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魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】の各話一覧  作者: Koh


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第62話 教えてって言ってたけど

 ギルドの返事を待つ、二週間。


 ピリカはそわそわしながら、いつも通り学園に通っていた。


「お主、さっきから何度同じ本を開いたり閉じたりしとるんじゃ」


 朝、コーヒーをすすりながらグリモワルドが言った。視線の先で、ピリカは机に向かったまま、同じページを行ったり来たりしている。


「だ、だって、気になるじゃないですか。解析、うまくいってるのかなとか……」


「お主がそわそわしても別に作業は早くならんわ。待つ間も、学園があるじゃろ。ほれ、行ってこい」


「……はーい」


 玄関で靴を履きながら、ピリカはふと振り返った。


「あ、そうだ。お師匠様。——前から気になってたんですけど、なんで魔術のことをみんなに言わない方がいいんですか?」


「あれは、説明できんやつが下手に話すとややこしくなるからじゃ。魔法と魔術は根っこから考え方が違うでの、中途半端に混ぜると余計にわからなくなる」


「あ……じゃあ、ちゃんと説明できるなら……」


「うむ。今のお主は、もう説明できるじゃろ。別に言ってもええぞ」


「……! はい!」



 昼休み。学園の廊下。


 ピリカは、探していた姿を見つけた。


 窓際の隅の席で、小さくなってパンをかじっている女子生徒。風魔法の実技で、いつも的の手前で風が消えてしまう子。


 ——あの日、声をかけてくれた子だ。


「ねぇ」


「ひゃいっ!?」


 女子生徒が、パンを取り落としかけた。


「ご、ごめんね、急に。……あのね、前に、風魔法のコツとかあるのかなって、聞いてくれたでしょ」


「え……あ、う、うん。ごめんね、あのときは変なこと聞いて……」


「ううん、逆。——あのとき教えてって言ってたけど、今でもまだ、気になる?」


 女子生徒の目が、まんまるになった。


「え……教えて、もらえるの?」


「うん。私も、今ならちゃんと教えられるくらいに、理解したから」


 あの日は「うまく説明できなくて」と断ることしかできなかった。ずっと、ちょっとだけ申し訳なかった。——今は、違う。


「ほ、ほんとに? ほんとのほんとに?」


「ほんとのほんと。……えっと、それで、いまさらなんだけど」


 ピリカは、ちょっと照れながら聞いた。


「お名前、聞いてもいい?」


「あ……ティナ。ティナ・レーゲンタール、です」


 ティナは、ぺこりと小さく頭を下げた。



 放課後。学園の裏庭。人気のない、物置小屋の裏。


「じゃあ、始めるね。——最初に聞くけど、ティナは『風』って、何だと思う?」


「え……風は、風魔法で出すもの……?」


「うん、学園だとそう習うよね。魔法は、『風よ、吹け』って命じて、結果を世界にお願いするもの。——でもね、私がやってるのは、そもそもの考え方が違うの」


「……違う?」


「風って、空気が動いてること、そのものなの。で、空気は、ここにもそこにも、どこにでもある。——だから、新しく風を『創る』必要はないの。今そこにある空気を、ちょっと『動かす』だけでいい。結果をお願いするんじゃなくて、過程を自分でやる」


「過程を自分で……」


 ティナは、きょとんとしていた。——だよね。言葉だけじゃ、わからないよね。


 私も、そうだったから。



「ティナ、ちょっとこっち来て」


 ピリカは物置小屋の裏の地面を、足でざりっと擦った。乾いた砂がふわっと舞い上がる。


「空気って、透明でしょ? だから『動かせ』って言われても、ぴんとこないと思う。——私も最初、全然わからなくて。でもお師匠様に、こうやって教わったの」


 砂埃が漂う中に、ピリカが掌をかざした。


 ふっ。


 砂埃が、掌の前からさあっと押し退けられた。目に見えて、砂が動いた。


「——ね。砂だと、動いたのが見えるでしょ? 空気も、これと同じ。ただ透明で見えないだけで、いつもここにあって、押せば動くの」


「砂を……押しただけ……」


「そう。砂を押すのに、才能はいらないでしょ? 風を『創る』にはちゃんとした魔力がいるけど、空気を押すのは——全然少ない魔力でできるんだよ」



「じゃあ、やってみよう。掌の先の空気を、ふわっと押してみて」


 ティナが、掌をかざした。


 すうっと息を吸って、目を閉じて。


 ……しん。


 何も起きなかった。


「う……」


「大丈夫、大丈夫。——ね、いま、どこを押してるかわからなくならなかった?」


「……わかんなくなった。だって、空気って、何もないし……」


「だよね。私も最初、全っ然同じとこでつまずいたんだ。——で、じゃーん」


 ピリカが、ポケットから何かを取り出した。


 小さな、白い綿だった。


「これ、ティナの掌に乗せるね」


「……わた?」


「うん。——さっきと同じように、掌の先をふわっと押してみて。そしたらこの綿が動くから」


 ティナの掌の上に、ふわふわの綿が乗った。軽くて、ほんの少しの力で動きそうなくらい、小さい。


「空気を押すのは、透明だからイメージしにくいの。でも、目の前の綿を動かすだけなら——できそうな気、しない?」


「……あ」


 ティナの目が、変わった。


「掌の上のこれを……ちょっと押すだけ……?」


「そう。それだけ。綿が動いたら、空気も一緒に動いてるから」



 ティナが、掌の上の綿を見つめた。


 すうっと息を吸って——


 ……ころ。


 綿が、掌の上を転がって、ぽとりと地面に落ちた。


「あ……」


「——今、動いたよ」


「え? でも、落ちただけ……」


「ううん。落ちる前に、ころって転がったでしょ? あれ、ティナが動かしたんだよ」


「……え? 偶然じゃなくて?」


「偶然じゃないよ。——もう一回やってみて」


 ピリカが、綿を拾って、もう一度ティナの掌に乗せた。


 ティナが、じっと綿を見つめる。


 すうっ——


 ころころ。


 綿が、掌の上を転がった。——さっきより、はっきりと。


「——動いた! 今のは、わかった! 私が動かした!」


「うん! もう一回!」


 三度目。ティナが綿を見つめて、ふっと力を込めた瞬間——


 ぽふ。


 綿が、掌からふわっと浮いた。続けて、周りの空気が流れ込んで——風が起きた。


 ティナの髪がふわりと膨らんだ。綿が、くるくると舞い上がって、空に飛んでいった。


「————で、できたぁ!!!」


「ね? 綿を押したら、空気も一緒に動いたでしょ。風って、それだけのことなの」



 それからのティナは、止まらなかった。


 ぶわっ。ぶわっ。何度も何度も風を起こして、そのたびに落ち葉が舞って、そのたびに歓声を上げた。


「すごい! すごいよこれ! 私、風魔法、六年間ずっとできなかったのに!」


「ふふ」


「ピリカちゃんすごい!!!!!」


 ——ちゃん。


 いつのまにか、呼び方が変わっていた。


「これ、すごいよ!!! あと、教え方がすっごくわかりやすい!!! 学校の先生よりもわかりやすいくらい!」


「そ、そう?」


「うん! だって先生は『魔力を込めて、詠唱する!そしたら風が出る!』しか言わないもん。ピリカちゃんは、どこでつまずくか、先にわかってくれる」


 ピリカは、頬をかいた。


 ——そんなの、当たり前だ。


 ——私が、全部のつまずき方を、知ってるから。



 帰り道。


 夕陽の中を歩きながら、ピリカは考えていた。


 ティナはきっと、すぐ私より上手くなる。


 私と比べてアリサが特別すごいのかと思っていた——いや、アリサは間違いなく特別すごいんだけど。

 落ちこぼれって言われてるティナでさえ、私より全然早かった。


 やっぱり私には、魔法の才能はなかったんだなぁ、と思う。


 ——でも。


 できない人が、どこで転ぶか。何が怖いか。どこで諦めたくなるか。


 私は、ぜんぶ知っている。なぜなら、ぜんぶ転んだから。


 (……教えるのって、楽しいかも)


 夕陽が、いつもより少しだけ、明るく見えた。


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