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役立たず、と追放された転生令嬢、実は規格外の魔力持ちでした ~隣国の美少年王子に見初められたのに、いまさら戻ってこいと言われましても~

作者: 藍沢 理

 魔法学園の大講堂に、冷たい声が響き渡った。


「ミナ・フォンティーヌ。お前は魔力測定値ゼロ。我が国の恥だ」


 学園長の宣告に、周囲からどよめきが起こる。壇上に立たされた私は、内心で盛大にため息をついた。


(ああ、やっぱりこうなったか。前世で読んだなろう小説の展開そのまんまじゃないの)


 そう、私には秘密がある。前世は日本のOLで、異世界転生ものを読み漁っていたのだ。そのおかげで、過労死して気がついたら、赤ん坊になっていた。という、典型的な転生パターンは、わりとすんなり受け入れた。


 そして今、十八歳の成人の儀で受けた魔力測定の結果がこれだ。


「ミナ様の魔力がゼロだなんて……」

「公爵家の血筋なのに」

「きっと突然変異ね」


 ひそひそと聞こえてくる声に、私は苦笑を浮かべそうになった。


(違うんだよなぁ。測定器が壊れてるんじゃなくて、私の魔力が測定限界を超えてるだけなんだけど)


 前世の知識があるおかげで、この世界の魔力測定器の仕組みは理解していた。要するに、古いタイプの体重計と同じで、上限を超えるとゼロに戻ってしまうのだ。


 でも、それを説明したところで誰も信じないだろう。


「フォンティーヌ公爵!」


 学園長が父を呼ぶ。赤い顔をした父が壇上に上がってきた。


「申し訳ありません、学園長。まさか我が家からこのような恥さらしが出るとは」


 父は私を一瞥すると、冷たく言い放った。


「ミナ・フォンティーヌ。お前はもはや我が家の娘ではない。今すぐ屋敷から出て行け」


 おお、即断即決。さすが公爵家の当主である。情などという甘いものは持ち合わせていない。


(まあ、予想通りの展開だけどね。これで自由の身だ!)


 内心でガッツポーズを決めながら、表面上は悲しそうな顔を作る。


「お父様……分かりました」


 震え声を演出しつつ、私は講堂を後にした。


 廊下に出ると、私を心配そうに待っていたメイドのリリーが駆け寄ってきた。


「ミナ様! 大丈夫ですか?」

「ええ、平気よ」


 リリーは私の手を握りしめた。


「信じられません! ミナ様が無能だなんて、絶対に何かの間違いです!」


(リリー、君だけが私の味方だよ……)



 その日の夕方、私は最低限の荷物だけを持って屋敷を出た。


(さて、これからどうしようかな。とりあえず国境近くの森にでも行って、のんびり暮らそうか)


 実は密かに貯めていた金貨がある。使用人たちへの心付けとして渡されたものを、こつこつと貯金していたのだ。こすいと思いつつも、こんな展開を予想していたのだから、心は痛まないし、おかげで当面の生活には困らない。


 それに、私には規格外の魔力がある。魔物くらいなら簡単に撃退できるはずだ。


(よし、第二の人生スタートだ! もう貴族の堅苦しい生活とはおさらばよ~)


 意気揚々と歩いていると、後ろから声がかかった。


「ミナ様! お待ちください!」


 振り返ると、大きな荷物を背負ったリリーが走ってきていた。


「リリー? どうしたの、その荷物」

「決まってるじゃないですか! 私もついていきます!」


 涙ぐむリリーに、私は優しく微笑んだ。


「ありがとう。でも、私についてきても苦労するだけよ」

「それでも構いません! ミナ様は私を拾ってくださった恩人です」


 そういえば、リリーは孤児院出身で、私が見初めて屋敷に雇い入れたのだった。


「それに」


 リリーは真剣な表情で続けた。


「ミナ様の料理、正直言って壊滅的じゃないですか。誰かがついていないと、きっと栄養失調で倒れます」


(ぐっ! 痛いところを……)


「あと、ミナ様は方向音痴だし、お金の計算も苦手だし、朝も弱いし――」

「分かった分かった! 一緒に来て!」


 リリーの指摘が的確すぎて、私は白旗を上げざるを得なかった。


 こうして私たちは、王都を後にした。



 国境近くの森に到着して三日目。私たちは森の奥にある小さな小屋を見つけ、そこを仮の住処にしていた。


「ミナ様、今日の夕食は森で採れたキノコのスープです」

「ありがとう、リリー。いい匂いね」


 質素だが平和な生活。貴族時代より、よほど気楽で楽しい。


(これぞスローライフ! なろう小説の主人公気分だわ)


 そんなある日、森の中で薬草を採取していると、リリーが突然立ち止まった。


「ミナ様、何か聞こえませんか?」


 耳を澄ますと、遠くから悲鳴が聞こえてきた。


「きゃああああ!」


 女の子? いや……男の子の声だ。


「行きましょう、ミナ様!」

「ちょっと、リリー! 危険かもしれないのに!」


 しかしリリーは既に走り出していた。


(もう、世話焼きなんだから)


 慌てて追いかけると、巨大な魔獣に追われている少年がいた。


 金髪碧眼の美少年。年の頃は十五、六歳だろうか。高級そうな服を着ているが、あちこち破れて血が滲んでいる。


「危ない! 風よ、刃となりて――ウィンドカッター!」


 私は咄嗟に魔法を放った。

 短縮詠唱で放たれた風の刃が魔獣を真っ二つに切り裂く。魔獣は断末魔の叫びを上げて倒れた。


 少年は呆然と私を見上げている。


「大丈夫? 怪我してるみたいだけど」

「あ、はい……ありがとうございます」


 近くで見ると、本当に整った顔立ちをしている。少女漫画の王子様が現実に飛び出してきたかのような美少年だ。


(やばい、めちゃくちゃイケメン。これは反則でしょ)


「立てる? 私の小屋で手当てしてあげるから」


 少年を支えて立たせようとすると、彼は顔を赤らめた。


「す、すみません……」


 小屋に連れて帰り、リリーと一緒に手当てをする。


「まあ! こんなに深い傷が」


 リリーが少年の傷を見て驚いた。


「これは……かなり長い間、魔獣に追われていたのね」

「三日ほど……護衛とはぐれてしまって」


 私は回復魔法を唱えた。


「癒しの光よ――ヒーリングライト」


 短縮詠唱で発動した回復魔法が、柔らかい光となって少年の体を包む。みるみるうちに傷が塞がっていく。


「すごい……こんな高位の回復魔法を短縮詠唱で」


 少年は驚きの目で私を見つめた。


(あ、しまった。人前では使わないようにしてたのに……)


「えーと、たまたま上手くいっただけよ」


 慌てて誤魔化す。けれど、少年の眼差しは変わらない。むしろ、何か決意したような表情になった。


「あの……お名前を聞いてもいいですか?」

「ミナよ。ただのミナ」


 もう貴族ではないのだから、家名を名乗る必要はない。


「ミナさん……」


 少年が私の名前を呼んだ瞬間――


「はい?」


 リリーが振り返った。


「え?」


 少年が戸惑う。


「ミナさん」


 今度は窓の外を歩いていた森の動物たちが一斉にこちらを向いた。


(あ、そうか。「みなさん」と同じ発音だからね……とはいえ「みなさま」も似たようなものだけど)


「あの、私を呼んだんですよね?」

「は、はい! ミナさん――じゃなくて、ミナ様!」


 慌てて言い直す少年に、リリーがくすくす笑った。


「ミナ様のお名前、よく間違えられるんですよ。特に人が多い場所だと大変で」

「そ、そうなんですか」


 顔を赤くする少年が可愛い。


「君の名は?」

「アルフレッドです」


 アルフレッド。どこかで聞いたような名前だ。


(まさか、隣国の第二王子のアルフレッド殿下じゃないよね? いやいや、そんな偶然あるわけ……)


「あの、もしかして隣国の?」


 恐る恐る聞くと、アルフレッドは苦笑した。


「ばれてしまいましたか。隣国ルーディア王国の第二王子、アルフレッド・ルーディアです」


(マジかよ! なんで王子様がこんなところに!?)


「まあ! 王子様でしたか! 道理で品があると思いました! ミナ様、王子様用の特別料理を作らないと!」


 リリーが鼻血をたらして目を輝かせている。え? あなた、ショタコンだったの?


「いえ、そんな、普通ので構いません」

「ダメです! 王子様には最高のおもてなしを!」


 張り切るリリーを止められず、その夜は森の素材をふんだんに使った豪華な料理が並んだ。


「美味しい……こんなに美味しい料理、初めてです」


 アルフレッドは感動したように料理を食べていた。


「そんな事ないですよ? ほとんどキノコ料理ですし?」

「いえ、本当です! 城の料理より美味しい!」


(リリーの謙遜は本当。だって塩がないんだもの。王子様、さすがに上げすぎでしょ……かわいいからいいけどさ)



 食後、アルフレッドは真剣な表情で私を見つめた。


「ミナさん――」

「はい?」


 一間しかない小屋の中、リリーがまた反応した。


「あ、すみません。ミナ様」


 アルフレッドは咳払いをして続けた。


「どうして僕を助けてくれたんですか?」

「困っている人を見たら、助けるのが当たり前でしょう?」


 私の答えに、アルフレッドは目を見開いた。そして――


「僕は、あなたに一目惚れしました」

「ほげ?」


 思わず間の抜けた声が出てしまった。


「きゃー!」


 リリーが黄色い声を上げた。


「ミナ様! 王子様から告白ですよ!」

「いやいや、展開早すぎない!?」


(これだから少女漫画脳の王子様は……)


「初めて会った瞬間から、心を奪われました」

「さっきまで魔獣に追われて死にかけてたじゃない」

「それでも一目惚れは一目惚れです!」


 力強く断言するアルフレッド。


(男の子が年上の女性に憧れる、みたいな……?)


「私なんて、追放された身で――」


 慌てて口を押さえる。けれど、遅かった。


「追放?」


 アルフレッドの表情が変わると同時に、目に怒りの炎が宿った。


「誰があなたを追放したんですか? そんな愚か者は僕が成敗します! でも、まだ弱いので、軍を動かします!!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて!」

「落ち着けません! ミナ様を追放するなんて、目と心と歯が節穴としか思えません!」


 目はわかるけど、心と歯? 聞いたことない比喩だ。隣国の言葉なのかな?


「そうですよ! ミナ様は素晴らしい方なのに! 料理は下手くそですけど!」

「リリー!?」

「あと方向音痴で、計算も苦手で、朝も起きられませんけど!」

「それ以上言わないでえ!」


 私の悲鳴に、アルフレッドが吹き出した。


「ふふ、ミナ様は可愛いですね」

「笑わないでよ……」


 顔が熱い。そんな私を見て、アルフレッドは優しく微笑んだ。


「そういうのも含めて、全部愛おしいです」


(うわ、キザすぎる。でも年下美少年に言われると破壊力が……)


 その夜、アルフレッドは小屋に泊まることになった。



 翌日、護衛は現れなかった。その次の日も、そのまた次の日も。


「おかしいですね……もう一週間になります」


 アルフレッドは心配そうに空を見上げた。鼻の穴が膨らんでいる。口元が緩んでいる。


(ふむ……)


「ねえ、アルフレッド」

「はい?」

「本当は護衛に連絡取れるんじゃないの?」


 図星。アルフレッドは目を逸らした。


「その……実は……」

「やっぱり! 王子様、ミナ様と一緒にいたくて嘘ついてたんですね!」


 満面の笑顔で、リリーが手を叩いた。


「リリーさん!? だって、ミナ様と離れたくなくて……」


 慌てるアルフレッドが可愛い。

 上目遣いでこちらを見るアルフレッド。子犬が飼い主を見上げるような瞳だ。


(これは卑怯。年下男子の上目遣いとか反則でしょ)


「はあ……仕方ないわね」


 私が折れると、アルフレッドの顔がぱっと輝いた。


「やった! もっとミナ様と一緒にいられる!」


 尻尾があったら全力で振っていそうな喜びようだ。


(完全に犬系男子だな、この子)



 アルフレッドが森に来てから、ひと月が経った。


 護衛は結局来ていない。というか、アルフレッドが帰るつもりがないらしい。


「ミナ様、今日も綺麗ですね」

「はいはい、あざまーす」


 毎朝言われる褒め言葉にも慣れてきた。


 このひと月で、アルフレッドは随分と変わった。最初は典型的な、なよなよ王子様だったが、今では薪割りも水汲みも率先してやってくれる。


「ミナ様、アルフレッド様がまた魔獣を倒してきました」

「また? 今日で何匹目?」

「十五匹目です……しかも今回は二匹同時だそうで」


 リリーが呆れたように言う。


「あの、王子様? もしかして魔獣の巣でも見つけたんですか?」

「いえ、偶然です!」


 きらきらした目で答えるアルフレッド。


(嘘だ、絶対なにか隠してる。魔獣とはいえ、野生の生き物。人間に狩られるような魔獣が、おいそれと見つかるはずがない……いや、もし本当に狩っているとするなら……)


 とはいえ、アルフレッドは私に認めてもらいたい一心で、せっせと魔獣退治をしているのだ。獲物を咥えて帰ってくる猫――いや、この場合は犬か。



「ミナ様! ごふっ! き、今日は特大の魔獣を倒しました!」

「きゃーっ!」


 血まみれでヨロヨロで帰ってきたアルフレッドを見て、思わず悲鳴をあげてしまった。


「だから無理しなくていいって言ってるでしょ」

「でも、ミナ様の役に立ちたくて」

「怪我の手当てで、結局私の魔法で回復するんでしょ?」

「あ……」


 そこまで考えていなかったらしい。


 リリーが苦笑しながら手当ての準備をする。


「王子様、ミナ様に褒めてもらいたいなら、別の方法の方がいいですよ」

「別の方法?」

「例えば、ミナ様の苦手な早起きを手伝うとか」

「なるほど!」



 翌朝から、アルフレッドは私を起こしに来るようになった。


「ミナ様、朝ですよ」

「んー……あと五分……」

「ダメです。朝ごはんが冷めてしまいます」

「むー……」


 布団にくるまる私を、アルフレッドは困った顔で見つめる。


「リリーさん、どうしたら……」

「こういう時は強硬手段です」


 薄目で見ていると、リリーがにやりと笑った。


「ミナ様、起きないと昨日の魔獣の死骸の処理を手伝ってもらいますよ」

「起きる! 起きます!」


 飛び起きた私を見て、アルフレッドが感心したように呟いた。


「すごい……一瞬で」


(脅迫じゃないか、これ)


 その日の午後、森に見慣れない集団がやってきた。


 私の祖国、アルバート王国の紋章を付けた騎士たちだ。


「おや、お客さん?」


 のんびり構える私に対し、騎士たちは慌てた様子で跪いた。


「ミナ・フォンティーヌ様! お迎えに上がりました!」

「は?」


 騎士団長らしき男が説明する。


「実は、魔力測定器に不具合があったことが判明しまして……ミナ様の魔力は測定限界を超えていたと」


(今更かよ)


「それで、王国としてはミナ様に帰還していただき、即時宮廷魔導師として――」

「お断りします」


 即答した。


「え?」

「今更そんなこと言われても困ります。私はもう追放された身ですから」


 リリーが私の隣に立った。


「そうですよ! ミナ様を無能呼ばわりして追い出したくせに! バーカバーカ」

「それは誤解で――」

「誤解?」


 小屋からアルフレッドが出てきた。いつもの優しい笑顔ではない。氷のような冷たい目で騎士たちを見上げている。


「公爵が自ら娘を追放した。事実であろう?」

「そ、それは……」


 騎士たちがざわめく。


「それは、ル、ルーディア王国の紋章……まさか」

「余は、ルーディア王国第二王子、アルフレッド・ルーディアだ」


 アルフレッドが私の前に立った。


 声変わりもまだなのに、迫力がある。胆力もある。いつもの彼と、今の彼……なんなの、このギャップは。


「ミナ様は僕の恩人であり、そして――」


 振り返って私の手を取る。


「僕の婚約者だ」

「はぁ!?」


 私は自分でも分かるくらい、素っ頓狂な声を上げた。


「ちょっと、いつ婚約したことに――」

「今です」


 きっぱりと言い切るアルフレッド。


「ミナ様、僕と結婚してください」

「きゃー! プロポーズ!」


 リリーが飛び跳ねてはしゃぐ。


「ミナ様! これは受けるしかないですよ!」

「リリー?」


 騎士団長が青ざめて割って入る。


「お、お待ちください! ミナ様は我が国の――」

「黙れ」


 アルフレッドの一言で、騎士団長が凍りついた。


「君たちは彼女を無価値と断じて捨てた。今更何を言っている」

「しかし、測定器の不具合で――」

「魔力が人間の価値なのか? それで手のひらを返すのか? くだらない言い訳はやめろ」


 アルフレッドは私を抱き寄せた。


「ミナ様の価値は、僕が一番よく知っている。魔力なんて関係ない」

「アルフレッド……」

「料理が下手でも、方向音痴でも、朝起きられなくても、全部愛しい」

「そこまで言わなくても!」


 赤面する私を見て、アルフレッドは微笑んだ。


「だから――」


 騎士たちに向き直る。その笑顔は、凍てつく吹雪のように冷たい。


「二度と彼女に近づくな。次は容赦しない」


 騎士たちは震え上がり、逃げるように去っていった。


「ふぅ……」


 一転、アルフレッドは子犬のような顔で私を見つめた。


「ミナ様、怖くなかったですか?」

「いや、あんたが一番怖かったよ」

「えへへ」


 照れ笑いを浮かべるアルフレッド。


「ところでミナ様」

「ん?」

「プロポーズの返事、まだ聞いてません」


 子犬が期待に満ちた目で見つめてくる。


 リリーも期待の眼差しを向けている。


「……分かりました」

「本当ですか!?」


 アルフレッドが私を抱きしめた。


「やった! ミナ様が僕のものに!」

「ちょっと、苦しい!」

「あ、すみません」


 慌てて離れるアルフレッド。


「嬉しくて、つい」


(この子、将来ヤンデレ化しそうで怖い……でも可愛いから許す)



 それから半月後。


 ルーディア王国からの迎えが来た。今度は本物である。


「アルフレッド殿下! ご無事で何よりです!」

「ああ、すまない。心配をかけた」


 護衛隊長が私とリリーに深々と頭を下げた。


「殿下を助けていただき、ありがとうございました」

「いえいえ」

「して、こちらの美しい方々は?」


 アルフレッドが胸を張って答える。


「僕の婚約者ミナと、彼女の侍女のリリーだ」

「婚約者!?」


 護衛たちがざわめく。


「詳しいことは父上に直接話す。とにかく、二人も一緒に王国へ連れて行く」

「えっ!? あ、は、はい!」


 荷物をまとめていると、リリーが心配そうに聞いてきた。


「ミナ様、本当にいいんですか? 王族の生活は大変ですよ」

「リリーがいれば大丈夫よ」

「え?」

「だって、リリーも一緒に来てくれるんでしょ?」


 リリーの目が潤んだ。


「ミナ様……もちろんです! どこまでもついていきます!」


 豪華な馬車に乗り込む。アルフレッドは嬉しそうに私の隣に座った。


「ミナ様、これからは僕の国で幸せに暮らしましょう」

「ええ」


 リリーが向かいの席でにこにこしている。


「王宮での生活、楽しみですね! ミナ様の花嫁修業もしないと!」

「花嫁修業?」

「料理とか、作法とか、早起きとか」

「最後のは修業じゃなくて生活習慣でしょ!」


 アルフレッドが笑いながら私の手を握った。


「大丈夫です。ミナ様はそのままで完璧ですから」

「お世辞はいいから」

「本心です」


 真っ直ぐな瞳で見つめてくる。


(ああもう、反則……)


 窓の外を見ると、アルバート王国がどんどん遠ざかっていく。


 追放されて、本当によかった。


 そうでなければ、この幸せには出会えなかったのだから。


「ミナ様?」

「ううん、何でもない」


 アルフレッドとリリー、大切な人たちに囲まれて。

 これから始まる新しい生活が、楽しみでしかたない。


 ――たとえ朝起きられなくても、きっと幸せな毎日が待っているはずだ。




(了)


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