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美しき遺体  作者: 道化師
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第三章


 正午過ぎにインターフォンがした。

 緊張しながら出てみると、そこには和村先輩ともう一人知らない男の刑事がいた。

女性ものの黒いスーツを着た和村先輩はいつものように髪を後ろで縛っている。

 もう一人の男の刑事はネクタイこそ巻いてないが、黒いスーツをキッチリと着こなしていた。

 筋肉質な肉体と短く切り揃えられた髪が、攻撃的な印象を私に与えている。

 眼光は鋭く、まるで私の嘘を見抜いてやる。というような雰囲気を持っている。

 警察手帳を見せながら、確認をとったのは、男の刑事。


「こういう者ですが、右京大輔さんですね」

「は、はい。あの、中へどうぞ」


 心の準備はしていたのだが、しどろもどろな喋り方になってしまった。

 そのほうが自然でいいのかもしれない。

 私は慣れない手つきで狭いリビングに二人の刑事を通す。


「千裕のことで、なにかわかったんですか?」


 ドラマのような口調になっているような気がした。でも、刑事は気にしていないようだ。

 男性刑事が答えてくれた。


「今、千裕さんの事件につきましては目下、捜査中です」

「他殺か自殺かだけでもわかりませんか?」

「捜査中です」


 繰り返された一言が、なんの情報も与えないという意思表示に思えた。

 二人とも場馴れしているようで、落ち着いている。それとは対照的に、私は完全に萎縮してしまっていた。

 私が情けない顔をしていたのだろうか、和村先輩が業務用の声で言った。


「警察はこの事件を多面的に見るために、現在、事情聴取を行っています。ご協力お願いできますか?」

「はい。僕にできることがあれば」


 またしてもドラマのような返答になってしまった。しかし、これが正しい反応なのかもしれない。

 ドラマは演出と同時にリアリティもなければならない。そういう意味では、ドラマのような行動と言うのは一種の正しいリアクションなのかも知れない。

 この問いの答えを知らないので、これ以上アはなんとも言えないが。

 次に口を開いたのは、男性刑事だった。


一昨日(おととい)の早朝。あなたはどこで、なにをしていましたか?」

「早朝…。私は六時頃までいつも寝ています。職場も近いので」

「ご職業は、警察官でしたね」

「はい。生活安全課です」


 私の答えは全て、二人の刑事の手帳に網羅される。


「では、勤務する前にどこかへ行ったりはしていないと」

「はい。何もしてません。ただ、六時半頃に入院中の母の容体がまた悪くなったという電話があったので、電話をしてました」


 まったくどうでもよいことを言ってしまった。

 隠し事をしてはまずいと思い、つい言ってしまったことではあるが、これはどうでもよいことでしかない。

 男性刑事は慣れているのか、そんな私のパニックをよそに、次の質問に移る。


「亡くなられた鮎川さんとは、どのようなご関係だったのでしょうか?」

「恋人です」

「事件当日、鮎川さんの家に訪れましたね」

「はい。そこで、その…」

「鮎川さんを見て、救急車を呼び、警察に通報した」

「はい」


 ミスはしていないだろう。

 しかし、返答の一つ一つが辛い。息が詰まる。

 これが本物の迫力なのだろうか。そうだとすると、私は一生をかけても一課の刑事にはなれないだろう。

 千裕のことについて詳しく聞かれるのは、ここからだろう。

 私は気を引き締めた。


「率直に聞きますが、鮎川さんに自殺の兆候はありましたか?」

「私が知る限りでは、皆無でした。最後に会った時も、明るくて前向きないつもの千裕でした」

「鮎川さんがあなたの前でだけ、無理をしていたということは?」

「多分、…ないと思います。千裕は昔から嘘をつくのが下手なタイプで、いつも自分に正直に生きてましたから」

「なるほど。では、金銭面で困っていたということは聞きませんでしたか?」

「千裕のお姉さんが、どこかの臓器を悪くしてしまって、それで移植のためにお金がいるという話は聞きました。でも、母親と協力してなんとかできると言っていたので。私も微力ながら援助はしてました」

「なるほど。人間関係はどうですか」

「聞いた限りではないです。近所の人も職場の人も、皆いい人ばかりで助かっていると言ってましたから」

「鮎川さんが生命保険に加入していたのは、知っていましたか?」

「いいえ。知りませんでした。もしかして受け取り人が親族ではなかったんですか?」

「まさか。個人情報なのでお答えできませんが、そんな作り話のようなことはありませんよ」


 確かに、お金がほしいからと言って、そんな暴挙をするような人はいないだろう。

 お金が欲しいなら、警戒心が弱そうなおばさんのバックを引っ手繰(たく)るほうが簡単だ。

 千裕が千裕のお母さんに殺されたというなら話は別だが、千裕のお母さんは、今、千裕の姉の千里さんのために頑張って働いている。

 娘思いの母親が娘を殺すようなことはしないだろうし、上京している千裕を殺すような時間的な余裕もないはずだ。


「事件当日に、現場周辺で怪しい人影を見ませんでしたか?」

「いなかったと思います。千裕の死体を見た途端に、情けない話ですけど、パニックになってしまって」

「鮎川さんのアパートに行くまでの間に、不審な人物を見たりはしていないですか?」

「わかりません。その日は、その、プロポーズをしようと思ってまして、周りが見えてませんでしたから」


 一瞬、和村先輩の顔がほころんだ。でも、すぐに悲しみに変化した。

 きっと、甲斐性がない私が、プロポーズをしようと決心したことを褒めようという気持ちだったのだろう。

 しかし、甲斐性がない私が決心するぐらい愛した人を、私は亡くしてしまったのだ。


「現場を見たときに、なにか気づいたことは、ありませんか?」

「玄関が散らかっていたことぐらいです。千裕は日頃から片づけをちゃんとしていたのに、その日は散らかっていた」

「他には?」

「…もしかしたら、鍵が開いていたかも知れません。その、鍵を開けたと思ったら、開いてなかったので、もしかしたら、最初から開いていたのかも知れません。私の勘違いかも知れませんけれど」

「よく思い出してください。鍵は最初から開いていたんですか?」

「……。断定できません。その時は別のことで頭がいっぱいでしたから」

「思い出したら、警察に連絡をください」

「はい。すみません」


 刑事の悔しそうな顔を見ると、私としては情けない気持ちになる。

 期待に答えられなかったからではない。千裕の(かたき)を取るためのピースをを、生み出すことができなかったからだ。


「他に気づいたことはない?」


 和村先輩が私に言う。

 考えてみるが、考えれば考えるほど、何も浮かばない。


「わかりません」


 不思議な感覚だった。

 わかりません。そう言った瞬間に、なにかが私の中ではじけ飛んだ。


「あの、ドアを開けた時なんですけど、玄関が散らかっていたから、靴を押すようにして開けたんですよ」

「それで?」


 私が続きを言おうとしたら、和村先輩が割り込んで言った。


「犯人はドアから出ていないってことですね」

「はい。そうだと思います」


 もしも、犯人が玄関から出たというならば、私が玄関のドアを開けた時に、靴を押すようなことにはならない。

 犯人がドアから出ていないから、靴が玄関に広がった状態になり、私がドアを押したときに靴を押しながら開けることになったのだ。


「しかし、もしもその通りなら、この事件は自殺でもないし、他殺でもないということになるぞ」

「どういうことですか?」


 男性刑事はしまったという表情を見せたが、すぐに表情を戻し、以外にも答えてくれた。


「被害者鮎川千裕の死体の近くに足場にしたと思われる椅子や台が見つかっていないんだ」


 きょとんとする私を見て、和村先輩はためらいがちに続く。


「もしも、自殺だとしたら、鮎川さんは首を吊るロープに飛びついて首を吊ったことになるのよ」


 もしくは、首をロープで絞めた状態から、ジャンプして天井にロープの先を引っかけたということだろう。

 私は理解した。

 今回の事件の特殊性と、なぜ私が疑われるのかを。

 現場の状況から、自殺だと考えにくいのだ。

 そして、他殺だと仮定するならば、犯人は玄関のドアを開けずに外に出たということになる。

 千裕の部屋は三階。下がコンクリートだということを考えると、飛び降りたとは考えにくい。

 上の四階に上がったというのはもっと、不自然な発想だろう。

 流石に場馴れした刑事も、言葉に詰まったようだ。

 捜査の方向性を失い、次の問いが浮かばない。

 二人の刑事は短い相談の結果、一度本部に戻ることにした。


「お疲れ様です。また何か思い出したことがあれば、連絡ください」

「わかりました。その、千裕を殺した犯人を、絶対に捕まえてください」

「警察として、全力を尽くします」


 二人の刑事はそのまま駐車してあった車に乗って、エンジンをかけると本部に向かった。

 一人残された私は、胸の中で揺らぐ不安を、無理やり吐き出すように溜息をついた。



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