ドーナツショップの友達
「いらっしゃいませー…って、めいか」
ここは『ココハレ』館内一階のドーナツショップ。レジカウンターで気の抜けた顔をしたのは、店員の黒谷流愛來。私の唯一とも言える友達だ。
彼女の前でドーナツを並べたトレーを持った私は、ちょっとだけむくれた。
「私で悪かったねぇお姉さん。お会計よろしく」
そう言ってトレーを置き、腕を組んで顎を突き出すと、
「ごめんごめん。めい様、ご来店ありがとうございます」
と慌てて、深く頭を下げられた。その様が何だかおかしくて、吹き出してしまう。
「やだ。そんな頭下げないでよ、くろちゃん」
「ふふっ。今日も持ち帰りよね?三百二十円になりまーす」
「はーい」
財布からお金を出していると、くろちゃんがドーナツを厚紙で出来た箱に詰めながら言う。
「今日はどうしたの」
「どうって?」
「めいがここに来る時って、大体どっちかでしょ。いいことがあったか、悪いことがあったか」
「いや、今日はその…。ちょっとくろちゃんに会いたいなあと…思っただけ」
「そう」
彼女は軽い返事をして頷き、詰め終わった箱を私に差し出した。
「はい出来ました。──あら、あそこに居るのって…」
不意に、くろちゃんが店の入り口をじっと見る。
「どうしたの?」
「今入って来たお客さん、知ってる?ちょっとした有名人よ」
「有名人?」
首を傾げながら彼女の目線を追うと、入り口付近に一人の男性が立っているのが見えた。
百五十センチ台の私よりいくらか高い背を猫背気味に折っている細身の彼は、全身黒ずくめの格好、目は前髪で隠れ気味、というかんじで、暗い雰囲気を感じさせる男性だった。…しかし、中身はその雰囲気とは裏腹なのかもしれないと思った。
彼は、種類豊富なドーナツがたくさん並べられたショーケースを前にすると、顔を上げ、嬉しそうに口元を緩めたのだ。心なしか、目がきらきらと輝いているような気さえする。その様子を見て、私は思わず小さく笑ってしまった。
「二階に、コーヒーのお店あるでしょ?そこの人気店員さんみたい。なんかこう、見てて応援したい気持ちになるらしくて、特に女性客を虜にしているとか」
「へぇ、そうなんだ」
「たまにこのお店にも来てて、いつも楽しそうにドーナツ選んでるのよね。かなりのドーナツ好きなのかしら」
くろちゃんがレジスターの操作をして、コイントレーにおつりを置いた。そのお金を取ろうとした時、手が滑って硬貨を一枚落としてしまった。
転がっていく硬貨を追いかけていると、目の前に現れた手によって、先に拾われた。
「え」
誰の手かと思い顔を上げると、そこには先ほどのコーヒー店の男性が立っていた。
近くで見ると顔が整っていて、前髪で隠れかけている目も、よく見ると綺麗な瞳をしているなと思った。けれどその目は、どこかちょっと怯えた目をしていて。気の弱い大型犬、みたいな印象を勝手に受けてしまった。
「あ、あの…、どうぞ」
遠慮がちに差し出された手には、私が落とした硬貨が載せられていた。
彼の顔をじっと見てしまっていた私は我に帰り、慌ててそれを受け取った。
「ああっ、すみません。ありがとうございます」
何回も頭を下げると、彼はいいえ、とだけ言って、すぐにその場を去った。
顔、ちょっと赤かったな。耳も。きっと人見知りなんだろうな。なのに、拾ってくれたんだ。
私は目を細めて、また小さく笑った。
なんか、かわいい人だな。
「何、どうしたの?」
くろちゃんがカウンターから乗り出す。
「ううん、何でもない」
私は首を振って、もらった硬貨を財布へしまった。