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魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】の各話一覧  作者: Koh


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第5話 勘当

 雨が降り始めていた。


 学園から屋敷までの道を、ピリカは歩いた。制服の肩が少しずつ濡れていく。傘は持っていなかった。朝、ローザが「雨の予報が出ています」と言っていたのを思い出した。


 ——もう、どうでもいい。


 屋敷の門が見えた。足が止まりそうになった。


 ——学院から、もう通知が届いているはず。


 門を抜けた。玄関の扉を開けた。



 ローザが立っていた。


 いつもの場所で、いつものように。でも、目が赤く腫れていた。泣いた痕。


「……お嬢様」


 声が、かすかに震えていた。


「……ローザ」


「……」


「……知ってるのね」


「……はい」


 ローザは何か言いたそうだった。唇が動きかけて、止まった。侯爵家のメイドとして、家の決定に口を挟む立場にはない。


「……お父様とお母様は?」


「……書斎でお待ちです」


「……お兄様も?」


「……はい。全員、おそろいです」


 ピリカは頷いた。


 ——来た、とうとうこの日が来てしまった。



 廊下を歩いた。


 使用人たちとすれ違った。全員が頭を下げた。でも、今朝の温かい笑顔はなかった。目を伏せて、唇を引き結んで。全員が知っている。全員が悲しんでいる。


 ピリカが通り過ぎた後、背後でかすかな息を呑む音が聞こえた。



 書斎の前に立った。


 深呼吸をし、ノックした。


「入りなさい」


 父の声。いつもと同じ、低く、落ち着いた声。


「……失礼します」


 扉を開けた。



 書斎の中。


 父が奥の机に座っていた。手に一枚の紙を持っている。学院からの通知書。


 母が父の左側に立っていた。両手を体の前できつく組んでいる。指が白くなるほど。


 兄が壁際に立っていた。俯いて、顔が見えない。


 雨の音だけが、窓から聞こえていた。



「ピリカ」


「……はい」


「学院から通知が届いた」


「……はい」


「実技試験、不合格。今学期末をもって退学」


「……はい」


 父が、一度だけ沈黙した。通知書を持つ手に、力が入った。紙がわずかに歪んだ。


「お前を——勘当とする。お前は、この家にいない方が良い。この結果で、今後、貴族としてやっていけるとは到底思えない」


「……はい」



 ——覚悟はしていたはずだった。でも、現実に言われたその言葉は、なけなしの覚悟をあっけなく吹き飛ばした。


 頭が真っ白になった。


 父の声が遠くなった。耳の奥で、何かが詰まったみたいに。



「……これを」


 父が、机の上に革の袋を置いた。ずしりとした音がした。


「当座の金だ。これで——」


 ——手切金。私は、捨てられたんだ。


 父がまだ何か言っていた。でも、聞こえなかった。唇が動いているのは見えた。「郊外に」とか、「落ち着いたら」とか、そういう言葉の断片が、水の底から聞こえるように遠かった。


 ピリカは袋を手に取った。重かった。


「……ありがとう、ございます」


 自分の声が、他人の声みたいに聞こえた。



「ピリカ、まだ話が——」


 父の声が追いかけてきた。でも、もう体が動いていた。


「……失礼します」


 頭を下げた。振り返った。扉を開けた。


 閉まりかけた扉の隙間から、母が手を伸ばしているのが見えた。唇が動いていた。——何か、言おうとしていた。


 でも、足は止まらなかった。


 ——逃げるように、書斎を出た。



 廊下にローザが立っていた。


「お嬢様——」


 ピリカはローザの横を通り過ぎた。足が止まらなかった。


「お嬢様! どちらへ——」


 答えられなかった。玄関に向かって歩いた。早足で。ほとんど走るように。


 学校帰りのカバンが肩にかかっていた。手には手切れ金の袋。それだけ。制服のまま。


 廊下で使用人たちとすれ違った。誰かが声をかけた。聞こえなかった。



 玄関の扉を開けた。冷たい風が吹き込んだ。雨が顔を叩いた。


 振り返らなかった。


 カバンと手切れ金の袋だけを抱えて——制服のまま——雨の中へ飛び出した。


 足が勝手に動いていた。行き先なんて考えていなかった。ただ、ここにいられなかった。この家に、一秒でもいられなかった。


 ——走って、走って。


 気がついたら、いつもの空き地にいた。



 書斎の扉が、勢いよく開いた。


「旦那様!」


 ローザだった。息を切らしている。


「お嬢様が——お嬢様が、屋敷を出ていかれました!」


 旦那様が立ち上がった。


「……どこへ」


「わかりません……! 雨の中、走って——カバンと袋だけを持って——」


 奥様が口を押さえた。若様が顔を上げた。


「ローザ」


 旦那様の声は低く、硬かった。


「すぐに追いかけろ。ピリカの様子を見て、危ないようだったら連れ戻せ」


「……はっ!」


「アーサー」


「……はい」


「お前も行け。ローザだけでは何かあった時に心許ない」


 若様が顔を上げた。目が赤かった。でも、迷いはなかった。


「……はい、お父様」


 ローザは深く頭を下げた。


「……必ず、お守りいたします」


「……頼む」



 ローザが書斎を出た。


 雨の中。ピリカの後を追った。


 小さな背中が、雨に霞んで見えた。

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