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天然王女の婚約者

とある雪の日の奇跡

作者: 羽月 紫苑

 レフシア王国の王城内、国賓として訪れた私に与えられた客室。

 見慣れ始めた部屋の中で目覚めた私は、ぶるりと寒気を感じて身体を震わせた。何事かと大きな窓へ目を向ければ、ふわふわと空から落ちてくる白いものが見える。

 「わ、いつの間に……」

 小さな声でそう呟きながら窓の下を見下ろせば、城の広大な庭は白銀に包まれていた。雪は毎年降るけれど、これほどの大雪は十年に一度くらいだ。寒くて濡れるけれど綺麗だなぁなんて思っていたら、とんとんと扉がノックされた。返答を返せば、ナミが笑顔で入ってくる。

 「おはようございます、姫様。珍しいほどの大雪ですね」

 「おはよう、ナミ。本当にそうね。そこまで北国ってわけでもないのに……」

 「でも、雪ってロマンチックで素敵ですよね」

 「寒いけれどね。今日は暖かくしなきゃ」

 そんな他愛のない会話をしながら、生地が厚めのドレスに着替える。部屋は暖かいけれど、廊下に出ればきっと寒いだろう。

 「今日は、部屋の中でお茶でも飲んで過ごしたいわね……」



 *****



 暖かい部屋の中で、ゆっくりお茶でも飲んで、ナミと談話でもして過ごしたい。

 そう思っていたのに――――、

 「いやぁリイナ姫、とても美しい雪景色ですね。もちろん、貴女の美しさには敵いませんが」

 どうして、こんな状況になっているのだろう。

 私の目の前にいるのは、きらきらとした笑顔を浮かべているアルヴィン様。そして、苦々しげとまではいかないまでも、どう見ても楽しくなさそうなイル様。その後ろで寒さに頬を染めているのは、アリス様。

 どうしてこんな状況になったかといえば、なにもかもお妃様のせいだ。

 ″白い庭園は素敵ですよ。この機会に、どうかイル達と親交を深めてね″という笑顔のお妃様の提案で、私はアヴィンセル三兄妹と城の庭に出ているのだ。

 「……そうですね。美しいですね、雪が」

 寒さで動かない顔の筋肉をどうにか動かし、笑顔を作る。

 「この寒さなら、庭園の池も凍っているでしょう。それもまた美しいですから、そちらに歩きに行きましょうか」

 そう言いつつ階段を降りたイル様は、ふとこちらへ振り返った。

 何かあったのかと思えば、すっと左手を差し出してくる。

 「……凍りついていて、この階段は滑ります。どうぞ」

 「……へ?」

 きょとんとイル様の大きな手を見つめていたら、彼は大きくため息をついた。

 「なにを呆気にとられた顔をしているのですか。これくらいするのは常識です」

 「……あ、そう、ですよね。ありがとうございます」

 珍しく優しくしてくれることを嬉しく思って、手を伸ばす。

 なんだ、少しは婚約者らしいじゃない――――と、そう思った刹那。

 「……あ…………っ」

 ずる、と足を滑らした。

 イル様へ伸ばした手は見事に空振って、私は派手に悲鳴を上げつつ、白銀の大地へ飛び込む。

 すぐ傍に立っている彼が、そんな馬鹿な、と呟いたのが聞こえた。

 ああ、顔を上げたくない。彼の顔を見るのが怖い。出来ることならこのままずっと雪に埋まってしまいたい。そう願っても、それが許されるはずもなく。

 「……大変、お見苦しい所をお見せしまして……」

 小さな声でそう呟きながら、よろりと身体を起こした。恐る恐る顔を上げれば、呆れ果てた顔をしたイル様。

 「……まさか、こんな短距離で、手を貸すよりも先に転倒するなど思ってもみませんでした」

 「し、失礼なこと言わないでください!! 否定……は、出来ませんけど!」

 いつもの嫌味を言いながらも、手を貸して引っ張り起こしてくれるところだけは優しいのだろうか。

 体制を整えながら服についた雪を払っていると、にこやかな笑顔を崩さないアルヴィン様が近くに来ていた。

 「大丈夫ですよ、リイナ姫。貴女なら、白い雪を纏っていても、まるで花弁か、それこそ天使の羽が舞っているような……」

 「ありがとうございますアルヴィン様。丁度雪もたくさんありますから、少し頭を冷やしてみては?」

 そしてどうか、ご自分のその言動をお直しくださいませ。

 最後の言葉を小さな声で付け足したのに、それに気付いていないのか、アルヴィン様はにこやかな笑顔を崩さない。

 「雪も美しいですが、リイナ姫にはやはり花がお似合いですね。一面の雪景色ですが、美しい花を一輪探して参ります」

 なに、愛の力があれば簡単なことです。

 きらきら輝く笑顔を浮かべたアルヴィン様は、そんなことを言いながら雪の中を去っていく。

 「……姫も、言うようになりましたね」

 ふいにそんな声がして隣を見たら、呆れた顔をアルヴィン様を見送るイル様が立っていた。

 これはきっと、隣国の王子に何を、とか、婚約者の弟に対してその無礼は、とか言われるに違いない。そう思って身構えていたのに、彼の口から出てきたのは意外な言葉だった。

 「どうぞ、これからは心置きなく言ってやってください」

 「……は?」

 「アルヴィンの頭を醒ましてやる何かが必要です。いつまでもあんな浮いた言葉を言っているわけにも行かないでしょう」

 「それもそうですね。あんな言葉を恥ずかしげもなく口にするのなんて、アルヴィン様くらいですもの」

 イル様の言葉にくすりと笑みを漏らした私は、ふと我に返って隣を彼を見つめた。

 彼と話していて笑うなんて、珍しい。もしかすると初めてかもしれない。

 「……どうしました? 私の顔になにか?」

 私の視線に気付き、彼もまたこちらを向く。

 雪が太陽を反射して辺りは眩しいほどに明るいというのに、その中でも彼の瞳は暗いほどの紫だった。

 吸い込まれそうな瞳だな、なんて一瞬思い、慌てて首を激しく横に振る。

 「……何思ってるの私。これじゃあまるでアルヴィン様じゃないの……」

 そんなことを小さく呟きながら、どうしようもなく恥ずかしくなって、足元の真っ白い雪を見つめた。

 「……姫? 本当にどうかした……」

 「な、なんにもありませんから!」

 雪のせいなのか、なんだか今日はおかしい。

 もう、と心の中で呟きつつ顔を上げれば、頬を膨らませているアリス様と目が合った。目を逸らすのも躊躇われて、そのまま見つめ続ける。しかし、いつまで経っても彼女は視線を逸らそうとはしない。

 「……あの、アリス様、なにか?」

 「……リイナ様、私の前で、お兄様といちゃいちゃしないで頂けますか?」

 「い、いちゃいちゃなんてしておりませんっ!!」





十年に一度? 何十年に一度? の大雪ということで、突発的に書いてしまいました。

リイナとイルが本編よりも恋愛っぽい気がしております。←

あと、アルヴィンは動かしやすくて好きです(笑)。


タイトルの「奇跡」は、リイナとイルが珍しく仲良く(?)してるということで付けました。微笑ましい二人になっていたら良いなぁと思っております。

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