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 大学に通ってもう二年。ただ毎日は過ぎていく。

 サークルでの飲み会。無気力な講義。汚れる壁。ゆっくり流れる空。鳥の糞がついたベンチ。


 目に見えるものは何も変わっていないような気がしていた。毎年、その時その時に同じようなことの繰り返し。自分の生活にこれといった刺激なんてない。唯、何も考えずに毎日を過ごす。


 頭は悪いから適当な大学の適当な学部に入ってしまった。やりたいことも特にないし、見つかりもしない。と言っても趣味はある。でもそれは趣味であって未来につながることではない。頭でわかっていても未来予想図を描くことができない。

 毎日が来ることに不安はない。必ず来てしまうし、止められることも出来ない。それにこの国は毎日が平穏に流れることは誰もがわかっている。どんな事件が起きようが自分の身の回りにそれが起きない限りは毎日が乱れることはほとんどない。


 でも否が応でも一人の社会人になるという通過点が来てしまう。これは自分の身の回りが変わる一つの事件なのに、何をすることも考えることもしない。頭では分かっているけど。理由は色々。


 人間そんなもんだろうと根拠のない割りきりでここまで生きてしまったことに若干の後悔とどうにかなるだろうという曖昧。


 



 そんな不安も忘れて、今日は家でテレビを見てパソコンを開く。

 いつもは動画やゲームをしているが今はショッピング。欲しいものがあったので検索をかけて値段やレビューをみて判断していた。そんなときであった。


「上手くいく薬」


 という商品が出品されていた。説明を読んでみると、たったこれだけだった。

「これを飲めばなんでもうまくいきます」

 誰がこんなもん買うんだ。そう思って、何も気にしないでまたネットショッピングを続けた。

 


 別日。


 今日もサークルという名の飲み会。今週はもう五回目の飲み会。バカ騒ぎして不毛な話して、女の話をしてー。ただこの楽しい時間に金を払って浪費するだけ。

 こんな生活がずっと続いて、ずっと楽しい時間がずっと続けばいいのに、と思う気持ちと何か違う変化が欲しいという気持ち、相対する気持ちのようだけど―。おそらく欲求不満なのだろう。

 

 別日。

 

 また今日もパソコンの画面にへばりつく。そしていつの間にかこないだの「上手くいく薬」のページを眺めていた。

 評価も、これといったレビューもない。まあそれもそのはず、在庫数は「1」であった。値段を確認すると4976円。「よくなる」って読めるようにしているのか。「6」が「る」って読むのはどうなんだ。

 無理矢理ゴロを合わせたような値段だ。こんな値段設定だと余計に嘘っぽい感じがにじみ出ている。それにこの5000円近い値段だと二回は軽く飲みに行けるという単純計算も頭に浮かんでしまった。

 登録情報をみると「2000/01/01」に出品されていた。誰にも手を付けられずここにあるのか。いくら薬でもここまで時間がたっていたら腐っているんじゃないかと疑わしい。でもなんだかネタ的な感じでこれを買ってもいいような気がしてきた。そして、ワンクリックで購入が決定した。


 それから三日後。それは届いた。

 手のひらサイズの小さな箱を受け取りサインをしてお金を払った。宅配員のおじさんもやはりこの商品名を目にしては不思議な顔を隠しきれない様子だった。

 自分の部屋に持って行きその小さな箱と睨めっこ。5000円近く払っておいてこの大きさには驚いた。もう少し大きくてもいいのではないか。でも値段意外に別段おかしなところもないし、おしゃれな舗装もされていない。普通と言う以外何も言えない箱。箱の頭に指を入れて開けると紙屑が敷き詰められていた。唯紙屑だけが敷き詰められただけかと思ったが指を奥まで入れてみると個体らしきものが確かめることができた。

 引っ張り出すとこれまた小さな小瓶が出てきた。ラベルも何も張っていない茶色の小瓶であった。器用にはまった小さなコルクが中身を守っている。

 親指と人差し指で軽くつまんで電灯にあててみると、中には液体らしきものが入っているのがわかる。それにしてもこの小さなコルクはどうやって開ければいいのだろうか。一旦机にゆっくりおいて席を離れる。

 勉強机の引き出しを漁るとピンセットが出てきた。中学生の時に理科室から拝借したときの物だ。ところどころ錆びついていたが気にせずコルクを掴む。小さいながらもキュッキュッという音を出しながら上手く開けることができた。

 いきなり飲むのも怖いのでまずは匂いを嗅いでみる。小瓶の上を手扇で軽く鼻まで風を送るがこれといった匂いはしない。

 それと飲む前にスマホで記念撮影。それからツイッタ―に挙げてみる。


 「『上手くいく薬』という超怪しい薬が届いたなう。」


 少し時間を待つとリプライが来ていた。


 「は?何これ?」


 「ちょっと通販で頼んでみたw」


 「上手くいくって何?」


 「これを飲むとなんでも上手くいくって説明が書いてあった」


 「お前アホだろw」


 これくらいの反応しかなかった。


 時間がたつにつれて懐疑心が強くなってきた。もしこれを飲んだら、何かしらの後遺症とか、死んでしまったらどうしようとか、そういう単純な心配がいっぱいになってきた。でも頼んでしまった上にコルクも開けてしまっている。ここまできて水道に流すのはもったいない。5000円もしたんだ。

 ここは男。ぐっと飲むしか。

 親指と人差し指で小瓶を掴み、腰に手を当てて一気に口の中に流し込む。ほんの一瞬味わって喉を通過した。

 目をつぶり、小瓶を置いて座り込む。じっと何かが起きることを待ち構える。が、特に何が起きるわけでもない。腕まくりをしたり、足の裏を観たり、鏡で口の中を観たり、上半身裸になったり、トイレをしたり、してみたが、何が変わったのかわからない。もう一回箱を覗いてみると小さな紙面が出てきた。


 「飲めばよし。」


 なんだそれは。そんなざっくりとしたメッセージだけでいいのか。と思い裏面を見るとちょっと何か書いてあった。


 「毒はなし。即効性はなし。時をまて。」


 自分はおみくじでも引いたのかと突っ込みたくなるような文章だ。でもこれ以外信じることが出来ないのでこれを信じて待ってみよう。


 といっても今日この後の予定が全くない。この薬の効果を試しようにも試す予定が出来ない。

  LINEで友人で唐突にメッセージを送る。


「今日暇?」


 さっきリプライしてくれた奴に送ったからおそらく暇であろうという推察のもとのメッセージだ。


「え?暇だけどどうしたの?」


「ことは一つに決まってるじゃないか」


 という遠回しの言い方から始まりお出かけの予定が決定した。






「で、集まったはいいけどどこにいくの?」


 自分自身としてはただ集まってプラプラするだけが目的であって、どこかにいくことは目的としていなかったので驚いた顔をした。


「おい!お前が誘ったんだから考えとけよ!」


「まあまあここは大都会、東京も中心部だ。何を焦って目的を見つけることはない。恐らく目的が我々の方に近づいてきてくれる」


「何言ってんの?」


「とにかくだ。プラプラ適当に散策しようではないか」


という事でなれた足取りで散策開始。

 服屋や雑貨屋、本屋という感じのお店をぐるぐる回る。でも、これと言った効果はまだ現れず、つかまされたという感覚にもなってきた。

 上手くいく薬というだけあって、効き目が出てくるまで時間がいるのだろうか。


「全然上手くいくことが無い」


「いきなりどうした?」


「さっきツイッターで載せた「上手くいく薬」。飲んだから何か効き目あるかなーって思ってお前と一緒に街プラプラしてたけどそんなこと一つも起きない」


「確かにな。というか今日のプラプラはそれが目的?」


「そーだよ。なんかわりーな。缶ジュース奢るよ」


 そう言って自販機に向かってかけて行く。暑くもなく寒くもないこの秋の季節、自販機だけは夏模様だ。コインをいれて好きなジュースを選ぶ。するとスロットが稼働。その間に取り口にジュースが落下してきたので取り出し、もう一つコインを出そうとした時だった。


「あ」


「どうした?」

 

 横から覗き込んだ友人も驚いていた。


「そのスロットって当たるの初めてみた」


「俺も初めてだ。もしかしてきたかも」


友人と顔を見合わせて僕は口元をゆるませた。


 それからだった。服屋や雑貨屋、本屋を回ると次々に欲しいものが現れるわ、安いわ、希少品が出てくるわ。自分自身にとっては驚くほどに、嬉しいほどに巡り合う。


 友人は少しばかり呆れ顔であった。あまりに自分の欲しいものがくだらないものばかりだったから。そしていつの間にか両手は紙袋で塞がれていた。


「まあよくもこんなに買ったな」


「いやーほんと。初めてだよこんな大人買い」


 一段落して友人と別れて帰路についた。






 それからだ。結論。なんでもうまく行く。グループワーク、ディスカッション、実験、レポート、人間関係、自動販売機のスロット。


 周りの人もこんなにうまく行く姿をみて段々僕に寄りついてきた。友人も増えて色々な飲み会に行ったり、全然知らないサークル活動に参加したり、違う学科だけど勉強助けたりと色々。

 自分自身適当にやっているだけなのだが殆どが上手くいく。気持ち悪いくらいに。

 そんな時だった。いつもの講義にいつもの時間、いつもの席に座っていつもの友人と話していた。


「あのー、隣いいかな?」


「いいよ」


 ろくに顔も覚えないくらいに振り向いて、また友人と話の続きを楽しみ始めた。するとまた話しかけられた。


「あの、今日筆記用具忘れちゃって」


 女性の声だったのが今わかった。流石に二回目はちゃんと振り返って筆箱を開けてボールペンを渡した。


「はい、どうぞー」


「ありがとう!」

 

 目があってやっと気づいた。この子去年学祭のミスコンに選ばれてた人だと。この大学にはもったいないというぐらいの美女であった。そこまでは良かった。ボールペンを貸しただけなのにとてつもないお礼をされた。

 

 その子はボールペンを嬉しそうに受け取ったあと、僕の肩に腕を置いて顔を近づけてきてキスをした。


 







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