第八章
「なんか、そんなに食い入る様に見つめられると、照れるな」
和村先輩はキョロキョロと目を泳がせながら言った。
その仕草に苛立ちを覚えているのは、私だけではないだろう。
そう思っていたのだが、それは違った。
家達君は心のスイッチをちゃんと切り替え、私達のために夕飯の準備をしてくれていた。
台所に立つ家達君の後ろ姿は、さながらお手伝いをする男の子。そんな感じだった。
だが、聞こえてくる規則的な包丁がまな板に当たる音や、ジューという音と共に私の食欲を刺激する香りは、子供のお手伝いの範疇を超えているものだ。
彼曰く、「和村さんが喋りやすい環境を作る」だそうだ。
早く真相が知りたい私としては、彼の行動が歯がゆい。
「お待たせしました」
家達君が持ってきた料理を見て、私の第一印象は、一体、私の冷蔵庫のどこに、こんなおいしそうな食材があったのだろう? だった。
「ご飯を炊く時間が勿体なかったので、僕の気まぐれパスタにしてみました」
"シェフ"の気まぐれパスタと言わない所が彼らしさだ。
よく言うと奥ゆかしい。悪く言うと引っ込み思案。それが彼らしさなのだと、私は気付き始めていた。
ピーマンやニンジンなどの野菜を使って綺麗な色合いを出しつつ、炒めたひき肉のおいしそうな香りが食欲を刺激する。
私はハッとした。パスタなんてどうでもいい。私が知りたいのは事件の真相だ。
自分の目を覚ますように両頬を二回叩いた。
その間に家達君は三人分にパスタを分け―――ちゃんとお代わりも確保して―――、大きめのカップに注がれたスープと一緒に配った。
和村先輩はスープを一口飲むと、おいしいと感想を言う。
「先輩。そろそろ事件の真相を教えてくださいよ」
半ば泣く様に私は言った。
「先に断っておくけど、説明は下手くそだから、わからないことがあったら遠慮なく聞いて欲しい」
和村先輩はそう前置きすると、推理を語り出した。
「私が思うに、鮎川千裕を殺したのは、彼女と直前まで飲んでいた女友達の誰かだと思う」
「ずいぶんと漠然としてるんですね」
「大輔の不満はわかる。でも、細かいところは警察でちゃんと調べるから、個人の特定は待っててね」
私が承諾すると、和村先輩は続けた。
「今回の事件の特異性は、被害者が首つり自殺に見せかけられていた点だね」
「和村先輩、偽造工作っていうのは珍しいことなんですか?」
「食事中に言うのもなんだけど、普通の偽造工作っていうのは死体をバラバラにしたり、埋めたりすることだよ。今回みたいなパターンは本当に珍しい」
「なるほど。わかりました」
「えっとね、なぜ犯人が死体に見せかけようとしたか、それは殺人方法に理由があったんだよ。ここでポイントになるのが、飲みかけのビール」
「ビールですか?」
「鮎川千裕さんは確か、下戸だったよね?」
「はい。本当にアルコールには弱かったです」
「きっと、アルコールのせいもあるんだろうけど、鮎川さんの何気ない言動が犯人の逆鱗に触れてしまった。そして犯人は酔った勢いもあって、感情的に鮎川千裕さんの首を絞めてしまった」
「人を素手で絞め殺すなんて、プロレスの選手でもなければ無理ですよ」
「そんなことはないと思うよ。だって、下戸だった鮎川千裕さんは酔っていたんだから、うまく手足に力が入らなかった」
「不可能な話ではないと思います」
今まで静かに傍聴していた家達君が肯定した。
ならば、ありうる話なんだろう。
「でも、酔った勢いで殺人なんて、よくあることなんですか?」
「感情的になって殺してしまうということは、殺人の原因の中でも多いほうだよ」
「なるほど。犯人は千裕を殺したあと、どうしたんですか?」
「犯人は気付くの。鮎川千裕さんの首に絞め殺した痣があることに。そして、犯人は思う。これが原因で自分だと疑われるかも知れない」
「実際はどうなのか知らないけど、一般人からすると、遺体に証拠を残すことは怖いことなんでしょうね」
「そうだね。そして、首の痣を誤魔化すために、犯人の苦肉の策を労した。首をコードで縛って、吊り下げた。遺体のつま先と床との間が十センチ弱しかなかったのは、鮎川千裕の首をロープに通すのに、ロープが高すぎるとそれだけ高く遺体を持ち上げなければならないからだよ」
「それで足場のない、奇妙な首つり自殺は完成する」
家達君は真剣な声で呟いた。
その声に相槌を打つと、和村先輩は推理を続ける。
「逃走経路は玄関からだよ」
「でも、玄関には靴がびっしりと敷かれていたじゃないですか。僕がドアを開けるまで誰もあのドアを開けてないはずですよ? 僕がドアを開いた後、千裕の部屋から出てきた人なんていませんでしたよ」
「犯人は玄関の外から靴を散らかしたんだよ」
「玄関の外から?」
「靴を上に積み重ねたんだよ。壁に沿ってね。そして思いっきりドアを閉める」
「ドアが閉まった衝撃で、積み重なった靴はバランスを失い玄関に散らかる!」
確かに理にかなっている。
自殺に見せかけた死体と、靴が散らかった玄関はこれで完成だ。
「窓を半開きにしたのは、逃走経路を玄関ではなく、窓だと思わせるためだよ。女性が窓から外に飛び降りたなんて想像しにくいからね」
和村先輩の推理は終わった。
そして、奇妙な沈黙が流れた。
脱力。そう脱力的な沈黙。
これで、私の苦しみを癒す麻薬はなくなってしまったのだ。
本当に心からそう思っていた。
次の一言を聞くまでは。
「その方法だと、足場のない首つり自殺も、靴が散らかった玄関も、たぶん無理ですよ?」
キョトンとしている家達君がそう言った。




