7話 ホンモノのバケモノ
入隊試験の続きです。
※残酷な描写あり
「ここは……、ああ、転移したんか」
諸橋が目を覚まし、体を起こす。
はっとして周りを見る。
「みんなー、無事やろな!?」
諸橋の声は震えていた。冷たい汗が背中を伝う。
「諸橋、さん…?」
「ここは…ど、どこでしょうか?」
諸橋の大声に斗根、兼得が順に起きる。周りは霧に包まれ、薄暗い木々が不気味に立ち並んでいる。
「良かった!! 霧山は、どこ行ったんや?」
諸橋が安堵の表情を浮かべたその時、離れた場所から爆発音が轟いた。魔法による爆発。同時にその方向から大勢の人が駆けてくる。
「あんな野郎がいるなんて聞いてねえぞ!!」
「なんなんだアレは!!!?」
「死ぬ死ぬ死ぬ、ただの試験でしょこれ!」
そう叫んだ男の目は焦点が合っておらず、ただ恐怖に呑まれているようだった。
駆けてきた者の顔は蒼白で、肩で息をしていた。手は震え、服は赤黒い血に染まっている。他にも泣き叫ぶ者、今にも倒れそうな者、全員が必死に逃げていた。それを見て諸橋が彼らに叫びかける。
「何の騒ぎや、あっちで何が起きとるんや!」
「お、お前らも逃げろ!!
アレは本物の──、バケモノだ!!!!」
[2班、116班、51班、36班、49班、
バンド紛失、及び多量出血により、失格]
一方通行の通信機を兼ねているようで、バンドから無機質で冷たい機械音声が響く。
「い、一体、何が起きてるんでしょうか…」
「ここは危ない! 一旦、離れて……!!」
「……斗根さん、諸橋さん、
僕たちもう、手遅れみたいです……」
冷静さを取り戻し始める斗根と諸橋に兼得が皆が逃げてきた方向を指差し、呟いた。2人がそちらを振り向くと、誰かが歩いてくる。
そこには、
「はは、ははは!!!」
心からの愉悦に身を任せるように笑みを浮かべる、アオが立っていた。
「……あれ?みんな起きてるじゃん。おはよー」
「霧山、さん……?」
彼女の声はひどく明るいのに、背筋を凍らせるほど不気味だった。アオの全身からは漆黒の魔力が渦を巻くように立ち上がり、周囲の空気を圧倒している。彼女が一歩踏み出すたび、大地が小さく震え、木々が揺れた。
彼女は戦場そのものを絶望へと塗り替える存在。
ただ一人で全てを破壊し尽くしていく。
その姿は、まるで──。
*****
アオが諸橋、斗根、兼得の目の前まで来ると、自然と3人は警戒するように一歩足を引いてしまう。
それに気づいたアオは可笑しそうに笑う。
「ははは、そんな警戒しなくてもいいじゃん。
結構片付けといたから後は楽だと思うよ。
良い気分転換になってほんと良かった!」
「……霧山」
「お前はほんまに、人間なん?」
「……え」
アオの表情が固まる。
不安、疑心、恐怖、そんな自分の気持ちを振り払うように、彼女は乾いた笑いを漏らした。
「はは、人間に決まってるでしょ。ただ普通よりちょっとだけ魔力が多いらしいけどね」
──もし違うとしたら…、私は何だというのか。
「何を聞いてるんですか、諸橋さん。帰国子女ということですし私たちとは何か違うんです、きっと」
斗根が口元に手を当てながら言う。
「こ、これ以上心強い味方はいませんよね! 敵は減ったんですし、後は扉と鍵を探すだけです!!」
諸橋はアオから、得体の知れない異質さを感じていた。しかし今は状況を立て直すしかないと無理に笑顔を浮かべる。
「…せやね。霧山もさっきとは違って、よう晴れた顔してはるし、これからどうするか決めよか!」
それから、地面に円になって座り込み、4人で計画を立て始めた。
「とりあえずは出口と鍵の場所、ですよね」
斗根が静かに話を切り出す。
「そういえば霧山さんは目覚めた後、魔力感知で敵を見つけたと言ってましたが、範囲はどのくらいなんですか?」
斗根がアオに目を向けると、彼女はいつもの調子で言葉を返す。
「んー、ざっと半径2キロぐらいだね」
軽い口調に、兼得が驚愕した表情を浮かべる。
「えっ、2キロ……ですか?
森の全域ってそこまで広くないですよね?」
彼は口を開けたまま固まった。その反応が面白いのか、アオはいたずらっぽく笑う。
「うん、出口と鍵の場所わかるよ」
あまりに当然のように言い放つアオに、場の空気が一瞬止まった。
「ものすごくあっさりと!!!!」
「この会議の意味なんやったん!?」
兼得、諸橋がツッコんだ。
「いや教えたら面白くないでしょ」
アオは、あはは、と笑いながら続ける。
「その鍵、もう残り5個しかないけどね。
鍵がある場所ものすごく遠いし」
「ええっ、それ急がなきゃやばいんじゃないですか!??」
兼得が慌ててアオに訊くが、彼女は斗根に目線を向けた。
「そこで、斗根。最初に君が推測してた事、
覚えてる?」
「最初……? あっ、一次試験を通るのを許されるのは20組だけで早い順、ってやつですか?」
「そ。それ違うと思うんだよね」
「どういう意味や?それ」
諸橋が怪訝な顔をした。
「鍵は20個隠され、125組の参加者」
「でも、例年の一次試験突破率はそこまで低くないと聞いている。つまり、20個あるだけで、20組しか通れないわけじゃない。
3人以上揃ってないと脱出できないって言ってたけどさ、それが班の中の3人じゃないといけないなら、班が全滅して1人生き残ったとしても失格になる。それは理不尽すぎるでしょ?」
「だからきっと、1つの班とは限らず、他の班と数を合わせたりして協力できるってことだよ」
「じゃ、じゃあ、先に鍵を見つけてる他の班と協力して今からでも鍵を取りに行けば、合格できる可能性がまだまだある、という事ですか!?」
「そゆこと」
兼得の言葉に、満足そうに頷くアオ。
「ようわかるわ……。頭切れるんやな、霧山は。私、考えもせえへんかった」
諸橋は感心した様子で腕を組んだ。
「では霧山さん、1番近い鍵の場所はどこなんですか?」
斗根がアオに質問する。
「んー、わかりやすく言うと……」
アオはどこからか持ってきた木の枝で地面に地図を書いていく。その上に指を置いた。
「山間部の鍵は、ここ。
今の場所より北側、氷山のエリアにあるよ」
「ひょ、氷山なんてあるんですか!?」
「うん、間違いない。これは憶測だけど、鍵の近くには大量の魔物がいると見て良いと思う。そこだけ魔力の乱れが激しかったから」
「な、なるほど」
「ほな、早く向かうで。突破されてもうたら敵わんからな」
諸橋が立ち上がり、それに全員が続く。しかし、アオは諸橋の言葉に疑問を覚えていた。
──突破なんて言葉、誰も言っていない……何か知っているのか?
「さん、霧山さん!!」
斗根に現実に引き戻されて我に返る。
「あ、案内をお願いできますか?」
兼得がアオを促し、彼女はそれに返した。
「わかった。まあ、お互い死なないようにね」
*****
氷山に向かうにつれ、肌を刺すような冷たい風が吹き荒れる。地面は凍てつき、白く氷が張っている。氷は不安定で、踏み出すたびに微かなきしみをあげる。吹雪で視界があやふやで、斗根、兼得は前を歩くアオについていくのがやっとの状態。
一方、諸橋は遠足気分とでもいうように軽い足取りで歩いている。
「ちょっ、諸橋さん、なんでそんな元気なんですか、僕、凍え死にそうですよ」
「わ、た、しも、凍えそう、です」
「こんくらい屁でもない。昔、二級魔法師の資格取る前に、こういう訓練されられたことがあるんや」
「よく生きてましたね、それ……」
「せやけど、魔法を応用すればこの程度の寒さ、なんとかなるで……炎魔法」
諸橋がそう呟くと、2人の周囲に薄く暖かい空気の膜が広がった。
斗根が驚いた声を上げる。
「知りませんでした、こんな魔法があるなんて…」
「これって、相当魔力を制御できなきゃ無理なやつですよね…。さすがは二級魔法師……」
準二級と二級魔法師。
準二級魔法師でも十分な実力だが、
二級魔法師の試験はさらに過酷。
魔法がそれなりに使えても、強靭な精神力も必要となり、不合格となることも多い。
二級魔法師より上の階級を持つ者は、一般的に見れば人間の域を超えていると言っても
過言ではないほどに、その境の壁は分厚い。
「しかしほんとに猛吹雪……。
霧山さんはよく平気でいられますね……」
「別に。普通だよ」
アオはただ静かに前を見据え、冷気を意に介さないように進む。その姿に諸橋は、何か得体の知れないものを感じざるを得なかった。
「隊長…。こいつは何者なんや」
アオは何かに気がついたように
後ろを振り返り、
「伏せろ!!!」
突如、そう叫ぶや否や、彼女は兼得を地面に引き倒した。
次の瞬間、1発の銃声が鳴り響いた。
その弾丸は斗根の腕を貫通し──、
バンドを撃ち抜いていた。
「痛ッ、あ"あ"あ"あ"あ"ッッ!!!」
彼女は、血が溢れ出す腕をもう片方の腕で抑えながら、膝をつき、崩れるように地面に伏した。降り積もる白い雪に真っ赤な跡が滲む。苦悶の表情で絶叫し、息を荒げた。
[44班、0932番。
バンド紛失により、失格]
機械音声が聞こえると、破壊されたバンドが魔法陣を映し出し斗根を囲む。
「待って、まだ、!! 私は──」
言い終える前に眩い光が魔法陣から発され、
彼女は転移した。
「霧山さん!!! 斗根さんが……!!」
兼得が叫ぼうとすると、アオがその口を塞ぎ、自身の口元に指を立てる。
「君も失格になりたいの?この馬鹿。
まだ近くに気配がする。相手が狙撃銃を持っている今、音を立てるのは危険だ」
「ご、ごめんなさい」
「霧山の言う通りやね。
けど、ここは私の出番や。2人は隠れとき」
諸橋がアオ、兼得を庇うように立ち上がる。
彼女の様子に気分を害したのか、アオが薄笑する。
自分より弱い者に守られるのは嫌いだ、と。
「へぇ? その魔力で私を守る気なの?
とても正気とは思えないけど……君、頭大丈夫?」
「別に私は喧嘩腰なわけじゃないんよ。
コイツがやっとることは、試験とはいえ、
立派な犯罪や。正義が悪を罰せずに誰がやる言うんや……」
「…正義? 何の話?」
アオが怪訝な表情をする。
「堪忍した方がええでー、スナイパーはん!
5秒待ったるから、はよ出てきな!!」
吹雪の中に時々うっすらと見える影。
銃口を構えたその姿は計算された動きを見せている。
誰も出てくる気配はない。
5秒、と数え終わった諸橋の表情が、真剣なものへと変わった。瞬間、彼女の姿は消え、
銃を持った女性がアオの方へ飛ばされる。
「クッ……!!? 今、何がッ!!?」
その女性は体勢を整えながら叫ぶが、
素早く諸橋に手錠をかけられてしまう。
「第壱部隊潜入班、諸橋歩や。
銃刀法違反でお前を逮捕する!!」
「潜入班……!? 噂で聞いた事があります。
入隊試験に参加者として班に潜入し、
加点減点をしていく隊員がいると……!」
兼得がそうアオに呟く。
「兼得。君、国防軍に詳しいの?」
「ま、まあ……。
元はただの国防軍オタクですし……。
その姿に憧れて、僕はここにいますから」
「物知りやなぁ、ええ事や。
……こいつを引き渡さなあかんし、
国防軍ってこと、バレてもうたしな…。
私はここらでお暇しよか」
諸橋は軽々しく、そう告げる。
「……え」
兼得は蒼白になり、声が出なかった。
アオは険しい表情を浮かべる。