私とヒーローたち
「ちょっとお姉さん、言ってた話と全然違うじゃない!電話ではこのタンクトップのLサイズ、まだ在庫あるって言ってたよね!?」
「いえ、だからあの、お電話で言っていたのは違う商品のことでありまして…」
これは本当に話が通じてない、のか…?ていうか、そこまで怒鳴る必要あるだろうか。
ここは、地方のとある商業施設、ココハレショッピングセンター(通称ココハレ)。その中にある衣料スーパーにて、私は男性客に詰め寄られていた。
小柳めい、女、二十五歳。ここに勤めてもうすぐニ年ほどになる。
私はまだ、こういう時の上手い対応の仕方を知らない。そして今日はスタッフが少ない日で、リーダーや他の先輩達もレジや接客中。マネージャーも休みだ。他に空いている人がいない可能性が高い。
せめて、どこかのタイミングで誰かに相談できないかな…
店内を見渡しながら考えを巡らせていると、客の怒りは更にヒートアップしていく。
「ちょっと!ちゃんと話聞いてるの!?」
「ああっ、申し訳ありません!」
もうっ!こうなったら…
両手を動かし、腹部辺りで大きな玉を包むかのようなしぐさをすると、力を込めるように大きな声を出した。
「はあーっ」
するとみるみるうちに、手の中に青白い、風の玉のようなものが生まれ、その風の影響を受けた周囲の物が揺れ始めていく。
「なっ、何だ!?」
後退りする男性をよそに、私はそのまま両手を腰の横に持っていくと、
「はあっ…!」
手から風の玉を勢い良く放ち、男性客目掛けて飛ばしてしまったのだ。
「うわぁーっ!」
玉は男性を遠くまで吹き飛ばし、周囲の物や壁などもめちゃくちゃになってしまった。
「ふぅ、これですっきり」
私は清々しい顔で額の汗を拭った。
「…って、どこがすっきりなのよー!」
そう突っ込むと、自分の声に驚いて目が覚めた。そう、目が覚めた、のだ。視界には、見慣れた家の天井が広がっていた。
私はベッドに横になっていて、周りを見渡せば自分の家に居ることがはっきりと分かった。さっきまでの出来事はどうやら夢だったらしい。
「良かった、夢か。もう、すっきりどころじゃなくてどんよりだよ…」
なんて恐ろしい夢なんだ、と思った。本当に変な能力を持っていて、本当にお客様に、人様に怪我なんてさせていたら(いや怪我どころでは済まなかったかもしれない)、思考が追い付かなくなっているところだ。
「ストレスでおかしくなってんのかなー…」
深く溜め息を吐いていると、ベッドの横に、私の頭の中の化身が現れた。
『全く変な夢見てばかりね、アンタ』
モデルさながらの、すらりとしたスタイルの良い女性がそこに立っていた。彼女はヒーローアニメのコスプレのような格好をしている。
『水でも飲みなさい。ほら、そこにあるやつ』
そう言って、近くのミニテーブルに置いてあるペットボトルを指差す。
「そだね、ちょっと落ち着こう」
ゆっくり起き上がり、ふらふらとテーブルへ向かう。天然水が入ったペットボトルを手に取ると、渇いた喉を潤すように多めに飲んだ。そして飲みながら、何気なく部屋の中央にある時計へ目をやった。
「まだ大丈夫じゃん」
今日は出勤日だが、時計の針は起床時間より早い時間を指していた。
「寝よ」
迷いなくベッドへ直行しようとすると、ヒーロー女子に道を塞がれた。彼女は仁王立ちして、腕を組んでいる。
『そういうのがダメなのよ。アンタその後ちゃんと起きられる?朝弱いのに目覚ましが鳴る前に起きられるなんて、奇跡だと思うわ。このまま起きてなさいよ』
なぜかべちべちと軽く頬を叩かれる。
「うう、分かってるよお…」
『あーっ、また秋桜ちゃん意地悪してる!ダメだよそんなことしちゃー』
そう言いながら部屋に現れたのも、私の頭の中の化身。
今度は長身の、はにかんだ笑顔が印象的な爽やかボーイである。彼もまた、ヒーローアニメのコスプレみたいな格好をしている。
『もっと優しくしなくちゃ。この人は僕達を作ってくれた人だよ?』
秋桜ちゃん、と呼ばれた女性は不満げな顔をする。
『そうだけど、優しくしてばかりじゃめいのためにならないわ。向日葵は優し過ぎなのよ』
『でも叩くのは良くないよ。…君の手は、人を叩く手じゃない。人を救う手だ』
そう言って、男性───向日葵は、秋桜の手を取った。
『向日葵…』
秋桜は彼の顔を見つめ、黙ってしまった。そして彼らのバックには、なぜかメロウな曲が流れているような気がした。
「ちょっと二人とも、いきなり目の前でドラマ始めないでくれる?居づらくってしょうがない。あとそのセリフ、なんか聞き覚えがあるんだけど」
声が届いていないのか、二人はそのまま固まっている。
「おーい、二人の世界から戻ってこーい。ねぇ、聞いてる?」
私が二人の前でひらひらと手を振ると、彼らは魔法が解けたかのように瞬時に真顔になった。
「いや顔変わり過ぎでしょ。まあいいや、私はお布団に入りますよーっと」
二人を避けて、ようやく二度寝の体勢に入ろうとすると、向日葵が近くへやって来た。
『あのさ、めい。秋桜ちゃん、根は優しいんだよ。今のもきっとめいのことを思ってやってるんだ。だから、怒らないであげて?』
眉を八の字にして優しい瞳で訴える向日葵。秋桜は、そんな彼の後ろでもじもじとしている。
向日葵のまっすぐなまなざしに耐え切れず、私は思わず顔を背けた。
「お、怒らないって。大丈夫。私も、やっぱ起きることにする」
照れを隠すため、突っぱねた言い方をしてしまった。
『ありがとう、めい』
「いいえ。…それにしても、なんで向日葵は芸能人にならなかったかな。アイドルとかやってたらかなり人気出そうなのに」
『なんでって、めいがそう書かなかったからでしょう?まあどっちにしても、僕は普通の会社員、裏ではヒーロー、で良かったけどね』
『私はアイドルやってみたかったなー』
『「そうなの?」』
私の声と、向日葵の声が重なった。
『えっ、何よ。そんなに意外?』
「だってなんか…、クールなイメージあったから。ねぇ?」
何となく向日葵に視線を向けると、彼もうんうんと頷く。
『クールだったら、アイドルやっちゃいけないの?』
「そんなことはないよ」
『じゃあ、私がアイドルをやる話も書いてよ、めい』
「アイドルかぁー」
『ダメなの?』
「いやむしろ、ヒーローとアイドル両方の顔を持ったヒロイン、って面白そうだなあとは思うよ」
『じゃあいいじゃない!書いて書いて』
「でも秋桜はもう、普段はスーパーの店員やってる設定で進めちゃってるしなぁ。うーん…」
秋桜に肩を揺らされながら、私はかなり悩むのだった。
彼らは一体何者かと言えば、趣味で書いている小説の登場人物達だ。そして私が、自分で自分を励ますためにいつの間にか妄想で作り上げた、守護霊のような存在にもなっている。
一人でいる時にふと現れ、励ましたり、癒やしてくれる。妄想なので、私に都合の良いことしか言わない。人には絶対に言えない、秘密の存在だ。
今日も、そんな彼らと一日を過ごす。ちょっと不思議な物語が、また始まる。