母を救うたび、母を忘れる
母の手術代は、私の記憶六個分だった。
病院の会計窓口でそう言われたとき、私は聞き間違いだと思った。
けれど受付の女は、保険証の隣に「記憶提供同意書」を静かに置いた。
「最近は珍しくありません。記憶を映像化して配信プラットフォームに提供するんです。反響が大きいほど、治療費が補助されます」
反響。
ずいぶんきれいな言い方をするな、と思った。
要するに、他人の感動で母は延命される。
母は肺の奥に影を飼っていた。
それは半年で母の呼吸を奪い、笑うたびに咳を混ぜ、階段ひとつで季節を越えたみたいに疲れさせた。
「やめなさい」と母は言った。
「思い出まで売ることない」
でも私は、うなずかなかった。
母が眠ったあと、病院のロビーで同意書にサインした。
最初に売った記憶は、六歳の運動会だった。
朝五時から母が作ってくれた弁当。
卵焼きは少し焦げていて、ウインナーはタコの足が一本ちぎれていた。
私が「かわいそう」と言ったら、母は笑って、足の足りないタコを自分の口に放り込んだ。
きれいにできたほうだけ、私の弁当箱に詰めた。
その記憶は、三日で二百万回再生された。
《泣いた》
《お母さん、助かってほしい》
《こういうのに弱い》
《朝から涙止まらん》
コメントが増えるたび、母の点滴の種類が増えた。
薬は高くなり、呼吸は少しだけ楽になった。
そして私は、焦げた卵焼きの匂いを思い出せなくなった。
動画で見れば、たしかにそこにある。
若い母の手、赤い弁当箱、笑っている小さな私。
でも、それだけだった。
それはもう私の思い出じゃなくて、みんなの見る映像になっていた。
二つ目は、停電の夜。
三つ目は、入学式の朝に髪を結んでもらったこと。
四つ目は、熱を出した私の額に、母の冷たい手がずっと乗っていた夜。
売るたびに、母は一週間、十日、また一か月と生き延びた。
売るたびに、私は母の輪郭を失った。
ある日、母が私に聞いた。
「真昼、あんた、お父さんの声、覚えてる?」
答えられなかった。
父がどんな声で笑う人だったのか、もう思い出せなかった。
母はそのとき初めて、私の前で泣いた。
「もうやめよう」
「嫌だよ」
「私のために、あんたが空っぽになるのは違う」
「生きててよ」
それしか言えなかった。
母はしばらく黙って、それから笑った。苦い薬みたいな笑い方だった。
「バズるって、嫌な言葉ね」
「……うん」
「でも、あんたが小さい頃、なんでも私に見せたがったのは好きだった」
「今は、みんなに見せてる」
「そうね。ずいぶん遠くまで行っちゃった」
次の診察で、医者は言った。
手術の順番が繰り上がった、と。
ただし今週中に、保証金が必要だ、と。
足りない分を埋められる記憶は、ひとつしか残っていなかった。
「核記憶」と、担当者は呼んだ。
本人の人格を支える中心の記憶。
いちばん高く売れて、いちばん深く消える。
私は内容を見て、吐きそうになった。
それは、十歳の夏の夜だった。
塾から帰る道で、私は泣いていた。
テストでひどい点を取って、友達にも笑われて、自分が世界でいちばんだめな人間に思えた夜。
母は自転車を押しながら、何も言わずに歩いた。
家の近くの橋でだけ立ち止まって、川のにおいのする風の中で、私に言った。
「真昼。あんたは、できるから大事なんじゃないよ」
「じゃあ、なんで?」
「生まれてきたから」
そのときの母の声が、私は好きだった。
世界でいちばん、私を許してくれる声だった。
「それはだめ」
病室でデータを見せたとき、母はすぐに言った。
酸素チューブの細い音が、言葉のあとに続いた。
「それだけは、だめ」
「これで手術できる」
「できなくていい」
「そんなこと言わないでよ!」
「そんなふうに生き延びても、私、あんたに会えないじゃない」
私は立ち上がって、ベッド柵を握った。
泣いているのか怒っているのか、自分でもわからなかった。
「会えるよ。目の前にいる」
「違う」
母は首を振った。
「人は顔だけじゃないもの。積み重ねたもの全部で、誰かになるの」
私は、その日の夜に投稿した。
動画の題名は、
《この声を、私は明日忘れる》
公開してから一時間で、通知が壊れたみたいに鳴り続けた。
二時間でトレンドに入った。
三時間で、私の名前が知らない国の言葉で検索され始めた。
《お願い、手術間に合って》
《読んだだけで泣いた》
《こんなのずるい》
《助かってほしい》
《本当に実話?》
《お母さんの声、美しすぎる》
美しい。
知らない誰かがそう言うたび、私の中からその声が薄くなっていった。
午前二時、必要額に達した。
手術は成功した。
女性が目を覚ましたのは、三日後だった。
私は花を買って病室に行った。白い花がいいと思った。理由はわからない。
その女性はベッドの上で、やせた顔をこちらへ向けた。
酸素チューブはもう外れていた。
息をするたび、胸がちゃんと動いていた。
よかった、と思った。
本当に、よかったと思った。
なのに、その人を見ても、何も起きなかった。
泣きそうになるほど優しい目をした、知らない女の人がいた。
「……どちらさまですか」
言った瞬間、病室の空気が止まった。
花束を持つ手が急に重くなった。
女の人――たぶん、私が助けたかった人――は、まばたきを一度だけして、それから微笑んだ。
泣くのを、こらえるみたいに。
「そっか」
その人は小さくうなずいた。
「手術、間に合ったんだね」
私は説明を聞いていたはずなのに、頭が真っ白だった。
看護師が何か言っていた。
私はずっと、目の前の女の人の笑い方だけを見ていた。
その人は私に向かって、はじめて会う人みたいに丁寧に言った。
「はじめまして、真昼」
どうしてだろう。
その呼ばれ方だけで、胸の奥がひどく痛んだ。
退院の日、私はその人の車椅子を押していた。
春の風が病院の自動ドアから流れ込んで、紙みたいに薄い日差しが床に広がっていた。
その人が、ふいに歌い出した。
知らないはずの歌だった。
短くて、やわらかくて、眠る前の部屋みたいな旋律。
でも私は、次の一節を知っていた。
自分でも驚きながら、続きを歌った。
その人が振り向く。
私は歌いながら泣いていた。
なぜ泣いているのかわからなかった。
ただ、その歌を最後まで歌わないと、何か大切なものが本当に世界から消えてしまう気がした。
歌い終わるころ、その人も泣いていた。
私たちは病院の玄関で、知らない者同士みたいに向かい合って、それでも同じ歌の余韻の中にいた。
思い出せない。
もう、ひとつも戻らないのかもしれない。
それでも、その人の涙を見たとき、私は確信した。
私はきっと、この人にちゃんと愛されていた。
記憶は消えても、愛はときどき、歌になって残る。




