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魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】の各話一覧  作者: Koh


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第48話 夢 — 東部戦線

 ——グリモワルドは、夢を見ていた。



 広大な草原だった。


 見渡す限りの緑が、風に波打っている。空は青く高く、雲ひとつない。遮るものが何もない快晴だった。太陽が真上から草原を照りつけて、陽光が肌を刺すほどに強い。草の匂いと、土の匂い。どこまでも続く平原の、気の遠くなるような広さ。


 美しい景色だった。——もし、そこに数千の兵士が並んでいなければ。



 東部戦線。


 こちら側の陣営の後方に、グリモワルドは立っていた。まだ若い。黒い髪が風に揺れている。隣にはボルトランがいた。


 前方には味方の軍勢が隊列を組み始めている。その遥か向こう——草原の反対側にも、同じように兵が並んでいる。数千。いや、それ以上か。旗が風にはためいて、金属の鎧が陽光を反射して、きらきらと光っている。


 双方、まだ動いていない。隊列を組み、陣形を整え、号令を待っている段階だった。



「——グリモワルド」


 ボルトランが、声をかけた。


「依頼の内容は聞いているな」


「"戦争を終わらせろ"じゃろ。随分ざっくりとした依頼じゃな」


「お前以外に頼める人間がいないんだ。やれるか」


「やれるかと訊かれたらやれる。——やりたいかと訊かれたら、もちろんやりたくはないがな」



 グリモワルドが歩き始めた。


 味方の隊列の横を抜けて、前に出た。さらに前に。兵士たちの視線が集まる。——一人の男が、戦場の真ん中に向かって歩いている。


「おい、あいつ何をしている——」


「誰だ、一人で——」


 ざわめきが広がった。味方にも、敵にも。



 グリモワルドは、両軍のちょうど真ん中まで歩いた。


 草原の只中に、一人で立った。左右を見た。——左に味方の数千。右に敵の数千。どちらも、鎧を着て、剣を握り、魔法を構えている。


 風が草を揺らしている。虫の声がする。陽が暖かい。


 ——殺し合いが始まる前の、最後の静けさだった。



 グリモワルドが、両手をゆっくりと空に上げた。


【相手陣営の一兵士視点】


 ——俺は、前線の三列目にいた。


 向こう側の陣営から一人で歩いてきた男が、草原の真ん中で両手を上げた。


 何をしている。何がしたい。——降伏の合図か?



 ——太陽が、消えた。


 一瞬だった。


 鎧を灼いていた陽射しが、消えた。影が消えた。旗の色が消えた。隣のやつの顔が見えなくなった。


 あの雲ひとつない快晴の空だったはずなのに——夜が、訪れていた。


 何が起きた。何が起きている。


 身体が震えた。——寒い。さっきまで汗だくだったのに、急に寒い。鎧が冷たい。夏の草原にいるはずなのに、凍えるように寒い。


 鳥が鳴き止んだ。虫が黙った。後方で馬が暴れる音がした。


 周囲から声が消えた。さっきまでざわめいていた数千の兵士が、全員黙った。——黙ったのではない。声が出なくなったのだ。



 暗闇の中に——光の柱が落ちた。


 草原の真ん中に。あの男が立っていた場所の近くに。天から地へ、まっすぐに、一本の白い光の柱が突き刺さった。


 ——目が、焼けた。


 反射的に腕で顔を庇った。それでも瞼の裏が白く焼きついて、目を閉じても光が消えなかった。



 熱が来た。


 何百メートルも離れているのに、顔が焼けるような熱風が叩きつけてきた。鎧が熱い。息を吸ったら、喉の奥が灼けた。


 足元の草が——光の柱から遥か離れたここの草が、茶色く焦げ始めていた。


 地面が揺れた。


 腕の隙間から、光の柱の根元を見た。——地面が、なかった。あったはずの草原が、赤く光る穴になっている。底が見えない。溶けた土がぐつぐつと泡立って、ガラスのように光っている。


 ——あれが、俺たちの上に落ちていたら。


 その想像が頭をよぎった瞬間、膝が震え始めて止まらなくなった。



 光の柱が——動いた。


 一閃。横に。


 目で追えなかった。光の柱がさっと横に走って——気づいた時には、草原に一本の溝が刻まれていた。地平線の端まで。



 光が消えた。


 太陽が戻った。


 唐突に暖かさが降ってきて、目が眩んだ。さっきまでの夜が嘘のように、空は青く、雲はなく、太陽は燦々と照っている。


 ——でも、草原には溝がある。


 人の背丈ほどの深さの、ガラスの溝。地平線まで、まっすぐに。煙が立ち昇って、焦げた匂いが鼻を突く。


 あの男一人が——今の一瞬でこれをやった。



 声が聞こえた。


 どこから聞こえているのかわからない。——あの男の声だ。遠いはずなのに、すぐ隣で話しているかのように、はっきりと聞こえた。


「蒸発して跡形もなく消えたいやつは、その線を越えてこっちに来い」


 穏やかな声だった。怒っていない。脅してもいない。——ただ、事実を言っている。


「別に人を殺したくはないんじゃが、"戦争を終わらせろ"が依頼でな」


 依頼。——こいつにとって、戦争は依頼なのか。


「全員まとめて、今ここでそのまま蒸発させてもよかったんじゃが——みな、家族もおろう」


 ——蒸発させてもよかった。


 あの溝を見た後では、それが脅しではないとわかった。できる。この男は、本当にそれができる。俺たち数千人を、あの光の下に置くだけで、全員消える。あの溝の底のように、跡形もなく。


「武器を捨てて、後ろを向いて今すぐ帰れば、見逃すぞ」



 沈黙が続いた。


 誰も動かない。動けない。


 ——剣を握っている手が、震えていた。こんなに震えたのは初めてだった。


 隣のやつを見た。——泣いていた。声もなく、ただ涙を流していた。



 後ろの方で、金属が草の上に落ちる音がした。


 誰かが、剣を捨てた。振り返る間もなく、もう一つ。もう一つ。金属の音が連鎖して、雪崩のように広がっていく。


 剣を捨てた。いつ手を開いたのか、自分でもわからなかった。


 走った。


 全員が走っていた。脱兎のように。——あの男がもう一度両手を上げたら、今度は俺たちの上に光が落ちる。その想像だけで、足が勝手に動いた。振り返る者は一人もいなかった。



 その年の東部戦線は——そこで終わった。

 その次の年も、何も起こらなかった。


 グリモワルドの魔法一発で、東部戦線は終わった。



 味方の陣営に戻ってきたグリモワルドに、ボルトランが歩み寄った。


「……終わったな」


「終わったの」


 グリモワルドの声は、いつもと変わらなかった。疲れも、達成感も、何もない。


「お主らの出番がなくてすまなんだの。帰って寝ていいぞ」


「……お前な」


 ボルトランは何か言いかけて、やめた。——あの光景を見た後では、何を言っても軽く聞こえる気がした。



 周囲の兵士たちが、グリモワルドを見ていた。畏怖の目で。恐怖の目で。——味方なのに、味方を見る目ではなかった。


 グリモワルドは、それに気づいているのかいないのか。ふあ、と大きな欠伸をした。


「少し喉が渇いたの。コーヒー豆はあるか?」



 ——ここで、夢は終わった。



 グリモワルドが目を開けた。


 天井が見える。自分の家の、見慣れた天井。暖炉の火が消えかけている。窓の外はまだ暗い。


「……あー」


 額に手を当てた。じわりと、嫌な汗が滲んでいた。


「久しぶりに、楽しくもない夢を見た」


 身体を起こして、窓の外を見た。——東の空が、うっすらと白み始めている。


「ピリカが"ソーラーレイを見たい"なんてことを言ってきたせいかのう」


 溜息をついて、コーヒーを淹れることにした。


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