魔王改め……
この作品は『改めシリーズ』の三作目です。前作を読んでいない方は『勇者のオマケ改め……』からどうぞお読みください。
『旅に出ます。探さないでください 刹』
眼前につきつけられた紙切れに、俺は呆然と立ち尽くした。
****** クロウ視点 ********
最近の俺は機嫌がいい。その理由が今、俺の腕の中で何やら文句をたれながら頬を赤く染めている。
「だから! お前のこういうセクハラまがいなところが私の心臓に悪いっつーの!」
「セツが可愛いのが悪い」
「意味分からん!」
俺としては事実を言ったまでの事であったのだが、セツにとってはそうではなかったらしい。
更に赤みを増した頬はまるでリンゴのようで、食べたら甘そうだと思った。
知らずその美味そうな頬に口を寄せ、思わず舌をはわせる。
途端にセツは奇声を上げ身を硬くする。可愛い。
「んなななななななな!?」
「お前の頬はリンゴのように赤いのに舐めると暖かいんだな。まぁリンゴより美味いが」
率直な感想を述べると、セツは「それ! その発言や行動がまさにセクハラ! セクシャルハラスメント!」と叫んだ。
そんな風に顔を真っ赤にして恥らうセツがまた可愛らしく、俺はさらにセツの頬にキスをおとした。
その度に奇声があがる。面白い……
俺は芸術や音楽などの感性を必要とする分野は得意ではないが、セツの声はどのような楽器の音色よりも美しいと断言できる。その声を、俺の行動の一つ一つが奏でさせていると思うと……身の内から炎のような衝動が沸き起こってくる。
度々その衝動に身を任せセツ曰く『セクハラ行為』のさらに先の行為へと事をおよぼうとも幾度かしたが、その度にセツの双子の弟にして勇者であるレツに阻まれてしまう。
まったく持って邪魔な勇者だ。未だに奴を抹殺していないのは、一重にセツと血をわけた双子の兄弟であるからだ。
もし血の繋がりを持たない赤の他人であったなら……レツはすでにこの世にはいなかっただろう。
そのレツであるが、邪魔だとは思いつつも、俺はそこまで嫌ってはいない。
事におよぶ事は阻まれるが、それ以外のセツの事となると真摯に相談にのってくれるからだ。
大抵は「やめたほうがいい……」という忠告ではあるが、長年セツと共に生活してきただけあって、セツの好みや生活リズムを熟知している。
セツの事を知るのに、重要な情報源として、俺は奴を重宝している。
魔法師団長であるクロノスは「勇者を情報源として活用するなんて世界広しと言えど貴方くらいですよ……」と何やら呆れたやら諦めたやら微妙な表情で呟いていた。
そういえばレツの「やめたほうがいい……」という忠告の中に、こういったセツ曰く『セクハラ的行為』が含まれていたような気がする。
まぁ…………無視するが。
こんな風に可愛らしいセツを見ないなんて俺が我慢できるはずがない。そもそもセツに触れるのは最早俺の習慣といってよい物になりつつある。それを今更変える事などできない。するつもりもない。
俺はいつだってセツを抱きしめたいし、キスもしたい。そうして恥じらい怒るセツを見つめるのが、俺の至福の一時なのだ。
勿論、それ以上にいって、セツを怒らせるのではなく泣かせたいという欲求もあるが。
そんな不埒な事を俺が考えているとは露とも知らず、セツはまだ俺に小言をもらしていた。
****** クロウ視点 ********
そんな風にセツをからかいつつも愛でていたある日、俺はいつもと同じようにセツを捕獲しようと王城内を歩き回っていた。
……かれこれ二時間セツを探し回っているが、一向に見つからない。セツの見た目はひどく目立つ。勇者の証ともいえる黒を宿したあの風貌であればそれも仕方ない事であろう。
だからいつもはすれ違う人間に「勇者の姉はどこか?」と聞くだけで、大体の場所はつかめていたのだ。それなのに……
「……今日に限っては誰もセツを見ていない……だと?」
あの跳ねっかえりを人型にしたようなセツが、誰の目にもとまらない場所に静かに隠れているか?
答えは否だ。
セツは常に明るく誰かがいる場所にいようとする。召喚されてから一年間極力、人との関わりを断っていた反動か、セツは妙に人恋しそうにするのである。
それが、今日に限っては誰も彼女を見ていないと言う。
「…………」
ひどい胸騒ぎがした。嫌な予感がする。妙な焦燥感が胸を焦がす。
様々な感情や予感を感じながら、俺は勇者レツにあてがわれた部屋へと急いだ。
****** クロウ視点 ********
「セツはどこだ」
「まずは話し合おう」
第一声で単刀直入に訪問の目的を話すと、レツは冷や汗を滝のように流しながらのたまった。
「話し合う必要などない。ただセツの居場所を吐け」
「お願いだから僕の話を聞いて……」
レツはぷるぷると小動物の如く震えながら、手に持っていた紙切れを握り締めた。それに視線を向けると、レツはビクリと体を大きく震わせ、今にも卒倒しそうな表情をした。
「その紙はなんだ」
「話そう。まずは平和的解決策を模索しよう」
「うるさい黙れ」
イライラと心に苛立ちが生じる。レツが何かを必死に隠そうとしているのは明らかだ。しかもそれは、セツに関係する事なのだろう。
俺はセツ以外興味も関心も示さないのだから。
「これが最後だ。大人しくセツの行方を明かさないのならば……その首捻り切るぞ」
「ごめんなさいごめんなさい許してください僕のせいじゃないんです僕のせいでは。というか自業自得というかこの際自分の行動をかえりみて色々反省してくださいお願いしますごめんなさい」
レツは早口に言い訳と懇願を述べると、手に握っていた紙切れを俺に差し出した。
それに書かれていたのは……
『旅に出ます。探さないでください 刹』
眼前につきつけられた紙切れに、俺は呆然と立ち尽くした。
セツの字で書かれたそれは、俺にとってなんの冗談かと思うような事が書かれていた。
「……セツの行き先に心当たりは?」
「ごめんなさい無いですごめんなさい」
※レツの「ごめんなさい」はクロウとの会話ではほぼ自動的に付属されてます。
「……俺から逃げられると思ってるのか、セツ……」
その時の俺の表情は、おそらく魔王ばりの禍々しさだっただろう。
【魔王改め……大魔王】完
逃げられちゃいました。まぁあれです。何事も程ほどにねって事です。まぁクロウさんは反省なんて欠片もしないんですけどね。