった。
「それは家族を口実に許しを得ようとしているだけだ。お前の本心はなんだ」
「だ、だから、わたしはっ」
「お前の本心を言え。本心が言えないやつを生かしておく義理はない」
リヒトは短刀をゆっくりと首筋に近づけていった。
「わ、わたしは!い、生きていたいです!命だけは、助けてください!」
リヒトは少女の言葉を聞くと短刀を下げた。
「命は助ける。代わりに宿を提供しろ」