残念な何とかってやつ
「いいじゃない!これはきっと目を引くわー」
私は、衣料品売り場の側にあるエスカレーター脇で、峰橋さんと共に作業をしていた。夏の暑さ対策の商品や、夏向きの帽子などが入荷してきたため、それを販促するための特別コーナーを作っていた。
私が前日まで、空き時間に厚紙で作っていた向日葵と太陽の飾りは出来が良かったようで、峰橋さんにずいぶんと褒められた。
「えへへ…、ありがとうございます」
「よーしっ、飾りも全部貼ったし、結構いいかんじじゃないかしら」
「ですね。峰橋さんのディスプレーセンスも流石です」
「そう?」
私も褒めると、峰橋さんは照れたように笑った。
「はい!何かの資格持ってるんじゃないかと思うくらいです」
「そんなに褒めても何も出ないよ、小柳さん。氷雨さんの情報も、あれ以上はあげられない」
「そんなつもり無いですよー」
バレてしまったか…。私は唇の端を引きつらせた。
この前氷雨さんをランチに誘った後、彼女とはなかなかタイミングが合わず、話せていない。実は、さり気なく避けられているんじゃないかと思うくらいだった。そのことを峰橋さんに話してみると、
「当たって砕けろとはよく言うけど、当たり過ぎたんじゃない?」
と言われてしまった。
「ええ…」
「何かしたの、小柳さん」
「何って…、ランチには誘いましたけど」
おそるおそる話すと、峰橋さんはため息を吐いた。
「きっとそれだね。それ以外考えられない」
「そんなあー…」
「一緒にご飯食べて、何か根掘り葉掘り聞かれるかもとか思っちゃったんじゃない?まあ単純に、人と仲良くなるのが怖かったんだろうけどね」
「そうなんですかね」
私がしょげていると、峰橋さんは軽く背中を叩いてきた。
「あまり気にしないで。小柳さんなら、もしかしたらあの子の何かを掴めるかもしれないし」
「えっ、それってどういう」
私が話を聞こうとすると、今度は二回背中を叩いてきた。
「じゃあ、あとは自分の持ち場に戻っていいから。手伝ってくれてありがとうね」
「話逸らされた…」
私も仕方なく軽く会釈をして、解散した。
「今日も収穫なしか」
自分の持ち場へ向かい、とぼとぼと歩き始めた頃。思い切り何かへぶつかってしまった。
「痛っ」
は、鼻が痛い。
鼻をさすりながら顔を上げてみると、自分よりもかなり身長の高い、若そうな男性が立っていた。
か、壁みたい…、じゃなくて。
「すみません、大丈夫ですか!?」
慌てて男性に聞くと、彼も慌てた様子で話した。右側頭部の下の方で一つに結っている長髪が、軽やかに揺れる。
「いえこちらこそすみません!私は何ともないので気になさらないでください!鼻大丈夫ですか?」
「あっ、いえ、私がいきなり振り返ったのが悪いので、鼻のことは気にしないでください」
話しながら、私は胸の前で大きく両手を振る仕草をした。
「いえっ、私が距離近過ぎたのが悪い…、ん?お姉さんって…」
紳士的な男性は突然、じっと顔を覗き込んできた。
「すっごくかわいいですね!」
「…へ?」
「おかっぱ頭も似合っててかわいい!」
何だかよく分からないものの、男性は先ほどまでとテンションが大分変わり、目もきらきらしているような気がする。そんな彼とは裏腹に、私は顔を引きつらせていた。
「あのー…、ストレートボブって言ってくれませんか?」
確かにおかっぱ頭みたいだし、この髪形は好きでやってはいるけど!呼び方…!
段々イライラしてきて、さっきのことは完全にあっちの責任にしてやろうか、と思っていた頃。彼の後ろから、ほんわかした空気をまとった男性が現れた。
「ちょっと兄さん、またナンパしてるの?」
「月城さん!」
ほんわか男子の正体は、月城さんだった。
ん?待てよ。
「兄さ…ん?」
私は男性を指差しながら、月城さんの顔を見た。
「そうなんです、兄が迷惑かけてしまってすみません」
何度も頭を下げる月城さんをよそに、男性は口を尖らせて文句を垂れた。
「違うよ奏。俺はただ、この人にかわいいという事実を伝えただけで…」
私は困惑した。この人が月城さんのお兄さんだなんて。性格がまるで違い過ぎて驚きしかない。
「ごちゃごちゃ言わない。ほら、ちゃんと謝って」
月城さんは珍しく強い口調になり、男性を諌めた。彼は、それはそれはきれいな九十度に背中を曲げ、頭を下げた。
「すみませんでしたッ」
「い、いえ…」
勢いに若干引いていると、彼は態度を改めて自己紹介を始めた。
「私は、月城珈琲ココハレ店の店長、月城楓と言います。良ければ、お詫びにこれを」
「店長さんだったんですね。…えっ、いいんですか、頂いてしまって」
楓さんは、月城珈琲の百円分割引券を差し出してきた。
「今日、一階の入り口前で配ってるやつなので、お構いなく。それより、奏のことご存知で…?」
「はい、少し前に知り合いまして。弟さん、とても素敵な方ですね」
そう言うと、楓さんはにやりと笑い、月城さんを小突いた。
「良かったじゃないか、奏。さすがだな」
「ちょっ、やめてよ兄さん」
照れる月城さんを見て笑っていると、既に休憩の時間になっていることに気付いた。
「私そろそろ行かないと。すみません、先行きますね」
「あっ、待ってください小柳さん」
「はい?」
その場を去ろうとしたところ、月城さんが駆け寄ってきた。
「あの、良かったらこれ、一緒に行きませんか」
見せられたのは一枚のチラシだった。
「あ、これってこの前のドーナツショップの…」
「はい。このお店で今日から発売される、イートイン限定のドーナツがあるんです。でも、男一人だとちょっと食べづらくて…。それでどうせなら、ドーナツが好きな人と一緒に行って、感想を話し合いたいなと思いまして」
「なるほど」
そういうことか。この前向日葵も似たようなこと言ってたな。まああのお店は、くろちゃんが働いているから行っているところもあるけど、もちろんドーナツも好きではある。
「あの、僕おごります」
月城さんの一言を聞いて、私は目を見開いた。無料。無料でお菓子が食べられる…。
「分かりました、行きます」
それが決め手となって、私は行くことを決めた。




