52話 英雄と魔王
急いで救護班へ運ばれたのは、植田と兼得、そして“狭間”で回収された坂と伊津の四名。
彼らの身体には、命懸けで戦った痕跡が深く深く刻まれている。白い担架の上を震わせるその息遣いが、戦場の余韻を物語っていた。
狭間の世界でフォラウスや新魔王軍が築いた人間の“奴隷“たちの拘束は全て解放され、1人残らず保護された。安堵で泣き崩れ、救護班の隊員の手をただ握り続ける者もいる。
同時刻。
第三部隊隊長、漆原によって造られた国防軍の厳重な最新防衛技術の地下奥深くの無機質な牢屋。
研究室にも鬼人・焔が投獄されていたような、小さな牢屋はあるが、それよりも更に頑丈で広い牢屋に、2人の影があった。
もちろん魔力を断絶する“絶魔の鋼“で出来た檻に、拘束具。“防魔布“で完全に視界を遮られている。
両者共、いまの国防軍の戦力では到底太刀打ちできない強さを持つが故に、その僅かに漏れ出る気配さえ軍に緊張を走らせる。
しかし2人は妙に落ち着いた様子であり、ただ静かに息をしているだけだった。
“魔王アイオニオス“と“黒煙の悪魔フォラウス“だ。
「……暇だ……話があるなら早くすればいいのに……」
その目を布で覆われたまま口だけ動かし、そう溢した。隣で沈黙を貫いていた男もまた目を覆われているが、嬉しげな感情が伝わってくる。
「では、手始めに外の監視を皆殺しにッ……!!!」
「しない」
即座に切り捨てられて口を噤むフォラウス。
それでも懲りずに拘束具の金属の擦れる音を鳴らしながら、アイオニオスに近づき、さぞ愉快そうに話す。
「んふふふ!! なんと神々しい御声でしょうかッ!!! では脱獄の準備を………」
「いやしないって!! はぁ……君、もう一回ちゃんと話す必要があるみたいだね?? 私は征服なんてしないし、君の崇拝もまっっったく必要ないから」
「し、しかしですねェ………!?」
「そもそも脱獄するつもりなら、こんな粗末な警戒態勢で私が壊せないわけないでしょ………。
バカにしてるの??」
「いえ!? 滅相もない!! 私はただ少しでも貴方様の手を煩わせまいとッ!!!」
「うるさ」
理解させるには時間が掛かりそうだな、と心の中で呟きながらアオは胡座をかいていた足を組み直す。
その時、鉄格子の向こうで軽く魔力が動いた。2人分の足音。監視の他に誰かがやってきたのだ。
───1人は鬼谷か。もう1人の魔力は……。
「ご無沙汰しております、軍長、ええ、こちらです………アオちゃん、俺は総隊長の鬼谷や……って、もう気づいとるかな。入るで」
ギィィ、と重厚な格子の開かれる耳障りな音がしたかと思えば、低く、しかし明瞭な年配の男の声。
「悪魔フォラウスと………貴様が、霧山碧……いや、今回の騒動を起こした、魔王アイオニオス、か」
「……誰??」
張り詰めた空気になるが、顔見知りの鬼谷が連れて来た男であるからか、魔力は乗せずに様子を伺う。
「儂は国防軍長。この軍の責任者の、東江だ。貴様らの今後について通達にきた」
「へえ……そんな偉い人がわざわざ通達、か?? それで?」
さすがは魔王。東江の貫禄のある気配に微塵も動じずに軽く問いかける。
反対に東江の方が彼女の威厳ある雰囲気に圧されながらも、唾を飲み込んだ。
「貴様は、日本国上層部だけでなく、国民全体から危険視されて当然の行いをした。処刑、若しくは永久に幽閉するぐらいが妥当だ。
しかしながら、能無しの貴族共───貴様が全滅させた“日本騎士団“の二の舞になりたいとは思わん」
彼は元から深い眉間に皺を寄せ、心の底から悔しそうな表情でアイオニオスに言った。
「事情を知らぬ隊員や一般国民からは、貴様がそこの悪魔や魔王を屈服させ、日本国を救った軍の英雄となっているらしい。
………可笑しな話であろう??
よって貴様には今まで通り………第零部隊隊長、霧山碧として、協力を要請する事となった」
「えっ………???」
「人間に協力、ですかァ………」
てっきり処罰、という名目で処刑の判決が降ると思い込んでいたアイオニオスは、キョトン、と目を丸くし、フォラウスは普段よりいっそう低い声色で不機嫌に呟く。
隣に敬愛するアイオニオスがいるため、突然暴れ出したりはしないが、それに等しい殺気を込めている。
「いやいやいや、何考えてるの?? しつこいかもしれないけど、私は魔王。
また騒動を起こすかもしれないでしょ??」
抗議するように東江へ問いかける、平坦な声。
けれど、答えたのは東江ではなく、鬼谷だった。
「ははっ、碧ちゃんが珍しく真面目やなあ!! いつもそのぐらい素直でいてくれればええのに……」
「はぁ?」
「ああ、いや、今回は間に合わんかったけどな。もしまた碧ちゃんが人間界に歯ぁ向くようなら、俺には世界共同戦線の頃の伝手がある。
まあ太刀打ちできるのはごく少数やろうけど……できるだけ被害は出させへん。そこは安心せえ。
……といっても、ここにまだ捕まっとるって事は、元からこちらの言う通りにするつもりやったんやろ??」
確認するように問いかけながら鬼谷は、アイオニオスの視界を覆っていた防魔布を外す。
いきなり光が差し込んで、アイオニオスは数回瞬きをした。少し辺りを見回す。
自分の胸元を確認した時、彼女は愕然とした表情を見せた。
────ない。いったいどこに……!?
「探しものは……これか?? アオちゃん」
鬼谷は、自身のポケットに入れていたそれをアイオニオスの前に掲げる。
三年前のクリスマスパーティーから、アイオニオスはそれを肌身離さず装着しており、それは魔王であるという記憶が戻った後も、ずっと待っていたモノ。
「伊津から貰った、ネックレス……」
「せや。ここに来る時、身体検査されたやろ?? 没収されとったんで、持って来てみたんよ。俺、ずっと付けとったんや思て、嬉しゅうてなあ……」
鬼谷が彼女の首にかけながら言ったその言葉に、少し気恥ずかしさを感じたのか、アイオニオスは目を逸らした。
「それで。何かすぐにでもしてほしい事があるんでしょ?? 安全面なら市川とか、第一部隊の隊員とかさ、強い人材が報告に来るはずだ。国防軍の総隊長さんと軍長さん二人だけで、ただの報告に来るのは不自然だよね」
確信を持った口調に東江は険しい顔を更に顰めつつも、重く頷いた。
「実は─────」
*****
廊下に響くノックの音。
病室の前に立つ男の背筋は伸びていて、片手にビニール袋を下げている。
『入っておいでー』
予想よりもずっと軽い声が中から聞こえ、その男───市川は安堵しながらも「失礼します」と入室する。
病室に入った途端、足が止まった。
「………何をしていらっしゃるので??」
「菓子パ。市川も食べるかい??」
「遠慮します」
そこには怪我人、それも重症だったはずの坂と伊津がそれぞれのベッドで横たわりながら菓子を食べていた。なんとシュールな光景だろうか。
(もしかして先程、鬼谷総隊長に渡されたこの袋も────??)
中身を見るなと言われていたので、律儀に見ていないが、その軽さから考えるに、つまりそうなのだろう。
「ああそれ、頼んでいたパンと水と菓子だね。市川が持ってきてくれたんだ」
「やはりですか……」
坂の思考は基本的に読めないので、既に諦めた表情をしている市川。
伊津はそんな二人の様子を苦笑しつつ、チップスに手を伸ばしながら気になっていた事を聞いた。
「ところで市川、碧の様子はどうなんだい?? 基地に運ばれている時すれ違ったんだが、随分と大人しい気がしてね」
少し気にかけているのか、心配そうな彼女に、市川は普段と変わらない無表情で返す。
「心配要りませんよ。悪魔と同じ牢に入れられているのは不安ではありますが、いまの彼女なら大丈夫でしょうね。
それより坂隊長や伊津隊長、そんな呑気に菓子を広げて……体の方は平気なのですか??」
「ああ、私は平気だよ。この程度の怪我、すぐに治さなければ仕事に支障が出る。だが秀成は……」
「この程度?? 瀕死のようでしたが……」
訝しげな表情をする市川を遮り、坂が話を続ける。
「僕は……三年前鬼人に砕かれた左腕と、焼かれた足は治らないって言われてしまってね。今回の負傷も合わせて、復帰は難しいだろうと言われた」
「……………そうでしたか」
「だけど。カグヤとやらに敗北したとなると、どうも気が収まらなくてね。次会った時は確実に僕があの化け物を殺す。リハビリに専念するつもりだよ」
「いーや、秀成、君は休んでおくといい。敵を取って、カグヤは私が殺しておくさ」
譲るつもりがないのか、彼らは終わらない言い合いを続ける。
坂や伊津が戦線から離脱しない事に、一先ずほっとする市川は、自身の腕時計を確認して喧嘩口調の二人に声をかけた。
「そろそろ戻ります。怪我人のあなた方と違って、俺は仕事がありますし。お大事に」
聞こえてはいない。既に二人の世界に入っている。
市川は怒りを含んだため息を残して、その清潔な香りの漂う病室を後にしたのだった────。
「さて………」
ネクタイを外し、シャツを少し開けると、首筋に見える黒い薔薇。その瞳は墨で塗り潰したような光を映さない単調な黒。
「忙しくなりますね……アオさん」
そう呟いた彼は、悠々と国防軍基地から、
横浜マフィアの本拠地────横浜市へと出発した。
*****
地下牢にて。
東江からの要請を聞いたアイオニオスは、顔を歪めて問い返す。
「王女が、何者かに狙われている───!?」
「………そうだ。貴族お抱えの“日本騎士団“が全滅したせいで、我々、国防軍には、国民の防衛だけでなく国家機関からも依頼が来るようになった。
王と近しい勇者も、そう簡単には動けないのでな。
最重要依頼である為にこちらの主力も足りず仕方がなく貴様に回すこととなったのだ…………」
一度言葉を切った東江は、威圧的に、国防軍軍長としての威厳を持ってアイオニオスに向き合った。
「第零部隊隊長、霧山碧に命ず。
王女を狙う輩を突き止め、然るべき処置を行え」
「っ………!!!」
強い命令。魔王に対する態度ではない。
しかし、魔王アイオニオス────いや、少女アオにとっては丁度良い。
むしろ国防軍という居場所に戻ってきたのだ、と実感させる。
「承知した。必ず遂行してみせるよ、その任務」
戸惑う悪魔フォラウスを横目に、口角をあげるアオ。
その瞳は明るく、次なる出来事に心躍らせていた。
第四章 破滅の少女編 完結!!!
次回から第五章に突入します。
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