エピローグ
「この事件を殺人事件とします。自殺となると方法が不明です。それに比べて殺人なら、方法は和村君の推理をそのまま採用できる」
いつもの緊張感のない声で森谷は決定した。
多くの刑事ががもっとちゃんと捜査するべきだと主張したが、森谷は却下した。
現金が部屋からなくなっている点が決め手となり、事件は正式に殺人事件となった。
だが、森谷はいつものように事件を処理することはしなかった。この事件は数年後時効となる。
彼も鮎川千裕の事件の真相を見抜いていたのかも知れない。
千裕の姉の中で、誰かの臓器が動いている。
臓器を移植し、リハビリに耐え、退院してから母と二人で始めた定食屋「千裕」。
鮎川家は今でも、女三人で生きている。
その定食屋の常連に、右京の姿があるのは特筆するべき点ではないだろう。
右京大輔は、自ら異動することを希望し、希望通りに千裕の故郷の交番に勤務することになった。
勤務先が変わってから数年した頃、小さな町で彼はこう呼ばれている。
「警察の独身のおじさん」。
本人はお兄さんだと否定しているが、三十路を過ぎたても、まだ独身貴族である彼をお兄さんと呼ぶ人はいない。
右京自身、しばらくは誰ともお付き合いしたくない、と公言している。もうしばらくは独身だろう。
上司は柔和で優しそうな人だった。島宿蘭という上司を一時的にとは言え、経験している彼にとって、不安要素が一つ、解消されたに違いない。
島宿蘭は鮎川千裕の事件の捜査の方向に苛立ちを隠さずに、全権を森谷に渡し、真に勝手ながら捜査本部から抜けた。
彼が目の前の事件から手を引いたのは、それが最初で最後のことだった。
もしかしたら、彼も巧と同じく、事件の真相に気づいていたのかも知れない。
いずれにせよ、事件をを森谷に荒らされた島宿は和村に八つ当たりした。
和村は相変わらず、島宿の下でせっせと働いていた。
上司の愚痴を巧に言うのが彼女の日課だ。
そして、愚痴を言うついでに、事件についてアドバイスをもらうのが、和村と巧のいつものパターンになっていた。
巧の存在のおかげで彼女は功績を残し、巧が大学を卒業前に、警部補に昇格することができた。とは言え、未だに島宿の部下である。
彼女の日課が巧に愚痴を言うこと以外になる日は遠そうだ。
巧は大学に無事に進学した。
孤児院から出て行き、今は一人暮らしをしている。
孤児院で年下から頼れる兄貴として絶大な人気を誇っていた彼は、孤児院を出るときにこう言った。
「安心してね。大学を卒業したら、ここで雇ってもらう予定だから」
偶然にも、右京の思い描いていた家達巧の探偵像に近づきつつあった。
彼は大学に在学中、目の移植を受けることになる。
その時、彼の脳裏に鮎川千裕の事件のことが蘇るだろう。
また、彼も右京と同じく、恋人を作らなかったという。
その理由は、もしかしたら、いつも自分の所を訪れる婦警に密かに恋をしているからかも知れない。
巧は、いつも思う。
悪い人はいないのだと。世界中の人は全て善人なんだと。
探偵として、犯人さえも思いやることは、致命的な欠点なのかも知れない。
しかし、巧は人を思いやることを、止めない。
人を思いやれなくなってしまったら、それはとても寂しいことだと、思うから。
巧は、いつも思う。
この世から事件が消えて、探偵なんて言葉が消えてしまえばいいのに、と。
本心から、本当に、本気で。
Fin




