48話 死の砂に咲く花、少女の記憶
頑張りました。短いです。
☆☆☆☆☆
出会ったのは、魔界で生まれて10歳になった頃だった。
いや違う。この表現は的確ではない。
彼女はアイオニオスの双子であり、しかしほとんど会った事はなく、名前だけ聞いた事があった。
悪魔族でありながら身体能力も低い、王家の名折れ。そう侮蔑され、隔離されていたのだから。
そして、アイオニオスが彼女に初めて興味を持つ事になるのは10歳の時。
彼らが初めて、戦場に立った日だった。
生まれた瞬間から異言語を話し、魔法を行使する異常な子供。その力は母体の生命力を奪い、殺す程に。
魔王の娘、アイオニオスは魔界の住民にさえも気味悪がられ先々で陰口を叩かれていた。双子の片割れとは会ったこともない生き別れ。父親であり当時の魔王であるカストルは、更に力を伸ばすためアイオニオスに熾烈な訓練を強いて時には自ら暴力を振るいながらも、彼女の天性の実力を買った。
アイオニオスの誕生日。彼女は、指揮官として。双子は共に初陣に出撃する事となった。
反乱軍対魔王軍。
魔王の方針に賛同できない魔族、魔人が集まる反乱軍。何かを企てているとの報告が届いたからだ。
魔界の中心に位置する魔王領土ディゴリザーク。その辺境で報告のあったその場所で待ち伏せをする。
そこは草木一本も生えない不毛の大地。人間界でいわれる砂漠のような場所で、広大なのだが、巻き起こる砂の影響で視界がかなり悪い。
しかしアイオニオスがいる限り、有効範囲の広い《魔力探知》で敵の位置を把握できる。魔王軍の方が、かなり優勢であった。
背後に控えるのは、上位魔族に加え、最上位三族を含めた屈強な魔人たちが2万体ほど。
「もうすぐ来る。戦闘準備を」
《魔力探知》にかかった5千体ほどの魔族。アイオニオスが命令した。
そう、この戦いは敗北などあり得ない。実際、反乱軍との戦力差は歴然である。
反乱軍が、魔人の眼でようやく目視できる程度の距離まで近づくと、背の高い茶髪の魔人が、遠くを眺めるアイオニオスの隣に立って気軽に声をかけた。
「どうする?? 王女殿。ボクは皆殺しにしても構わないと思うけれど」
「カグヤ…………」
彼はのちに死神と契約し天原輝夜として人間界に渡航することとなる危険人物。魔界では魔王軍に所属する重鎮で、カグヤと名乗っている。
楽しげでありながら何の興味も感情も移さない張り付けた笑みを浮かべる彼を見て、薄気味悪く感じながらも、アイオニオスは眉を寄せて視線を外した。
一瞬の思考の後、カグヤに告げる。
「じゃあ、なるべく殺さず生け捕りにしてほしいんだ。みんなにもそう伝えてくれる??」
「…………その甘さ、直した方がいいと思うよ?? 魔王になるつもりがあるならね」
カグヤの馬鹿にしたような言葉に軽く怒りが募るアイオニオス。皮肉めいた声色で言い放った。
「指揮官の言うこと、聞けないの?? できないのなら仕方ないけれど」
魔王カストルから王女を預かっている身として、深く息を吐くカグヤだが、軍全体を鼓舞するかのように声を張り上げる。鼓舞というよりも脅迫めいてはいるが、それはいつものことらしい。
「承知したよ、王女殿。…………みんな!! 聞いての通り、殲滅ではなく生け捕りだそうだ!! 命令の聞けない屑はこのボクが処分する!! 雑魚相手だとしても、全力でかかれぇええ!!!」
「「「おおおおおおおおお!!!!」」」
雄叫びを上げた魔王軍。それが合図となり、戦闘が開始される。大半が血みどろの魔法戦。
いくら戦力が勝っていたとしても、当たり所が悪ければ死人がでるのは必然。
アイオニオスもそんなことは承知のうえでこの戦闘に臨んでいた。
かといって、仲間が殺されていくのを見るのは決して気持ちの良いものではなく、険しい表情を浮かべながらも敵を一掃する。
「戦闘可能な敵はあと少し!! だけど気は抜かないで!!」
そう叫んで間もなく戦闘は終了する。戦闘時間、約2時間にてなんの問題もなくその幕を閉じた。
残るのは速やかに魔王領土内の収容所に移送されていく反乱軍と、短時間で呆気なく命を落とした、数百人の仲間。名前を全員憶えているわけではないが数年間、魔王領土で過ごしてきた仲間達だった。
生存した魔王軍の仲間がぞろぞろと城へ戻り始める中、移送手続きが済んだ様子のカグヤが足元の死体を押し退けながら俯くアイオニオスに目線を向ける。
「王女殿。まだ帰らないのかな?? ボクは魔王様に報告に行くけれど」
「帰りたいなら先に帰っておいて。後から必ず戻る」
「ああそう…………つくづくお優しいお方なことで」
彼が完全に去ったのを確認すると、アイオニオスは地面に片膝をついて腕を天に掲げた。白い羽を広げると、死体の転がる全域に魔法陣、いや、破壊の聖域が展開される。
「堕神の名に懸けて絆を結びし魂を弔い───」
口上を述べようと紡がれたその口が閉ざされる。腕を降ろし魔法を中断。行使する必要がなくなった。彼女にとって、衝撃の光景を目にしたからだ。
そこにいたのは、髪の長い、儚い少女。
アイオニオスと同じように跪き、両手を胸の前で組んで強く願う。
「個人魔法…………《蘇生》…………」
荒れ果てた砂漠の大地は、彼女を中心として草花が芽生えた。
吹き付ける強風は、そよ風となり空気を撫でた。
死の香りが漂う魔界の一端に、安らかな甘い香りが漂い始める。
極めつけは、死亡したはずの仲間達が、次々に呼吸を取り戻し、穏やかな表情で眠りにつく。
こんなでたらめで大掛かり。神にでも愛されない限り不可能な高度すぎる魔法。
魔法の成功にほっと優しく微笑したその少女は、アイオニオスに気が付いたように軽く目線を向けてくる。大きく可愛らしい瞳できょとんと不思議がる少女に、アイオニオスの感情が昂っていく。
脳内に渦巻くのは彼女の力の利用法と、目的を達成する為の練られる思惑───。
彼らは出会うのが遅すぎた。もっと早くに出会っていれば。
謀略、政治、他者の扱い。
それらを、父親から教わらなければ。
「ねえ、君のっ、君の名前!! 教えてくれないかな?」
興奮したように問いかけるアイオニオスに、はにかむ笑顔で少女は答える。
「アミカ=ラトレイア、あなたと同じ、父上の娘」
その名前。
役立たずと烙印を押された、もう一人の王女だった。
次回「不滅を冠する者」
なるべく早く更新します。
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