第1話 雪の降る街
その街は大雪に見舞われていた。視界が悪くなるほどの降雪と肌が凍るほどの寒さに街の人々の姿はどこにもなかった。明かりのついた家々からは食欲をそそる料理の匂いやそこに住んでいる人々の声がした。街路を歩くのは頭から全身を覆う薄汚れた茶色の布を纏っている1人の人間だけだった。布でほとんどが隠れており身体的特徴はわかりづらいが背は高く体格は大柄というわけではなさそうだった。
その北方の大都市『ノーデンメーヴェ』に薄汚れた布を纏い街路を歩いている『彼女』、フル・ズィルバーは居た。
ノーデンメーヴェは世界の最北にある都市であり、降雪量は違えど雪の止まない街であった。フルは運悪く1年で一番降雪量が多いタイミングにこの街に来ていた。大都市なだけあって街並みは整備はされているものの非常に複雑になっており別の都市から来た人間にとっては大迷宮であった。フルもその一人であり、ノーデンメーヴェに足を踏み入れたのは今回が初めてだった。そのおかげで到着した朝から夜の今までずっと街中をさまよっていた。布に覆われていない顔の鼻から上に見えるひびの入った眼鏡の奥から覗くフルの目からは極度の疲労を感じさせていた。すでにフルの体は限界に近く彼女の体はいつ倒れてもおかしくないくらい消耗していた。しかし、彼女はある目的地にひたすら向かっていた。そこは街の案内板や街の地図にも載っていない。その場所を知るのは王国政府と一部の人間のみである。
『第0番監獄』。そこに彼女は向かっていた。
監獄とは犯罪者や捕虜を収容しておく施設でありどんな罪状であっても犯罪者は裁判ののちどこかの監獄に収容されることになる。監獄は都市ごとに存在し、ノーデンメーヴェにも『第13監獄』が存在している。だが、この街には公にされていないもう一つの監獄が存在していた。『第13監獄』が街から遠く離れたところに存在するのに対し、『第0番監獄』は街中に存在していた。『第0番監獄』の存在は一切公開されず街の人間や街の下っ端役人に聞いたところで笑われるだけである。なぜならば、その監獄はある目的のためだけに作られその目的を公にされると王国政府が大変困るからであった。そしてフルはその監獄に向かっている。街中に存在するという情報だけを頼りにフルは歩いていた。
しばらく道なりに歩くとフルはあるところで立ち止まった。そこで膝を地面につき座り込んだ。その時のフルはとてもうれしそうな笑顔だった。
「なあ聞いたか。次のこの街の領主の話」
壁にかかるランプの光だけが明かりとなる場所で2人の男が話している。
「ああ、聞いた。なんでも次の領主は王の第7皇子なんだってな」
「そうそう。前任の領主も大概だったが第7皇子はもっとひでぇらしい」
「うげぇ、そりゃ困ったな。ただでさえ政府の目が届かない場所だってのにまたひでぇのがくんのか」
「これじゃあ俺たちも飯にすらありつけねぇや」
「全くだ。俺たちはさんざん巻き上げられて終わりってこった」
「こんな街さっさと潰れりゃいいのに」
「おいおい、それじゃあ俺たち住むところもないぜ?」
「そんときゃあ、草原で野宿だ」
2人の男はそんな話を話していた。ある牢へとつながる階段の扉の前で。
音が聞こえる。とても大きな音が。何かを壊す音。何かが壊れる音。何かが壊される音。
階段を下りる音がする。その音は近づいてくる。その音はとても弱っている。
また何かを壊す音がする。とても近くで。音だけがする。音だけが。
「久しぶりだね。会いたかったよ。リヒト」
女の言葉が聞こえた。