魔具の息づく街
魔具は、都市の鼓動だ。
それが狂えば、街は沈黙する。
エルがルドの朝は、魔導蒸気の匂いとともに始まる。
地上層の路地裏では、空調服が低く唸り、魔力照明が点滅を繰り返していた。修理依頼の札が、工房の扉にいくつも貼られている。
リオは、工具箱を肩にかけながら、師匠の工房跡を見上げた。
そこには、未完成の魔具が一つ、棚の奥に眠っている。師匠が最後に手をかけた“構造不明の魔導機構”。魔力回路は複雑に絡み、uEV補正値は異常に高かった。
「……また、揺れてるな」
リオは魔力計を覗き込む。都市全体の魔力揺らぎが、昨日より0.03ポイント上昇していた。微細な変化だが、修理士にとっては“都市の咳”のようなものだ。
そのとき、路地の奥から魔具の爆裂音が響いた。
リオは反射的に走り出す。そこには、暴走した魔導扇風機が、壁を焼きながら回転していた。
「構造庁は、また黙ってるのか……」
リオは工具を構え、魔具の内部構造を解析し始める。
だが、そこには見慣れない回路が組み込まれていた。師匠の設計に似ている。いや、もっと古く、もっと深い“都市の記憶”に触れているような構造だった。
リオは魔具の外装を外し、内部の魔力回路に目を凝らした。
通常なら、三層構造の魔力導管が均等に配置されているはずだ。だがこの扇風機には、第四層――“記憶回路”が組み込まれていた。
「……これは、師匠の設計じゃない。もっと古い……都市初期型か?」
記憶回路は、魔具が使用された履歴を蓄積する特殊な構造。
それは都市の“生活の記録”でもあり、同時に“魔力の履歴”でもある。
リオは工具を止め、回路に触れた。
瞬間、脳裏に映像が流れ込む――
暗い工房。老いた修理士が、魔具に語りかけている。
「エルガルドは、まだ若い。だが、構造美を忘れれば、すぐに老いる。」
映像は断片的だったが、確かに師匠の声だった。
この魔具は、都市の“老化”を記録していた。
「都市が……壊れ始めてる?」
リオは修理ログを起動し、uEV補正値を記録する。
数値は、通常値の1.4倍。魔力の揺らぎは、都市全体に広がっている。
そのとき、構造庁の巡回機が路地に現れた。
無機質な声が響く。
「市民番号A-112、修理行為の記録を提出せよ。記憶回路への接触は違反行為とみなす。」
リオはログを閉じ、工具箱を抱えて立ち上がる。
都市の歪みは、構造庁によって隠されている。
だが、師匠の魔具が語る“記憶”は、それを暴こうとしていた。
「……なら、俺が修理する。都市そのものを。」